第六章 惑星開発日まだ五日目・誰か俺に援軍を(二)

文字数 4,885文字

 人員は増員されず、相変わらず仕事は山脈のようにあった。
 また、惑星推進装置の設置や確認の作業は『来い来い屋』がやるが、折り目、折り目の施工の確認は、正宗が立ち会わなければならなかった。

 結果、スケジュールを調整しても惑星推進装置の施工確認は正宗の休日の度に行うしかなかった。おかげで、超過勤務手当てで懐は豊かになった。
 とはいえ、精神衛生面で見れば、人がいなくなって心霊スポットとなった古民家のように、とことん荒廃していった。

 それでも、正宗が倒れる前に設置は終わった。終わったので最後の動作確認の依頼が来た。やはり、正宗は休日返上で惑星に出かけざるを得なかった。
 正宗がG67の上空に着くと、真っ赤なボーダースーツに身を包んだ『来い来い屋』の蘭狐丸が既に来ていた。

 蘭狐丸は元気良く長い尻尾を振りながら、声を出す。
「正宗さん、おはようッス」
「お前はいつも、元気でいいな。まあ、いいや、チャッチャと仕事を片付けようぜ」

 そうだ、午前中に早く片付けて、午後から休もう。明後日も次の日も休み。今日から三連休だ。この仕事を半日で片付けても、二日半は休める。
 正宗は蘭狐丸と銀色のボードに乗った。ボードは高速で天に昇り、青空に浮かび、赤い巨大な球体に接近した。

 球体の天辺にボードが到着すると、正宗が作ったロボットが、何やら作業をしていた。
「あいつら、何をしているんだ?」
「いやだなー、正宗さん。惑星推進装置のメンテナンスにロボットを使っていいかと聞いたら、OKくれたじゃないですか」

「そうだっけ? まあいいや、チャッチャと進めよう」
 正宗の記憶に蘭狐丸との間にロボットを使う云々という、やりとりはなかった。が、最近はヒドい疲労のせいで、頻繁に他人から物忘れを指摘される。
 どうやら、記憶が飛んでいることがあるらしい。最初は注意したが、もう、ここに到っては些細な問題だ。それぐらい、どうでもいい。

 二人を乗せたボーダーが球体に接近すると、穴が開いた。ボードが吸いこまれるように穴に入ると、操作室に到着した。
 内部は黒で統一されていて、壁全体が光って内部を照らしていた。二人に目の前には、巨大なモニターがあった。

 二人が前に進み出ると、床が膨張し、椅子ができた。
 二人とも椅子に座ると、蘭狐丸が尻尾をぐるぐる旋回させながら、ハイテンションで叫ぶ。
「惑星推進装置、始動ッス!」
 次の瞬間、画面に黄色い警告マークが表示されて「起動時エラー33」と表示された。

「おい、動かないぞ」
「あれ? おかしいッス」

 蘭狐丸が自分の横に立体映像のマニュアルを出して読み始めた。待っていると正宗は目蓋が下がり、視界が暗くなった。
「正宗さん。正宗さん!」

 蘭狐丸が呼ぶ声をした。気が付いて、目を開けると、画面からエラーコードが消えていた。画面に表示されている時間も、十分が経過していた。知らない間に、時間が飛んだ。
 蘭狐丸は心配げに正宗の顔を覗きこみ、
「正宗さん、大丈夫ッスか? 起動には成功したッスよ」

 正宗は頭を振り、気を取り直した。
「ああ、そうか、続けてくれ」
「じゃあ、気を取り直して、出発ッス」

 球体が微かに揺れた。次の瞬間に画面に大きな×が表示され「発進エラー12」と表示された。蘭狐丸がエラーを消すと、画面に「発進エラー46」と表示された。それを消すと、「システムエラー62」「内部不整合エラー79」「タイムエラー93」と次々にエラーのホップが上がってくる。
 正宗が陰鬱な気分で見ていると、蘭狐丸は次々に現れるエラー表示の内容を慌てながら調べていた。
「おい、大丈夫なのか?」

「大丈夫ッス、一時的なものッス」
 蘭狐丸がただでさえ細い目を細めて、マニュアルを睨んでいた。
 するとまた、瞼が重くなってきた。次第に意識が遠のき、眼球がゆっくり下がって、視界がスーッと暗くなった。
「正宗さん、正宗さん」

