04

文字数 2,030文字

 その後、授業をそれなりにやり過ごし、時は昼休み。俺は教室で辰哉の友人と一緒に弁当を食べていた。果たして、死神の食事情とは大いに異なる人間の食事が口に合うものか、と朝食を食べる時から思っていたが、やはりその辺りは元の人間に対応しているらしかった。朝食同様、あの母親がきちんと手作りをした弁当は、それなりに美味しいと感じた。そして、周りの友人との会話もついていけるのかどうかと思っていたが、基本的に辰哉はグループ内でもあまり口数が多い方ではないらしい。周囲の話に合わせるように何となく相槌を打っていたが、特に気にかけられることもなかったのでそれで正解だったようだ。
 そして食べ終わった時に、俺はトイレに行こうと教室を出た。教室内は人がいるから暖かかったのか、廊下に出るとひやりとした空気が一気に体の表面全体を覆う。寒っ、と思いながらトイレに向かって用を済ませ、再び教室へと戻る。
 いや、戻ろうとしたら、教室の扉の前に神崎玲が立っていた。
「あ、安積くん。さっきの件今からいいかな? あと、ちょっと場所変えたいんだけど」
 こいつ、恐らく俺が教室から出ていくの見てたな。底の知れない雰囲気を感じながら頷き返すと、彼女は階段の方へと向かって行き、そのまま上へと足を進める。その間、お互いに何も話さない。上に向かうにつれて徐々に人気は減っていった。そして彼女が足を止めた場所は、屋上の扉の一歩手前だった。
「――で、」
 止まるなり、彼女は振り返りながら口を開く。その一語だけでも、先程までの穏やかさはどこへやら。雰囲気がガラリと変わった、冷たい声が耳を貫く。顔こそ笑っていたが、目が全く笑っていなかったことに気付いて寒気がした。何だ、こいつは本当に、俺が今までに何人も殺してきたのと同じ人間なのか?
 まるで、悪魔みたいじゃないか。
「あなた、安積くんじゃないのよね。そうでしょう、死神さん?」
「ッ!? なっ――」
 口調が別人のように変わったこともそうだが、確信している声色で俺の本性を言い当ててきたことに、ただただ驚くしかなかった。ただでさえ、人間側からすればこちらから言わないと死神がいることには気付かないのに。元々普通の人間で、しかもクラスメートなら過去に何かしらの関わりがあるはずの人と中身が変わっただけなのに、何故あの目が合った瞬間だけで「俺」を、「死神」を見抜けた?
 どう返すのが正解かも分からず、言葉が全く見つからなかった。しかし、逃げるわけにもいかない。困窮している俺を嘲笑うかのように、彼女はクスッと笑った。
「私はあなたの『存在』を知っている。だから、あなたが私に何をするかも分かっているわ。今更回りくどい説明はいらない」
「ど……どういうことだ、それは。何故お前のようなただの人間が、俺のことを――」
「そんな細かいこと、どうだっていいじゃない。気が向いたらいつか話してあげてもいいけど。それより、私があなたを呼び出したのはそんなことを話すためじゃないの」
 特に特殊な力を感じるわけでもないので、彼女が人間であるのは紛れもなく事実だった。しかし、俺たち死神の前では非力なはずの人間の女に、抵抗できない程の圧力を感じていた。得体が知れない。一体、何を考えている?
「あなた、この任務クリアしたいでしょう?」
「……まぁ、お前が俺のこと死神だと認識しているならそれがミッションだと思うだろうな。あぁ、そうだよ」
 下手に歯向かうのも怖いとは感じるが、いつまでもそう思っていたって話が進まない。ここで試験の邪魔をされては元も子もない。俺は言葉を続けた。
「だけどそれが何だよ。俺はお前を殺しに来たんだ、命乞いされたって聞く気はない。俺が死神だと分かってこんな所に呼び出したんなら、どうせ命は助けろとか言うつもりだったんだろ」
「あなた何言ってんの、そんな馬鹿みたいなことをわざわざ言うわけないでしょう」
「……は?」
 俺の言葉に被さるように、命乞いを「馬鹿みたいなこと」と一蹴したことに驚愕し、用意していた続きの言葉が全て消え去ってしまった。
「私はあなたに、きちんと殺してもらえるようにお願いしに来たのよ」
「は、はぁ!? お前、それ自分が何言ってるか分かって――」
「分かってなきゃ死神の前でこんなこと言うはずないでしょう、死神のくせに綺麗事言うのやめてちょうだい。やっとこの人生を終わりにできるなら、喜んであなたに命の一つくらいくれてやるわよ」
 想定外の「殺してくれ」という言葉に、全く嘘を言っているようには思えない雰囲気。本気だ、と思った。こいつは本気で俺に殺されようとしている。
 その時、昼休み終了五分前の予鈴が鳴ったのが聴こえた。彼女は左手の腕時計にちらりと目をやり、短く息を吐いた。
「じゃあ、そういうことだから。近々ちゃんと私のこと殺してちょうだいね、死神さん」
 そう言い残して、長い髪を靡かせながら先に階段を降り始めた彼女を、俺はただ呆然と見つめることしかできなかった。
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