12
文字数 2,459文字
「やっぱり手がかりはなさそう、かぁ……」
飽きるほど見た自校の略称やアイコンの楽しそうな写真をスクロールしながら諦めていたその時、パッと目に留まったアカウントがあった。名前は「澪」とある。IDから推測するに「ミオ」と読むのが正しそうだが。プロフィールは何も記載がなく、アイコンも真っ黒。これまでに流した彼女の繋がりの中で、明らかに異質なものだった。名前の横に鍵のマークは表示されていたが、そのままタップしてみる。
「……ん?」
そのアカウントは、彼女がフォローされているのみで、他には何も繋がりがなかった。彼女がフォローしていることもない。ツイートの有無は分からないので、唯一の特徴とすれば、プロフィールのURL欄に何かのURLが貼られているのみ。変なサイトに飛ばないことを願いながら、恐る恐るリンクをタップしてみた。
「……あ、」
これ、ブログだ。とにかく、変なサイトに飛ばされなかっただけ一安心だった。ブログのタイトルが順番にナンバリングされている辺り、そこそこの数の記事があるようで、更新頻度もまずますだ。平均して月に一度くらいは更新されていそうだった。最初から読んでみるくらいの時間はありそうだったので、「1」から順番に読んでみることにした。どうやら、二年ほど前の文章のようだった。
『誰かに言うわけにもいかないけど、自分の中で消すこともできない。せめてこうして文章にしてみたら、少しだけ気持ちが軽くなれる気がする。何でブログという形にしたのかは自分でもよく分からないけど、続けてみようかな。気が向く限り。』
そんな書き出しから、澪の日記は始まっていた。どうやら、自分の気持ちを他人に言えない性格のようで、それを吐き出す唯一の場としてこのブログを書いているらしかった。それが二年後もこうして続いているのだから、当時の選択は正しかったんじゃなかろうかと思う。
その後もいくつか読み進めていったが、予想通り、と言うべきか。原則として、明るい話題の話は出てこなかった。大概、現実の息苦しさにもがいている様子が窺える内容ばかりだった。こうして言葉にして吐き出すことで、この人はなんとか息をしていたのかもしれない。それは自分にはない感覚だったので共感はできなかったが、何故か読み飛ばすこともなく、順番に読んでいる自分がいた。
その後「10」くらいまで読み進めた時、ふと引っかかった文章があった。
『子どもは親を選べないとはよく言うけど、本当にそうだなと思う。望んであんな人たちの子どもになったつもりなんてなかったのにな。何で私のこと産んだんだろ。必要なかったんなら、中絶でも何でもしたらよかったのに。それが無理だったんなら、産んだ直後にさっさと手放せばよかったのに。そうしたら「私」なんて、ここにはいなかったのに。』
どこかで似た話を聞いたような、と思いかけたその時に、想起されたあの日の言葉。
『そうよ、ぎりぎり記憶が残っているくらいの幼い頃に私は捨てられた。あの人たちにとって大切なのはお互いの存在と仕事だけで、予定外にできた私のことなんてどうでもよかったみたいね』
「ッ――!!」
思わず、口元を強く手で押さえてしまった。ただ、これだけで断定してしまうのは早合点である気もしたので、そのまま続きの記事も読んでいくことにした。「玲」と「澪」、確かに共に「レイ」と読む漢字だ。可能性的には十分有り得る。逸る心を抑えつつ、指を上下に動かして読み進めていく。
そして、決定的な記録を見つけるまでに、そこまで時間は要さなかった。
『皆はどうしていつも平気な顔して教室にいるんだろう。一体何を考えているんだろう。ずっとそう思いながら一日の大半を過ごすって、凄く疲れる。いっそのこと、自分の心がなくなってしまえば、少しは楽になれるんだろうか。何も気にせずにいられるんだろうか。』
『それならもう、今日で全部、終わりにしよう。』
