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文字数 2,314文字

 *

 あれはまだ、タツヤが生まれて一、二年が経った頃だったか。私はいつも通りこちらの世界にやってきたリストを捌いていた。そして、ミワはその中から依頼を引き受けて仕事をこなしていた。
『じゃあ、私はこれ行こうかな』
 そう言ってミワは、ある一つの依頼書を手に取った。既にチェック済みのリストの中から取ったのを確認した私は、リストを確認する顔を彼女の方に向けることなく答えた。
『分かった。頼んだぞ』
『はーい、行ってきます』
 ――それが、彼女との最後の会話になるとも知らずに。

 その後、普段なら割と早いうちに帰還してくるはずのミワが数日経っても帰ってこなかった。最初は「今回は珍しく苦戦しているのか?」と思っていただけの私だったが、暫く仕事をしているうちに、急に嫌な予感がした。この世界で囁かれている「ある噂」を思い出したのだ。
 それは、「人間界には『過激な霊能者』がいて、その霊能者は死神を見つけたら片っ端から抹消させに来る」というものだった。
「噂」というものの、その霊能者によって消滅した死神が過去にいたのも事実だった。度々このことに関する注意喚起はしてきたものの、たまたま私の身近には被害が及ばなかったことや、そうでなくても死神の権利が剥奪されて消えてゆく者は数知れずいることもあり、私は本当に「噂」程度にしか留めていなかったのだ。
 ――まさか、優秀な死神である彼女が、たかが霊能者にやられるなんてことがあろうか?
 そんなまさか、と思いたかったが、一度浮上してきた可能性を拭いされるほどの確証も存在しない。私はいてもたってもいられなくなり、部下に彼女が受けた依頼先の近辺調査を依頼した。
 その結果、ミワはその噂の「過激な霊能者」によって消された可能性が高いと判断された。死神の持つ気配がまだ辛うじて地上に残っていたらしく、それが道の途中で不自然に途切れていたのだという。そして、誰かに追われたかのように彼女の気配が広範囲に広がっていたとのことだった。
『……霊能者とはいうものの、たかが人間ごときがよくも我が妻を……!!
 調査結果を知らされた私は思わず机を拳で叩いた。ドンッという鈍い音が部屋に響き渡り、直後に静寂が重くのしかかる。人間など、死神の手にかかればいとも容易く殺せるというのに。そんなか弱いはずの存在に最愛の妻を消されたというその事実が、ただひたすらに憎かった。
 この時の私の頭には「復讐」の文字しか浮かんでいなかった。
 完全な復讐を遂げるため、私は引き続き部下に詳しく調査をさせた。その結果、色々と分かったことがあった。
 まず、ミワの業務は何事もなく済んでいたこと。依頼者を無事に死へ導き、こちらに帰還しようとしていた際に例の霊能者に遭遇してしまったそうだ。運悪く、依頼者のいた場所と霊能者の拠点がかなり近かったらしい。彼女は急いで逃げようとしたが、追いかけられた末に術をかけられ、抹消させられたと見られるとのことだった。
 そして私はてっきり霊能者の存在は一人だと思っていたのだが、この霊能者は夫婦二人であったことが今回の調査で初めて分かった。まず一人が追いかけ、もう一人が待ち伏せしている所まで追い詰めて消すというのが彼らの方法だったらしい。ミワもまんまとその罠にかかってしまったということだ。
 何故ここまで躍起になって死神を消そうとするのか、その理由も分かった。どうやら彼らは多額の報酬を貰える自身の仕事に目が眩んでおり、仕事の邪魔になる死神を目の敵にしていたようだった。それなら見つけ次第自分たちの手で抹消させればいい、という思考に陥っていたそうだ。
 真実を聞けば聞くほどに、彼らに対する殺意は大きくなってゆくばかりだった。
 ――こんな人間こそ、早々に死に導かれるべきだ。
 王としての立場も忘れ、そう思ってしまうほどには。
 私は仕事の傍ら、復讐の計画を立てた。いつ、どのタイミングで、どうやって殺すか。長い時間をかけ、まるで秒刻みかのように綿密に計画した。
 最初はすぐにでも殺しに行こうと思っていたが、忘れた頃に復讐された方が絶望するであろうことを思い、実行するのは何年も後のことになった。私はそれまでこの人たちを監視し、完璧なタイミングで殺害しようと目論んでいた。
 そうやって監視していた時、私はお嬢さんの存在を知った。親からはまともに愛情を受けられず、祖母が親代わりに世話をしている様子を見て、実に愚かな親だと思った。
 そしてこの時の私は、お嬢さんですら悪だと思っていた。悪人が産んだ子ですら罪だと信じて疑わなかった。
 しかし監視し続けているうちに、お嬢さんはこの両親の元を離れてしまった。それから私はこの二人を監視しながらもお嬢さんの様子も見るようになった。そうしたら、幼い頃の自分の環境を理解した彼女は、私と似たように両親のことを憎むようになっていった。そんな様子を見ていたら、私がお嬢さんに対して段々と、憎む気持ちよりも可哀想だと思う気持ちの方が強くなってしまった。
 ――あぁ、この子のためにも、やっぱりあの人たちは消さなければ。
 そんな歪んだ気持ちさえ芽生えてしまったのだ。
 そして私は、彼女がある程度大きくなったタイミングで計画を実行することにした。目の前であの二人を殺すことはこの時に決めたのだ。ずっと長い間見張ってきた相手のことだから、もうどのタイミングで最も油断するかということも分かっていた。
 その時が訪れる頃を見計らい、私はお嬢さんを二人がいる場所まで呼び出した。
 そして、ようやく長年の憎き相手を、この手で殺した。
 私は王でありながら、自分の都合で、リストにないはずの人間を殺したのだ。
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