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文字数 2,190文字

「そんな中途半端な、覚悟にもならないような感情で、易々と『殺してくれ』なんて依頼してくんな。誇り高き死神の仕事を汚すようなことをしてくんな。第一、そんなに死にたいのなら自殺する方法の一つでも試したことあんのかよ。まぁ、このブログの様子からすると全くねぇだろうな。手っ取り早く楽に死ねるなら死神に殺してもらおうって、その考えが実に甘すぎんだよッ!!
 勢いに任せて叫んだことで、無意識に右手を強く振り下ろしていた。背後のフェンスにぶつかり、先程の背中の時と同様に衝撃音が響いた。彼女がビクッと体を震わせるのが見えた。もう、普段の裏の雰囲気などどこへやら。
 今ここにいる彼女は、「神崎玲」という空虚の理想像を投げ捨てられた、画面上にしか存在していなかった「ミオ」の本体だ。
「……確かに俺は、お前を殺すことを、正直言って悩んでいた。でもその理由が分からかった。だが、このブログを見つけて読んだ時、やっと悩まされ続けていた理由の正体が分かった。
 生きながらにして死ぬという選択肢を取るしかなく、その先で絶望するしかなかったお前のことが――俺は、可哀想だと思っていた」
 意を決して放ったその言葉に対し、彼女は案の定反応してきた。
「……可哀想、ですって? 私が?」
「あぁそうだよ、可哀想だよ。自分の通った、たかが一つの学校という狭い世界が自分の全てとなり、絶望するしかなかったお前のことがな」
 彼女は既に自覚していた。自分のプライドの高さを。そんな人が相手から哀れまれたものなら、たまったもんじゃないだろうことくらいは予想できていた。だから俺は敢えて言ったのだ。「可哀想だ」と、はっきりと。
「俺がお前を殺さずに生かすことにしたのは、歯が浮くような綺麗事を並べる愛情があったからでも、この一週間接したことによって友情が芽生えたからでもない。今言った通り、同情したからだよ。こんな狭い世界しか見てないのに、一部の人しか知らないのに、それがこの世の全てだと勘違いして悲劇のヒロインになりきって、勝手に絶望してんじゃねぇ!!
 ――言っていることが、まるで死神らしくない。
 内心そう思いながら叫んでいた。そして、神崎玲への言葉はそのまま自分にも当てはまるということにも気付いていた。俺も、死神とごく一部の人間しか知らない立派な世間知らずだった。なんせ今まで殺してきた人間は、すぐさま死に導くに値する人間ばかりだったのだから。
 しかし、今回の試験でそうではない人間を知ったことで、自分は狭い範囲で天狗になっていただけなのだとよく分かった。無知ゆえに無関心になっていただけなのだと。自分に感情をインストールした上で残酷で在るという覚悟は、まるでなかったのだ。
 鼓動を鎮めるかの如く内省していたら、少しして目の前の彼女が口を開いた。
「……だったら……どうしたら良かったのよ……」
 彼女の体の横で真っ直ぐ握られている拳が震えていた。今まで俯いていた顔が、不意に正面をこちらに向けた。
「そもそもが望まれた存在じゃなくて、生まれた時から放っとかれて捨てられて! 施設に入れたと思えば普通じゃないって苛められて! そして、やっと普通の家庭に戻れたと思ったら、今度は私の考え方すら変だって笑われて……! そもそもが望まれていないのに、どこに行ったって何をしたって認められないのなら、私は自分を殺す以外にどうしたら良かったのよ……っ」
 そして甲高い涙声で、彼女も叫ぶようにそう吐き出した。しかし、最後の方は泣いているせいで上手く声が出なくなったらしく、顔を押さえながら蹲ってしまった。もう、制服が汚れることなど気にしていられないようだった。
「――逃げ出せばいいじゃねぇか、そんなもん」
 そんな様子を見ていたら、勝手に口から言葉が出ていた。
「実親が望まなかった存在ということと、この世に生まれてきた神崎玲という存在は全くの別物だ。子どもは親の道具でも手下でもない。しかも、お前の場合はもうこの世にいないんだから、そんな呪縛さっさと手放してしまえばいいんだよ」
 そう言いながらも、自分自身も親の呪縛に勝手に絡まっていたことを自覚した。王の息子だから、必ず跡を継がなければいけないと思い込んでいた。しかし、そこに自分の意志が百パーセントあったかというと、そうではないと即答できる。生まれた時から脳に刷り込まれているものは、勝手に自分の中で常識になる。
 あぁ、と思った。俺がここまで神崎玲に怒りを感じているのは、自分と似ているからなのだと。
「……それと、認められないだの何だの言ってるけど、そんなに大勢の人に認められる必要がどこにある? 俺は一週間しかここの様子見てないから何とも言えんが、恐らくだけどあいつらも、そんな大勢の人に認められているわけじゃないと思うぞ」
「……えっ?」
「だったら何で、あんな小規模なクラス単位の中でも細かくグループに分かれて行動してんだよ。全員と気が合うなら、その都度臨機応変に行動した方が圧倒的に効率良いだろ」
「あ、……」
 半ば納得したような表情を浮かべる彼女の顔を見た時、少し離れた所で何かが動いたような気配がした。それは「霊感」のある彼女も同じだったらしく、俺たちはほとんど同時にその方向を振り向いた。ここは学校の屋上なのにいつの間にか見慣れたワープホールができていて、そこから人影が現れた。
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