第七章 まだ、惑星開発五日目・瑕疵露見(四)

文字数 4,250文字

 正宗は幽霊をネズミ捕りにかかったネズミでも見るように睨みつけた。だが、その前に七穂が立ち塞がった。
「待ってよ、クロさん」
 七穂は幽霊と同じ目線に立って優しく問いかけた。
「ねえ、あなた。あなたは、クロさんの言うとおり。この星に取り憑いている悪霊さんなの?」

 幽霊はゆっくりと、真っ白な顔で血のように赤く潤んだ目で、じっと七穂を見つめた。
「やっぱり、悪霊なの?」
 辺りの機械から声が漏れたが、七穂は意味がわからずに戸惑っていた。正宗は頭に手をやり、
「すいませんが、七穂さん。そいつは七穂さんにわかる言葉を話せません」

「え、そうなの? でも、クロさんにはわかるの?」
 あ、適当に丸め込んで、幽霊を始末すればよかったかな。だが、七穂が気付いた以上は、正直に言う以外なかった。
「わかります。というより本来、私は七穂さんの言葉も理解できません。ですが、この私の頭につけている全言語対応型ツイスター型エンジェルリングのお陰で、わかるのです」

 正宗は頭に着いた捻り鉢巻を指差した。
「これを付けることによって、私の耳には七穂さんの意思が理解可能な言語になって聞こえます。私の言葉も七穂さんに理解可能な言葉として聞こえるのです。ちなみに、七穂さんと手をつないでいただければ、口で言うのが難しい心の機微なんかも百パーセント伝わる機能が付いています。もっとも、私がそれをやると疲労が著しいので、普段は全然やりませんが」

 七穂は正宗の黒い頭にある捻り鉢巻こと全言語対応型ツイスター型エンジェルリングをマジマジと見つめた。
「ふーん。そうなんだ。ねえ、じゃあ、それを貸してもらえれば、私が直接この幽霊さんに話せるの?」
「それは無理です。これは個人単位で脳波に合わせて調整しているので、お貸ししても、こいつとは意思の疎通はできません」

 七穂は首をかしげた。
「あれ、でも、ルクレールちゃんは、してないよ」
 源五郎の場合はヒトノツラ自体に組み込まれている。だが、あれが被り物だということは秘密事項である。
「まあ、その辺りは、企業秘密ということで」

「じゃあ、私の言うことを通訳してね。貴方は悪霊なのですかー?」
 正宗は七穂が幽霊に対して仏心を出すのに、いい気分はしなかった。だが、もう通訳をやらないわけにはいかないので、幽霊に尋ねた。
 七穂の言葉のニュアンスを変えたいと思う。けれども、幽霊に話しかける言葉は、そのまま七穂にも伝わるので、そうもいかない。

 幽霊は、か弱い涙声で話し出した。正宗は言葉をそのまま通訳していった。
「悪霊? わからない。気がついたら、この何もない星の上にいたの。最初は誰かを探していたんだけれども、誰もいなくて。そのうち疲れて眠っていたら、急に外が騒がしくなってきたの。それで、目を覚ましたら、地表がすっかり変わっていたの」

 七穂が幽霊に近づき、優しく声を掛け続けるので、正宗はそれを同時通訳していった。
「じゃあ、何で私たちを脅かすようなことをしたの?」
 幽霊はグズりながら答える。
「わからない。でも、そうしなければいけないような気がして」

 正宗はそこまで通訳すると、すかさず犯罪者を糾弾する検事のように、自分の意見を述べた。
「人を呪わずにはいられない。悪霊の本質ですな。そんな性悪な奴らだから、自分の住んでいる星を滅ぼしたんですよ。情状酌量の余地なしです」
 七穂は正宗の言葉に構わず、幽霊に問い続けた。正宗は苦々しく思いながらも、七穂に従って通訳を続けた。
「貴方は本当に悪霊なの?」

 幽霊は赤い瞳を曇らせて悲しげに述べる。
「そう言われれば、悪霊なのかもしれません」
 幽霊は「自分は悪霊です」と自供したも同然だった。これは星の未来のためにも、自分の未来のためにも、もうこいつを星に置いてはおけない。

 正宗は幽霊が逃げ出さないように体に光を貯め、油断なく構えた。
「決まりですな。新たにこの星に生まれてくる住民のためにも、駆除ですな」
 だが、七穂はそんな正宗のやり方を認めなかった。
「駆除はやりすぎだよ~」

「じゃあ、星の一部を切り離しそこで眠ってもらいましょう。そして、悪霊が眠った一部を、宇宙の外側に向かって投げ出しましょう」
「それで、どうなるの?」
「幽霊の存在が宇宙と均一化される日まで、眠りながら宇宙の闇を飛んでもらいましょう」

 七穂が強く抗議の声を上げた。
「そんなの、ダメだよー」
「甘いこと言ってはいけません。悪霊なんて身勝手で、他人の迷惑にしかなりません。カラスだって、餌付けすると数を増して、ご近所に迷惑を掛けます。共存なぞ絶対できません」

 七穂は幽霊に向き直り、真摯な眼差しで確認する
「ねえ、正直に言って。貴方、悪いことしないって誓える?」
 幽霊は白い頭を振った。そして弱々しく発言する。
「ここに置いていただけるのなら、そうしたいのですが、やはり私は悪霊ですから、自信がありません」