『自分がいなくなれば、何かが変わるかもと思ってた。でも、実際には何も変わらなかった。ただ、私の心がなくなっただけだった。』
『私、この先どうすればいいの。いっそのこと死んでしまった方が楽なんじゃないのかな。こんな何もない自分を何十年も動かすくらいなら、いっそ。』
――あぁ、やっぱり間違いない。
「……これ、神崎玲だ……」
こんなところで彼女の裏を知ることになるなんて、という思いがけなさと、頭の良い彼女だからこその表現の明確さが相俟って、目が回りそうだった。あまりにもリアルな感情表現だった。あの日にビオトープ近くの通路で実感した、彼女の抱いていた絶望感。あんなものはたった一部に過ぎず、実際はもっと根深かったのだ。ゾッとするどころではなかった。こちらまで息苦しくなってくる勢いだ。
読み進めていくと、色々と書いてあった。まともに親に構ってもらえず、祖母が面倒を見てくれていたこと。だけど、その祖母が三歳の頃に亡くなってしまったこと。それをきっかけにネグレクトが激化し、施設に入ることになったこと。施設に入ってまともな生活を送れるかと思いきや、今度は小学校でそれを理由に苛められることになったこと。そして、その後に里親が見つかって一般家庭に戻ったものの、誰も信じたくなくなってしまったこと――。
表の顔と裏の顔、その間に確かに聳え立っていた壁。一枚の分厚いコンクリートだと思えていたそれが、実は砂粒であったことがやっと分かった。最初は何もなかった平地だったはずなのに、少しずつ積もりに積もっていった結果がこれだ。
「……そうか、俺は――」
その時、自分の抱いていた「何か」の正体が、ようやく掴めたような気がした。
彼女の最新の記事は昨日。一瞬だけ「自分」を表に出したあの日。様子が元に戻ったなんて、嘘だった。そんなすぐに戻れるはずがなかったのだ。
だって、そんな簡単に自分が殺せるなら、彼女は――。
「……明日、全部確かめてやる」
神崎玲の本心も、俺のこの感情の答えも、何もかも。
そう心に決めて、俺はスマホの画面を切った。
飽きるほど見た自校の略称やアイコンの楽しそうな写真をスクロールしながら諦めていたその時、パッと目に留まったアカウントがあった。名前は「澪」とある。IDから推測するに「ミオ」と読むのが正しそうだが。プロフィールは何も記載がなく、アイコンも真っ黒。これまでに流した彼女の繋がりの中で、明らかに異質なものだった。名前の横に鍵のマークは表示されていたが、そのままタップしてみる。
「……ん?」
そのアカウントは、彼女がフォローされているのみで、他には何も繋がりがなかった。彼女がフォローしていることもない。ツイートの有無は分からないので、唯一の特徴とすれば、プロフィールのURL欄に何かのURLが貼られているのみ。変なサイトに飛ばないことを願いながら、恐る恐るリンクをタップしてみた。
「……あ、」
これ、ブログだ。とにかく、変なサイトに飛ばされなかっただけ一安心だった。ブログのタイトルが順番にナンバリングされている辺り、そこそこの数の記事があるようで、更新頻度もまずますだ。平均して月に一度くらいは更新されていそうだった。最初から読んでみるくらいの時間はありそうだったので、「1」から順番に読んでみることにした。どうやら、二年ほど前の文章のようだった。
『誰かに言うわけにもいかないけど、自分の中で消すこともできない。せめてこうして文章にしてみたら、少しだけ気持ちが軽くなれる気がする。何でブログという形にしたのかは自分でもよく分からないけど、続けてみようかな。気が向く限り。』
そんな書き出しから、澪の日記は始まっていた。どうやら、自分の気持ちを他人に言えない性格のようで、それを吐き出す唯一の場としてこのブログを書いているらしかった。それが二年後もこうして続いているのだから、当時の選択は正しかったんじゃなかろうかと思う。