 自分を呼ぶ大きな声がした。目を開けると、またしても蘭狐丸が正宗の顔を覗きこんでいる。
 画面の時刻が四時間近くも進んでいた。どうやら、眠っていたらしい。残業のしすぎか。
「あ、悪い。続けてくれ」
「では、起動に成功したので、動かすッス」

 正宗は自分が動かす時のことを考えて、作業のメモをとろうとした。
 球体が微かに震えると、画面に爆弾マークが表示された。
「致命的タイムエラーが発生しました。強制終了します」と表示され、船内がブルブルと震え出した。
 正宗は異常事態の発生に慌て、蘭狐丸に叫んだ。
「おい、おかしいぞ!」

 蘭狐丸は明らかに動揺しながら、叫んだ。尻尾が扇風機のように回る。
「慌てるなッス。想定内の事態ッス」
 正宗は叫び返した。
「致命的エラーが想定内って、どういう意味だー」

 フカフカの椅子の上でユラユラと体が揺れた。体は温かくなり、脳味噌が気持ちよくなってきた。異変とも快楽ともつかない気分に正宗が身を委ねると、視界が暗くなった。
 蘭狐丸の怒鳴り声と、共に体が揺れた。
「正宗さん。正宗さん。大丈夫ッスか?」

 目を開けると、蘭狐丸が正宗の顔を覗きこんで、体を揺すっていた。
 画面に目をやると、暗い宇宙が映し出され、時間が十八時間近く進んでいた。
 あれ、俺、叫んだ後に、丸一日近くも寝たのか! さすがに疲れすぎだな。
「ああ、悪い。ちょっと疲れが溜まっているようだ。でも、動いたんだ」
「それは、もう、ちゃんと動いているッス」

 正宗の自覚では、一日も寝たにしては、まだ異常に眠かった。
 やれやれ、これで、一日そっくり潰れたな。だが、正宗はポジティブに思い直した。まあ、ずっと寝ていたんだから、いいか。ベッドの上か椅子の上かの違いだ。

 正宗はまだ眠い目をこすりながら、ボーッとした頭で考えた。
「一日も起動させればいいだろう。あとは会社のシミュレーターに飛行記録や各種パラメータの検査と品質をチエックさせて、合否を判定させよう」

 正宗は眠気を振り払うと、伸びをして蘭狐丸に指示した。
「じゃあ、もう、いいから、元に戻してくれ」
 蘭狐丸の目が丸くなり、が驚いたように、
「え、もう、いいんですか?」

「ああ、一日テストしたかからいいだろう」
「え、まだ三十分も経ってないッスよ」
 おかしなことを言う奴だ。

「だって、時計は一日も進んでいるだろ?」
「それは、外の時間ッス。推進装置の時間調整機能にエラーが出たので、超光速飛行時モードのまま、時間が進んでしまったッス」
「え、どういうこと?」
「つまり、外では一日が経ったッスが、船内では三十分しか時間が経ってないッス」

 正宗は叫びたくなるような大きな衝撃を受けた。
 数分の睡眠を三回とっただけで、久々に取れた貴重な一日分の休日を使われてしまった!
「じ、時間泥棒だー」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいッス。相対性理論を体験しただけッス」

 正宗は久々に取れた休暇を潰されて、谷底に転げ落ちるような衝撃を受け、また腹が立った。
 正宗は蘭狐丸をジッと睨んだ。
「イヤだなー、正宗さん、そんな幽鬼のような顔して。気を取りなおすッス。一日が消えてなくなったのは、こっちも同じッス」

 蘭狐丸は正宗をはぐらかすように前に向き直り、ハイテンションで、またまた尻尾を振り回した。
「じゃあ、タイムエラーは修復完了ッス、惑星軌道状に超重力波で固定したので、惑星を動かすッス」
 蘭狐丸のハイテンションな宣言と共に、画面に惑星を取り巻く四基の惑星推進装置が映し出された。
 モニターには次に恒星系が映し出され、惑星毎に四基の推進装置は移動を開始した。

 正宗は無言で、モニターに映し出される数字をチエックしながら、安定稼動を確認していった。
 チエックは予想外に時間が掛かり、途中で昼休を挟んだが、九時間近く時間を費やした。
 正宗はフラフラになりながら、あくび交じりに声をだす。
「ふあー、やっと、終わりだ」