 正宗の通訳を聞いて、七穂は静かに決断した。
「わかったわ」
 七穂が目を瞑って念じると、七穂が光に包まれ、赤い袴姿の巫女装束に姿を変えた。
「あなたは今日から、ここの土地神になるの」

 正宗には予想だにしない答だった。あまりの展開に、正宗の体に溜まっていた光がエネルギー欠乏の症状のように発散した。
「何ーですーとー」
「だから、あなたは、ここにいてもいいわ。ほら、通訳してクロさん」

 正宗が七穂の言葉をたどたどしく伝えると、幽霊は頭を振って答えた。
「無理です。私は悪霊なんです。神様になんてなれません」
 七穂は胸を張り自信たっぷりに宣言した。
「大丈夫。ここに住む人が貴方を奉るから、貴方は土地神になるの。自分で神様になろうなんて、思わなくてもいいのよ」

 正宗の驚きは収まらない。だが、七穂の言葉を通訳しないわけにはいかなかった。
 創造者が〝何でもあり〟だからといって、神様まで作れるのか?
 仮にできるとしても、それには七穂の創造者としての力量が関係してくる。果たして、七穂にはそこまで創造者としての力が使いこなせるのか。
 幽霊を土地神にする力が七穂にあるのかについては、幽霊も疑問があるのか、ぎこちなく七穂に尋ねた。

「土地神様になるなんて、そんな、いいのですか?」
 七穂はニコリと幽霊に微笑んだ。
「私の住む国じゃそうだから、それでいいのよ」
 本当にこいつをここに置くのか? 正宗は抗議した。
「そんな、無茶苦茶な!」

「私のいた国じゃ、菅原道真さんという、元悪霊から神様になった人だっているんだしー。前例があるから、いいんじゃなーい? それに、やっぱり悪霊は拙いけど、土地神様なら良いんじゃないのかなー」
 また、突拍子もない前例主義が来た。確かに、惑星に知的生命体が生まれれば、宗教が発生することもある。宗教行為が何らかの事象として現れる事例も存在する。

 でも、今回のような破天荒なケースは、正宗が知っている限り、一度も聞いた記憶がない。
 正宗は慌てて抗議を続けた。
「でも、この星の住人が受け入れるかどうか。そもそも電子情報生命体が土地神という概念を持って奉るかどうかなんて、わかりませんよ」
 七穂はピシャリと命令した。

「なら、そういう風なロジックをプログラムに汲みこんでよ」
 また、創造者様のご無体が始まった。これは電子情報生命体ならではの、ご都合主義な解決法だ。
「そんな、電子情報生命体に信仰心を持たせるのですか?」

 七穂は力強く断言した。
「敬虔な心はある程度まで進化した生命体にこそ、必要なのよ。それがないから、環境破壊とかが起きるのよ」
(だったら、まず良い環境を作れよ。草木の一本もないだろうに)

 そんな正宗の心の突っ込みなぞ知る由もない七穂は幽霊に向き直った。
「あと、御神体は自然石で、神社はサイバースペース上になるけど、いいかしら?」
 正宗が渋々それも伝えると、幽霊はコクリと頷いた。
「ええ、それは構いません。私、コンピュータのことなら良くわかりますから、自分の神社のホームページくらい、自分で管理できます」

 チッ、この居候が! 元が中途半端に進化した知的生命体だけに、順応してやがる。それに、権力者と見た七穂に、すっかり取り入ってやがる。
「じゃあ、行くねー」

 七穂が巫女装束で玉串を振って目を閉じて『えい』と掛け声を掛けると、幽霊が光に包まれた。
 すると、幽霊は煌びやかな着物を着た髪の長い七穂に似た少女になった。
 正宗は七穂が失敗もなく悪霊を土地神に変えてしまったのに驚愕した。七穂の創造者としての力には、一般的な創造者を越えるものがある。

 七穂は自分が変えた土地神を見ると、満足そうに頷いた。
「さあ、これであなたは、この星の土地神よ。土地神たるもの、祭ってくれる人を大切にしなきゃダメよ。いじめられたら祟りを起こすのもいいけど、あまり人に嫌われるような真似をしてはダメ。神様なんだから、寛容さと忍耐を持つこと。いいわね」

 驚きから抜け出せず、正宗はつい女言葉で早口に伝えてしまった。悪霊改め土地神は、七穂とそっくりな血色の良い笑顔で答えた。
「はい、創造者様」

 傍目に見れば、この二人の関係は仲の良い双子の姉妹のようですらある。それだけに正宗には、トラブルの種が二倍になったように思え、いい気が全然しなかった。
 これも、創造者様と同じ姿の奴に八つ当たりした報いなのか。正宗は小さな声で、そっと独り言を呟いた。
「チッ、人を呪わば穴二つか」

 すかさず、土地神と七穂の同じ二つの顔が正宗を向いた。
「何か言った、クロさん?」
「いえ、創造主様の寛容さにはつくづく感服いたしました」
 思わず長年にわたって染み付いた下っ端根性が出て、ヨイショ用のスマイルが浮かぶ。

 その後も土地神は、正宗が惑星開発の作業状態を七穂に説明する間、ずっと七穂についてきた。
 七穂が地下都市の整備とロボットの改良をしている間も、ずっと側にいた。
 電子情報生命体の仕様書を七穂に見せて仕様書の直しや追加をしている時にも、土地神は読めないにも関わらず、それを上から覗き込んで、フムフムと知ったかぶりに頷いていた。
「何か、やりづらいな」
 正宗がそう感じつつも、時間は過ぎて行った。
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