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文字数 2,084文字

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 昨日、その後どうやって帰宅したのか、帰ってから何をしていたのか、全く記憶になかった。翌日の今日、学校が終わって帰宅した今の俺が分かっているのは、以下の通りだ。
『辰哉、起きてるー? もう起きないと遅刻するわよ!』
 いつの間にか日付が変わり、朝になっていたこと。
『そろそろ一週間になるけど、私のこと殺してくれるのよね? 死神さん』
 神崎玲の様子はすっかり元に戻っていたこと。そして。
「……それができてりゃ、今頃こんなに苦労してねぇよ」
 俺から神崎玲に対する答えは、依然として出ていないこと。
 呟きながら、ベッドの上に仰向けで倒れ込んだ。ボスン、という音が部屋に響いては消えてゆく。
 あんな理由を聞いてしまえば、「無闇に自分を殺した行為は罪に値する」とでも理由をつけてしまって、彼女を死に導くことなど簡単にできるだった。そんな例を挙げられる程度には頭の中である程度整理できているはずなのに、俺は何故か彼女を殺せずにいる。その理由は自分でも分からない。本当に何故なのか。
 こんな有耶無耶なままで彼女を殺したとして、俺は本当に一人前の死神になれるのか?
 これまでの俺なら、相手を殺す理由が一つでもあるなら、真っ先に行動に移しているはずだった。今考えていた理由のようなものさえ見つかれば、すぐにでも。しかし今回は、何が正解なのかが全く見えてこないのだ。まるで、重い雨雲が脳の真上をすっぽりと覆っているかのような感覚だ。頭の中ではいくらでも刺殺できるのに、体がぴくりとも動かない。
 理不尽を突き付けてでも尚、残酷であれ。それが死神の在り方であることを分かっていても。
『タツヤ、お前は殺すべきか否か迷っているのではないか』
 昨日言われた言葉が再び脳裏を過る。「迷っている」。その通りだ。俺は今、迷っている。だから殺せない。じゃあ何故迷っているのか。それは、殺すための明確な理由がつけられないからだ。それなら、その明確な理由がつけられない理由は何か。……何か?
「……何で……俺は……」
 ふと、そこまで呟いたその時、あることに気付いた。俺が彼女を殺せない理由。それは、殺す理由が見つからないからではない。実行するにあたり、自分の中で「何か」がそれを妨げているからだ。それなら、その「何か」を排除すれば試験には合格できるわけだが、如何せんその「何か」の正体が全く分からないので、どうすることもできない。
 額の上に腕を置き、ふぅー、と少し長めに息を吐く。試験をパスしなければという焦り、王の息子であるというプレッシャー、目の前に立ちはだかる神崎玲という壁。その諸々が数日間にわたって積み重なってきたせいで、心身共にかなり疲れてしまっていた。俺になる前までの「辰哉」がどうだったのかあまり記憶を辿れていないが、俺がここに来てからの日数、あの母親とまともに会話した記憶もほとんどない。年齢的に反抗期やら何やらと理由をつけて、変に思われていないことを願うしかなかった。
 もう、これ以上何も考えたくなかった。
「……テキトーに、何か見てるか」
 自分の中で堂々巡りをしていても何も進まないので、一度思考を放棄することにした。余計なことを考えないようにするには、スマホ内のコンテンツを流し見するのが一番だ。これが一番思考を放棄できる簡単な手段だ。
 それからSNSのタイムラインを見て、動画アプリでいくつかの動画を見て、ネット検索でいくつか記事を見て、等、とにかくぼーっと過ごした。この様子も上空から見られているのかもしれないが、そんなこと知ったこっちゃない。少しは休憩させてくれ。
 そんな感じで、一時間程は脳の昼寝もできたようだった。最後にまたSNSに戻ってきて、おや、と思う。タイムラインに神崎玲の姿があったからだ。
 『明日数学の小テストかー、今回の分野ちょっと苦手……』
 彼女のイメージからすると弱気な発言だな、と思った直後、その呟きは投稿されてからそこまで時間が経っているわけではないのに、反応が来た数がそこそこ多いということに気付いた。そういや、先日に彼女の投稿内容は見れた範囲で見させてもらったが、どんな人とどのくらい繋がっているのかまでは気にも留めていなかった。
 ……そもそも先日のツイート遡りの時点でプライバシーの侵害に大いに匹敵すると思うが、許してほしい。
 心の中でそう思いつつ、俺は彼女がフォローしている人、されている人を一通り覗いてみることにした。とは言っても、数が多いので一人ひとりをじっくり見ている暇はない。一覧で見れるプロフィールで判断していくしかなかった。
 しかし、ほとんどの人に同じアルファベットの略称が書かれていたり、略称が書かれていなくても自分のフォロワーがその人をフォローしている旨が表示されていたりする時点で、彼女の繋がりの大多数は同じ学校の人なのだと判明した。中高一貫だし、一学年の人数もそこそこ多い学校なので、その事実には頷くしかなかった。どうやら同学年の人がほとんどみたいだし、そういうことなのか。やはり、彼女がもう一つの顔を表に出すことはなさそうだった。
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