その後もいくつか読み進めていったが、予想通り、と言うべきか。原則として、明るい話題の話は出てこなかった。大概、現実の息苦しさにもがいている様子が窺える内容ばかりだった。こうして言葉にして吐き出すことで、この人はなんとか息をしていたのかもしれない。それは自分にはない感覚だったので共感はできなかったが、何故か読み飛ばすこともなく、順番に読んでいる自分がいた。
その後「10」くらいまで読み進めた時、ふと引っかかった文章があった。
『子どもは親を選べないとはよく言うけど、本当にそうだなと思う。望んであんな人たちの子どもになったつもりなんてなかったのにな。何で私のこと産んだんだろ。必要なかったんなら、中絶でも何でもしたらよかったのに。それが無理だったんなら、産んだ直後にさっさと手放せばよかったのに。そうしたら「私」なんて、ここにはいなかったのに。』
どこかで似た話を聞いたような、と思いかけたその時に、想起されたあの日の言葉。
『そうよ、ぎりぎり記憶が残っているくらいの幼い頃に私は捨てられた。あの人たちにとって大切なのはお互いの存在と仕事だけで、予定外にできた私のことなんてどうでもよかったみたいね』
「ッ――!!」
思わず、口元を強く手で押さえてしまった。ただ、これだけで断定してしまうのは早合点である気もしたので、そのまま続きの記事も読んでいくことにした。「玲」と「澪」、確かに共に「レイ」と読む漢字だ。可能性的には十分有り得る。逸る心を抑えつつ、指を上下に動かして読み進めていく。
そして、決定的な記録を見つけるまでに、そこまで時間は要さなかった。
『皆はどうしていつも平気な顔して教室にいるんだろう。一体何を考えているんだろう。ずっとそう思いながら一日の大半を過ごすって、凄く疲れる。いっそのこと、自分の心がなくなってしまえば、少しは楽になれるんだろうか。何も気にせずにいられるんだろうか。』
『それならもう、今日で全部、終わりにしよう。』
『自分がいなくなれば、何かが変わるかもと思ってた。でも、実際には何も変わらなかった。ただ、私の心がなくなっただけだった。』
『私、この先どうすればいいの。いっそのこと死んでしまった方が楽なんじゃないのかな。こんな何もない自分を何十年も動かすくらいなら、いっそ。』
――あぁ、やっぱり間違いない。
「……これ、神崎玲だ……」
こんなところで彼女の裏を知ることになるなんて、という思いがけなさと、頭の良い彼女だからこその表現の明確さが相俟って、目が回りそうだった。あまりにもリアルな感情表現だった。あの日にビオトープ近くの通路で実感した、彼女の抱いていた絶望感。あんなものはたった一部に過ぎず、実際はもっと根深かったのだ。ゾッとするどころではなかった。こちらまで息苦しくなってくる勢いだ。
読み進めていくと、色々と書いてあった。まともに親に構ってもらえず、祖母が面倒を見てくれていたこと。だけど、その祖母が三歳の頃に亡くなってしまったこと。それをきっかけにネグレクトが激化し、施設に入ることになったこと。施設に入ってまともな生活を送れるかと思いきや、今度は小学校でそれを理由に苛められることになったこと。そして、その後に里親が見つかって一般家庭に戻ったものの、誰も信じたくなくなってしまったこと――。
表の顔と裏の顔、その間に確かに聳え立っていた壁。一枚の分厚いコンクリートだと思えていたそれが、実は砂粒であったことがやっと分かった。最初は何もなかった平地だったはずなのに、少しずつ積もりに積もっていった結果がこれだ。
「……そうか、俺は――」
その時、自分の抱いていた「何か」の正体が、ようやく掴めたような気がした。
彼女の最新の記事は昨日。一瞬だけ「自分」を表に出したあの日。様子が元に戻ったなんて、嘘だった。そんなすぐに戻れるはずがなかったのだ。
だって、そんな簡単に自分が殺せるなら、彼女は――。
「……明日、全部確かめてやる」
神崎玲の本心も、俺のこの感情の答えも、何もかも。
そう心に決めて、俺はスマホの画面を切った。