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文字数 2,080文字

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「あー、めちゃくちゃ疲れた……」
 その翌日、最終試験期間の二日目。学校での一日を終えて帰宅した途端、制服を着替えることもせずに自室のベッドへダイブすることとなった。
 昨日、帰宅後にまず自分の状況を諸々整理した。まず、俺が成り代わった「安積辰哉」について。彼は本当に「普通」としか言いようのない、大人しい人だ。特段得意な科目や分野があるわけでもなく、何か強く興味があるものも特にない。強いて言うなら読書が好きなことくらいか。だからこの自室にも、少し大きめな本棚を除けばあまり物がないんだろうと推測する。そして友人関係も、出席番号が近かったり部活で一緒だったりする人と主に一緒におり、辰哉自体はあまり自ら何かを話すことはそこまで多くないのだそう。大体、友人の話を傍らで聞いているポジションだ。そして、家族はあの母親一人。女手一つで辰哉を育てているらしく、あっちの世界の俺とほとんど同じ状況なのだそうだ。
 そして、この試験の「意味」について。こちらに来る前、彼が「判断しろ」と言った意味。落ち着いて考えてみれば、それが死神の務めを果たす上での「掟」に関わってくるからだと理解できた。
 実は、人間を死へと導く死神であっても、人間を無闇に殺していいというわけではない。殺める必要がある人を殺さなくてはいけないという掟がある。それなら何故、わざわざこんな試験があるのか。その理由は単純で、死神は最終的に残酷でなければならないからだ。
 死神一族の王の元へは、毎日一定数の人間の情報が掲載されたリストが届く。そのリストに載った人を、他の死神である俺たちが死へと導いている。しかしそこには無条件で情報が記載されるわけではなく、必ず「載る然るべき理由があって」情報が王の元へ届けられるのだ。だが、その理由が「死ぬに相応しいから」なのか「死にたいから」なのかは、そのリストに載った人自身にしか分からない。前者なら死神としては簡単な仕事なのだが、後者になると理由が不明確なことが多いので一気に厄介になる。
 それなら何故、そんな人もリストアップされて、死神に殺される対象になり得るのか。死神は仕事柄、お人好しには務まらない。ある程度の冷酷さがないと相手を殺めるなどできやしない。だから今までの試験は前者の人しか出してこなかったのを、最終試験では敢えて後者の人を標的として出すそうだ。
「殺める必要がある人を殺す」の「必要」というのは、必ずしも理由が相手になくてはならないわけではない。つまり、死神側が「作る」ことも可能なのだ。相手の「死にたい」と思う理由を盾にして。そのくらいの理不尽を突きつける程に残酷であれるか。それが本当の試験の意味だ。
 ……まぁ、これは父が「設定」として頭の中に予めインプットしておいてくれたらしい。色々てんやわんやで、帰宅するまで全くこの設定を確認する暇がなかった。
 とにかく、そういう意味があることが分かった上で、俺自身はできるだけ「安積辰哉」で在ることを意識し、且つできる限りで神崎玲を観察してみることにした。しかし、これがまた簡単なことではない。
 今まで、どんな人でも出し抜いていくくらいでいかないと生きていけないような環境に身を置いていたことも大きく、その面では辰哉の生活は本当に拍子抜けしてしまう。だが、その分今まで意識もしたことがなかった「仲間」、つまり友達の存在の扱いには慣れそうになかった。他人を馬鹿にしない、蔑みもしないことがこんなにも難しいとは。一日だけでこんなに気疲れするとは思っていなかった。
 そして、神崎玲の観察もそうだ。今日一日ずっと見ていて思ったことだが、彼女にはまるで隙がない。俺の前ではあんなに不気味で、強気で、とにかく人から好かれはしないような雰囲気を出しまくっていたというのに、他の人には全く、そんな素振りすら見せないのだ。ひたすら穏やかで、愛想が良くて、口調もあんな高圧的な要素は一切ない。しかしどちらが「本物」であるかは分かっているので、教室での彼女はまるで体内に別人格を飼っているかのような豹変ぶりだ。彼女が「殺してくれ」とわざわざ言ってくる程死にたい理由が、全く見えない。
 ただ単に死にたいと思っているだけでなく、わざわざ「殺して」と言う程にそうなりたいなら、そこにこじつけてさっさと殺してしまえばいい。そう思う一方で、それで単純に殺してしまっても何も分からないまま終わるだけだ、とも感じていた。こんなに好都合な条件が目の前に提示されているのに、どうしてこんなにもわけが分からなくなるんだ? 今まで何も考えずに実行してきた分、尚更考えてしまう。
 もしかして、これって本当に大変な試験になるんでは……?
 そう思うなり、急に頭が重くなるような感覚が襲ってきた。舐めてかかっていたことを今更ながら後悔する。片腕を両目の上に乗せると、目元に重みが来ると同時に部屋の照明が遮られた。時間がそこまでないことは分かっているが、もう今は何も考えたくなかった。
 ふぅ……と溜息を吐くと、そのまま自室の空気に溶け込んで消えていった。
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