 結局、最終的に二日も潰れてしまった。
「まあ、いいさ。あと一日は休める。それで良しとしよう」
 蘭狐丸も少し疲れているのか、表情に疲れの色が見えた。尻尾が、くたっと垂れて、箒のように床を掃いている。

「正宗さん、お疲れ様ッス。後はこの推進装置を元に戻して、完了ッス」
「ああ、早く戻してくれ」
 惑星推進装置は惑星ごと移動を開始し、恒星の周回軌道に入った。

 蘭狐丸が元気良く宣言した。
「これで完了ッス」
 やっと終わった。正宗は腹巻から、金色の目覚まし時計型の万能計測器を取り出し、時計の側面を軽く押した。
 時計には時間の他に様々な計測器が付いている。機能の一つとして、正宗たちの勤務記録管理も行っているので、働いた時間が記録されていた。

「休日出勤で三十四時間も残業か。これは上から、やいのやいの、言われるな」
 正宗は勤務記録を見てハタと気が付いた。惑星の宇宙位置座標が、始業前と今とでは微妙にズレている。
 顔を上げ、モニターの位置情報を見た。すると、正宗の計測器と数値が微妙に違った。
「おい!」

 正宗は帰り支度をしている蘭狐丸を呼び止めた。
「おまえ、位置計測器は持っているか」
「もちろんッス」
 蘭狐丸は、まだ余力があるのか、腕に填めてある計測器から位置情報を、元気良く読み上げた。
 すると、正宗の時計型計測器と同じ数値だった。つまり、船内モニターの数値が狂っている。

「お前、この位置座標は間違っているぞ! 早く直せ」
 蘭狐丸は正宗に指摘され、自分の計測器とモニターを交互に見た。ようやく蘭狐丸も異常に気がつき、慌てたように、尻尾をピンと直立させた。
「あ、あれ、変ッス。何ッスか、これ?」

 蘭狐丸はモニターの座標を補正して惑星を元の位置に戻した。そこで改めて、蘭狐丸と正宗が位置計測を行うと、やはり微妙にズレている。
 また、補正して動かす。やっぱり、ズレている。
 正宗はイライラしながら、
「もう、いい! 俺たちの座標計測器に合わせろ。後日、推進装置の計測器の補正をしろ」
「わ、わかったス」

 蘭狐丸はすぐさま、自分の腕にある計測器を見ながら、位置を調整した。これには数時間を要した。
 作業完了後に蘭狐丸が歓喜の声を上げた。
「できたッス、ピッタリッス、これで帰れるッス」

 正宗はまだ嫌な予感がした。
「待て、まだ帰るな。いちおう、この惑星に等間隔に設置されている、他の三つの位置情報も確認するぞ」
 蘭狐丸は疲れてきたのか、渋るように尻尾を左右にワイパーのごとく振った。
「ええー。大丈夫ッスよ。惑星推進装置には最適距離を等間隔で取る機能があるッス」

 正宗は怒鳴った。
「信用できるかー、とりあえず確認だー」
 結果、残念ながら、正宗は正しかった。惑星推進装置の三つとも、起動前とは位置が微妙にズレていたし、間隔もズレていた。
 また、惑星推進装置の質量が大きいためか、一つを動かすと、三つが誤差を伴って、それぞれがクセのある動きをした。

 いくら惑星用推進装置に付いている自動間隔補正機能を使用しても、元の位置に戻らない。どうやら、惑星推進装置の計測器は全て狂っているようだった。
 そのために、正宗たちは僅かな調整を、推進装置間を飛び回って一基づつ調整するという、とんでもなく手間が掛かる作業をせざるを得なくなった。そうしないと、ドデカい事故が起きかねなかった。

 正宗は途中で泣きたくなった。でも、泣いても仕事は減りはしない。むしろ、利子がつく。闇金融ばりの超高金利の利子が。
 結局、全ての作業が終わって勤務時間記録を見ると、残業は六十時間に達していた。三連休最後の休日が終わるまで、残り二時間しかなかった。
 正宗はフラフラになりながら帰路に就き、呟いた。
「こりゃ、死ぬな」
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