第十章 七日目・誕生に愛を (一)

文字数 1,722文字

 正宗はオフィスで惑星開発の最終段階で使う書類の作成に取り掛かっていた。
 もう、書類上は「電子情報生命体が完成した」という事実で作成している。だが、追加の要求を受けたGRCから完成の連絡は、まだない。
「もう無理かもしれない」

 今はもうGRCの連中に賭けるしかない。そもそも、そういう前提で仕事を進めないと、とてもではないが、正宗一人では仕事が間に合いそうになかった。
 惑星が完成しなかった時は、それはそれで、後始末の書類を作成しなければならない。だが、その時は煩雑な今こうして作っているような書類を作らず、辞表を一通ささっと書けばいい。もう、そう決めた。
 一応GRCのグッドマンにはメールで電子情報生命体の完成を催促はしている。だが、完成の連絡はない。

『あと、もう少しで、できます』
 という短い回答のみが返ってくる。
 月日は過ぎ、納期が近づいてきた。七穂が最後の作業をする日も近づいてきた。
 プルルルル、プルルルル。机の上の電話が久々に鳴った。正宗が電話に出ると、相手はグッドマンだった。

 グッドマンは申しわけなさそうに用件を切り出してきた。
「正宗さん。すいません。納期を延ばしてもらうわけには、いきませんか?」
 グッドマンの申し出は、正宗は当然、予想していた。グッドマンの気持ちは、同じ〝七穂被害者の会〟のメンバーだから、理解できる。されど、共感と仕事は別問題だ。
「いや、気持ちはわかるよ。でも、納期に関しては別だから、無理」

 グッドマンは年貢を払えず、必死に悪代官にすがる農民のような声で頼む。
「無理を承知でお願いします。そこを何とか、そこを何とか、していただけませんか」
 うーん、ついに、泣きが入ったか。
 正宗は散々、創造者に泣かされてきたので、この程度の泣きの入りようなら、まだ余力のある泣き方だと判断した。

 正宗は軽い調子で断った。
「何とかなるなら、何とかしてあげたいけどね。やっぱ、無理だわ」
「あと、二週間。二週間も延ばしてもらえれば、何とかなりそうなんです」
 借金の取り立てにでも遭っているみたいだな。だからこそ〝なりそう〟というのは希望的観測だな。つまり、まだ終わる目処が立たないのか。

 うーん。どうするかな、ここで延ばすと、こいつら弛むな。
 結論。もう一息、ムチを入れよう。
 正宗は生活に困っている人を追い返す社会保険事務所の役人のように、素っ気なく言ってのけた。
「契約書、そっちにあるよね」
「はい」

「それに、納期は書いてあるよね?」
「ですから、そこを何とか、お願いします」

「契約は社長である君の名前と、ウチの支店長の名前で交わしてあるよね」
 グッドマンは、正宗が何を言いたいのかわからない様子で困惑を見せた。
「確かに、そうですが……」

「悪いけど、君と支店長が交わした契約書の内容を、俺が変えるわけにはいかないのは、わかるよね。まあ、支店長に話を持ってけって言うなら持っていくけど。そうなら、僕はもう一切、取りなす仲介はできなくなるし、君も相当の覚悟してもらう状況になるけど、いい?」
 グッドマンは黙った。まあ、ここまで厳しく言われれば、無理もないか。

 実際のところは契約書の名前は支店長だが、支店長は正宗の作った書類に判を捺すだけ。本来なら契約関係なので法務部の仕事となるが、法務部は契約内容のチエックしかしない。
 惑星開発事業に関する契約は慣例として、契約の履行と確認は慣例として惑星開発事業部でやっている。そのため、実はある程度の裁量は正宗にある。
 だが、まだ実情を教えてやるべきではない。
「じゃあ、そういうことで、頑張って」

 正宗は電話を切った。
「ちょっと、冷たかったかもしれないけど。君の泥をタダで被るわけにはいかんのだよ」
 正宗がしばらく仕事をしていると、またグッドマンから電話が掛かってきた。
「すいません。正宗さん。宿泊モジュールを借りて惑星に住み込みで、社員総出で仕事をさせてもらっても、よろしいでしょうか」

 ムチで勢いがついたか。思ったとおりだな。
「それは構わないけど」
「ありがとうございます」
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