06

文字数 2,266文字

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 一人で考えても埒が明かないので、ひとまずはもう少し得られる情報がないか、集中して観察してみることにした。しかし一昨日は土曜日なので授業は午前中だけで、昨日は日曜日で学校が休みだった。休みだからと言って何もしないわけにもいかないので、昨日は「辰哉」の中にある神崎玲の記憶や、フォローしているSNSの情報もかき集めてみた。
 その二日にわたった観察の結果、いくつか分かったことがある。
 まず、とにかく誰に対しても「優しい」ということだ。他クラスの人でも、先生に対してでも、誰彼問わず。他に人がいることもあるだろうが、あの時以来俺にだけ見せた態度を見ることも特になかった。その結果、多くの人から頼りにされたり好かれたりしている印象を現時点では受けている。
 しかしそれだけの好印象を与えているにも拘わらず、特定の人と一緒にいることはないようだ。誰かに誘われたり呼ばれたりしたら共に行動することもあるようだが、原則一人行動をしているらしい。自ら関わりにはいかないタイプだ。
 そして俺が彼女の情報を得られない最大の理由として当てはまるのが、彼女が自分の話をほとんどしないということだ。例えば相手から「玲ちゃんはどうなの?」といったように、彼女のことを質問するようなことを訊かれても、何となく答えをはぐらかしては別の話題に自然とすり替えている。
 対人関係には波風を立てない。しかし、自分の意思で動くこともなければ自分の手の内も明かさない。まるで、できる限りの範囲で意図的に自分の存在を消しているかのような立ち振る舞いだ。
 もしかして、そこまでして自分を出さないことと死にたい理由が、関係している? しかし、今すぐ死にたいならいっそのこと自殺だの何だのできるはずだ。それなのに、どうしてわざわざ殺されようとする?
 それも分からないし、そもそも彼女が何故俺のことをすぐに「死神」だと認識したのかも分からない。というか、それが一番の謎だ。すぐに分かったということは、もしかしたら過去に一度死神と接触したことがあるのだろうか? しかしそうしたら、その死神は彼女を殺すことに失敗していることになる。もしそれが本当なら、俺が彼女を殺せる確率は相当低いのではないだろうか。そう考えたらぞっとした。このまま人間になるなんて冗談じゃない。
 少し情報が分かったにしても、これでは予測止まりだ。時間はもう、半分が過ぎている。今日を入れてあと三日だ。何か確固たる根拠はないのか、どうにかして引き出せないか――。
「ねぇ、安積くん」
「うわっ!?
 ずっと頭の中で考えていた人の声が急に意識下に飛び込んできたので、大袈裟な程に驚いた反応をしてしまった。ここまでの反応は流石に予想外だったのか、見上げた先の彼女の顔にも多少の驚きが滲んでいた。因みに今は昼休みで、俺は自分の席でずっと考え事をしていた。そこに彼女がやってきて声をかけてきたという構図である。
「な、何? 神崎さん……」
「ご、ごめん、そんなに驚かせるつもりでは……。あ、あの。六時間目の理科の場所、もう訊きに行ってる?」
 彼女の言葉で、今日の六時間目が理科だということを思い出した。何の縁だか、元々俺たち二人は同じ理科係だったらしい。授業の内容によってホームルーム教室か理科室に行くかが変わるので、その場所の確認が主な仕事だ。
「あ、そっか、今日理科あったわ。この通りすっかり忘れてたから、まだ訊いてないよ」
「そっか、それなら今から訊きに行こうと思ってるんだけど……」
 その語尾で、彼女が声をかけてきた理由を察した俺はこう返した。
「それなら、俺も一緒に行く」
 すると彼女はにこりと笑い、「じゃあ行こっか」と言った。彼女が先に廊下の方へ歩き出したので、その少し後ろを追うようにしてついていった。
「……理科係のふりして一体何の呼び出しだ、神崎玲」
 案の定、彼女は職員室のある方向とは真逆の、上り階段へ足を運んでゆく。わざわざ屋上まで行く前にまず目的だけ確認したかった俺は、上っていた階段の途中で彼女の腕を引っ張りながら声を潜めてそう言った。すると彼女は大人しく足を止め、振り返りながら返答する。
「あぁ、因みに場所は教室だったから安心して。五時間目が始まる前にさらっと黒板に書いておけばいいし」
「その『安心して』というのは、お前が今からしようとしていることと関係があるということか」
「えぇ、その通りよ。あなたがあんまりにも難しい顔してるから、残りの昼休みで話でも聞いてあげようかと思って」
「あぁ、そう……お気遣いどうも」
 敵に塩を送られた気分になり、思わず顔を顰めてしまった。いや、そもそも人を殺すのが目的な俺に協力的な時点で敵ではないのではないか? とは思ったものの、特に味方なわけでもない。
 ……いや、そんなことを考えている場合ではなかった。今はどうでもいい。それよりも。
「じゃあ、その気遣いに甘えさせてもらって、いくつか聞かせてもらおうか。ただその前に、本当に人気が少ない場所に移動したい。生憎、そんな場所が『辰哉』の記憶には見当たらないんだが、お前はどこか知ってるか」
「そうね……」
 彼女は考えながら、人差し指の先を自身の唇に当てる。その姿と今の「本性」が妙に釣り合わない感じがし、見てはいけなかったものを見てしまった気がした。思わず、少し目線を逸らした。
「あぁ、体育館の奥の方にあるビオトープの方だったら、誰も来ないんじゃないかしら?」
「分かった。じゃあ、そこまで連れて行ってくれないか」
「了解、後ろついてきて」
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