第十章 七日目・誕生に愛を (六) 

文字数 1,287文字

 七穂の思いの激流が止んだ。正宗の手から、そっと七穂の手が離れた。どうやら、七穂の伝えたいイメージが終わったらしい。
 正宗は土地神の手を離し、つい先刻まで触れていた温もりの残る両手を見た。
 自分は七穂に振り回され苦しめられた経験を忘れないだろう。だが、最後に七穂とこの星を作れた喜びも忘れないだろう。

 グッドマンが驚きの声を上げた。
「これは電子情報生命体に予想しない変化が起きている」
 正宗の耳に音楽が聞こえてきた。それは歌声だった。部屋で作業をしていた全てのロボットたちが歌っている。
 おそらく、この星のロボット全てが歌っているのだろう。それは電子情報生命体が自分たちの誕生と七穂と会えたことの喜びの歌であり、この惑星の始まりの歌だった。

 星が夕日で真っ赤に染まるころ、正宗と七穂たちは誕生の歌を歌い続ける地下都市から地上に戻ってきた。
 真っ赤な夕日に照らされた七穂の丸顔は笑顔だが、どことなく寂しそうだった。
「今日でクロさんとも、お別れだね。クロさんと会えて嬉しかった」

 正宗は手を差し出した。
「そうですね。私も七穂さんには苦労を掛けられましたが、この星を作ってよかったと思います」
 七穂が正宗の手を握ると、柔らかい感触を手に感じた。
「さよならだね」
 星の開発を終えた創造者はあと一度だけ惑星の開発式典に来賓として呼ばれる。されど、正宗は式典時には、式を仕切る裏方として働かねばならない。そのため、今日が七穂との事実上の別れとなる。

 また、一度、創造者となった者が、もう一度、他の惑星の創造者として来訪した例を正宗は知らない。
「さよならですね」
 正宗が両手で七穂の手をギュッと握ると、七穂も手を握り返してくる。黙って、お互いの顔をしばらく見つめていた。

 七穂が手の力を緩めたので、正宗もそっと手を離した。
 正宗の手を離すと、七穂がグッドマンに手を差し出した。
「電子情報生命体を生み出してくれて、ありがとう」

 グッドマンは、にこやかな顔で胸を張った。
「いえいえ、こちらは商売ですし、スキルアップにもなりました。手伝ってくれた学生も、いい論文が書けるでしょう」
 七穂が自分と同じ顔の土地神の前に来ると、土地神にギュッと抱きついた。その抱擁が終わると、七穂はデジカメを正宗に返す前に、データの入ったカードを抜き取った。

 七穂が創造者の力で、データの入ったカードを複製した。七穂が複製を赤と黒のチエック柄の上着のポケットにしまってから、デジカメを正宗に返した。
 七穂は最後に笑い、この世界から出るために灰色のエレベーターに乗り込むと、皆に手を振った。

 エレベーターの扉がゆっくりと閉まった。夕日に照らされて赤くなったエレベーターは、チン、という短い電子音と共に、地面に吸い込まれるように消えた。
 正宗は七穂のエレベーターが消えると、心地よい疲労を感じながら、本日の後始末を始めた。
 正宗には、まだ七穂が作った星を売り出すという大きな仕事が残っている。感傷に浸るのは、それが終わってからでも充分だ。
【了】
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