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文字数 2,490文字

 *

「……お父様、そんなことが……」
 目の前で語られたことがあまりにも衝撃的で、俺はそれしか言うことができなかった。何を考えているかは分かりにくいが、常に冷静に物事を見ているであろうはずのこの王が、まさか私情によってそんな行動を起こしていたなんて。
「お前には散々厳しく言っておきながら、過去のことではあるが、私も人のことを言えないことをしていたのだ。軽蔑してもらっても構わん」
「軽蔑だなんて、そんな……」
 こうして懺悔する彼の姿が、普段よりもあまりにも弱く見えてしまい、軽蔑したり侮辱したりする気にもなれなかった。ただただ、驚くばかりだった。
「あと、タツヤ。私はお前に謝らないといけないことがある」
「謝らないといけないこと?」
「あぁ。お前が『この試験がフェアでも何でもない』と言ったことについてだ。私はあの時、お前に嘘をついた」

 *

 私があの二人を殺害してから数年後。普段と同じようにリストを捌いていた私の目に、ある一つの依頼書が飛び込んできた。
『……これは、』
 内容を見た途端、私は思わずそう呟いていた。依頼書に載っていた写真は、見覚えのある少女の顔と酷く似ていたからだ。名前を確認し、私はこれがあの時の一人娘だと確信した。
 どうして、と一瞬思ったが、私は彼女が置かれている状況を、数年前までだが知っていた。それを思い出すとなんだか納得したような、でも納得したくないような、複雑な感情を抱いた。
 私はひとまずその依頼書をよく読んでみることにした。すると、ある事実に気付いたのだ。
 この少女は、ミワの息子、「安積辰哉」と同じ中学校に通っているのだということに。
 確かにあの日、ミワは消された。しかし、死神が消されるというのは「死神の権利を剥奪される」ということと同義だ。あの二人の件が落ち着いた後、私はミワが人間として生活していることを部下の報告によって知った。
 それからミワの様子を定期的に見ていたから、どこにいるのかは実は知っていたのだ。しかしまさか、こんなところで繋がるなんて。ただただそう思うばかりだった。
 このことを理解した私は、この依頼書を手元に残すことにした。これはタツヤの最終試験に渡そうと。
 お前が無事に合格するに越したことはないが、万が一不合格になっても、お前は自分の母親とその後の人生を過ごすことができる。こればかりは父親としての思いが故だった。あと、お前の試験の前にお嬢さんと接触したのも、タツヤが人間になった時にはよろしく頼むつもりだったからだ。
 ……そうだ、この試験は全くフェアではなかった。これはお前の言う通りだったんだ。

 *

「……私の話はこれで終わりだ。つまらない懺悔に付き合わせて悪かった」
 彼がそう言った後、俺たちの周囲を取り囲んだ沈黙の間を風が静かに吹き抜ける。この後何を言葉にしたらいいのかも分からなかった。
 本来なら、公平な試験ではなかったことに対して激昂してもよかったのだろう。王とあろう者が家族だからってそんなことをするなんて、と。そんな手段で一人前を認められたって嬉しくも何ともないのだから。
 ただ、幼い頃から自分に厳しくしてきたこの父親が、ここまで自分のことを思って行動していたというその事実に、俺は動揺していた。俺の親はこの人一人だけだった。だから、親の厳しさは知っていても、親の優しさなんてものは俺は知らない。
 もうこの先会えなくなるから言ったんだろうとは思ったが、俺は思わざるを得なかった。
 どうして最後にそんなことを言うんだ、と。
「……そうだったんですね」
 そんな色んな感情が飛び交う中、辛うじてその一言だけは発することができた。
「怒らないのか? 普段のお前だったら容赦なく怒っていたことだろう」
「……今、そんなに怒れる気持ちではないです」
「そうか、お前にもそんなことがあるのだな」
 彼はそう言って、珍しく笑った表情を見せた。それすらも俺の感情を揺らがせてくるから心臓に悪い。再び何も言えずにいると、父が口を開いた。
「タツヤ」
「……はい」
「私は、お前は死神として優秀だと思っていた。これは父親目線をなしにしても、だ。目的のためなら冷徹になれるのは、実に素晴らしい素質を持っていると思った」
「ありがとうございます、でも――」
 そんなことを言われてももう俺は人間なのに、と思った矢先、彼が「ただ、」と言った。
「その一方で、お前は自分自身の考えのもと一人で行動する。確かに優秀ではあったが、一匹狼になるのではないかと私は結構心配していたのだよ」
「俺は……全ては行動と結果だと思っていたので」
「じゃあ、何故今回はこのような結果になった?」
「え、それは――」
 神崎玲の「死にたくない」って感情を知ったから、と思ったところでハッとした。それを既に理解していたのか、目の前の父親は小さく頷いた。
「そう。普段なら自分自身の考えのみで行動していたお前が、今回初めて相手のことを考えて動いたんだ。この一週間で学んだな、タツヤ。
 最後に父として述べさせてもらうが、死神だろうと人間だろうと、相手のことを考えるというのはとても大事なことだ。お前にはこの先それをもっと学んで、周りの人と打ち解けてほしい。決して他人を見下したりせずに、な」
 その時「旦那様、そろそろお時間です」と隣にいるオハラが申し訳なさそうに言った。彼は「言いたいことは言えたからもうよい」と頷いた。
「ではタツヤ、これでさようならだ。お嬢さん、これからもこの息子と仲良くしてやってくれないか。……よろしく頼んだぞ」
 彼は後ろに振り向き、いつの間に開いていたワープホールに向かって歩いていく。その背中を見て、俺はあることに気付いた。
 ――さっきから抱いていたこの感情は、「寂しい」だ。
 もう二度と会えなくなる父の姿を見て、やっと気付いた。
「――お父様、オハラ」
 だから、最後に一度だけ呼び止めた。彼は立ち止まり、顔だけこちらに向けた。
「長い間、お世話になりました」
 それを聞いた彼は寂しそうに笑い、再びワープホールへオハラと共に向かった。
 そして、二人はそのまま屋上から姿を消した。
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