第10話 「ウンコと文字」

文字数 2,247文字


 

 日下部は自分の後ろを付いて歩いて来ていた、ヒスイの進むペースが徐々に落ちてきている事を察していた。


 距離が離れすぎる前に声をかける。

「少しペース落とそうか」
「え?あ、うん。」
 ヒスイは日下部の声かけにも反応が鈍くなっていて、思ったより疲れている様子だった。
「少し休もう。気になる事もあるし」
 そう言うと日下部は足を動かすのをやめて立ち止まった。


 ヒスイも内心「良かった」と思いながら、その場で呼吸を整えた。

「…気になる事って?」
「この地面についた足跡辿って、俺たちも結構歩いて来たけど“途中で立ち止まった形跡がない”んだよね。要は休まず歩き続けてるってこと」
「つまり、同窓会のメンバーのうちの誰かだと仮定すると、体力がありそうな人の足跡って事?」
「うん。そういう事。女性メンバーだと誰がいそう?」
「う~ん。女性メンバーはスポーツやってるって人いなかったと思う。それに私も女だから分かるけど、この歳になると身体が重くてそんなに動けないはず」
「なるほど。じゃあ、女性メンバーは除外して男性メンバーで考えるか」
「男性メンバーだと誰がいたっけ?体力あるイメージだと、銀太と黒木だけど。」
「あと、見た目によらず柿田も結構体力あると思うよ。大学でサッカーのサークル入ってるみたいだし」
「へぇーそうなんだ。じゃあ、この足跡が同窓会のメンバーの誰かだとしたら、その三人の誰かかなって感じだね」
 立ち止まっていた2人はしばらく休んだのち、再び歩き始める事にする。



 そして、道なりに歩いて行くと日下部が雪の上に何かを見つけた。

「…」
 すると、ヒスイも日下部に続いて雪の上の文字に気がつく。
「あれ?」
「“うんこ”なんて文字書くの黒木銀太しか思い浮かばないんだけど。」





「あと、道角も気がついてるかもしれないけど、この足跡比較的新しい。なのに、“イブの日から2回夜は明けてる”。」
「…!そっか!もう“今日はメリークリスマスの日”じゃない」
「そう。“俺たち”の感覚であればそうだ。つまり、やっぱり同窓会のメンバーである線はかなり濃いと思う」
「でも待って。この足跡が新しい物って確証は?こんな雪っぽくない雪じゃ、いくら雪国で育ってきた私たちでも雪の柔らかさとか、固まり具合とかをベースに雪の状態を考えてもあてにならないんじゃ。」
「この湿ったホコリっぽい雪は、どうやら夜に降ってくるらしい。俺がイブの夜眠って目が覚めた時はまだ日が昇ってたんだけど、暗くなるにつれて段々と雪が降ってきたんだ。まだ100%の確証はないけどね。」
「つまり、夜に雪が降った場合、文字が隠れて見えなくなるから、文字が確認できたって事は新しいものだって言いたいってわけね?」
「そう。」







 






 そして、だんだん日が沈み始めた頃、ようやく長い道なりは終わりを迎えることになる。

「はぁはぁ…。やっと住宅地まで辿り着いた」
 息を切らしてしゃがみ込むヒスイ。


 それを横目に何やらキョロキョロ辺りを見渡している日下部。

「日が暮れ始めてきたとは言えど、あまりに“人気(ひとけ)”が少ないな。」
「とりあえず近くの家のインターフォンとか鳴らしてみる?あ、ほらあそこの一軒家、明かりが付いてるよ」
 ヒスイが指を指し示す先にあった一軒家だけ、ポツンと明かりがついていた事に気がつく日下部。







ピンポーン
 2人はその家の玄関先まで歩いて行くと、インターフォンのボタンを鳴らして反応を待っていた。
「………。」
「…誰も出ないね。」
「…だな。せめて時計や日時だけでも知りたいんだけど」
「勝手に入るわけにも行かないしね。…あ、」
「?」
「学校や公園だったら、外に時計に設置されてるんじゃない?」
「ああ。確かにそうだな。さっき向こう側に学校らしき校舎が見えたから近くまで行ってみるわ」
「うん。でも、ごめん。私、体力限界でこの明かりのついた一軒家のある辺りで待っててもいい?」
「分かった。じゃあ、俺が確認してくるから待ってて」
「ありがとう。」
ザクッザクッザクッ
 

 足跡と共に段々と日下部の姿が小さくなって行く。

 すると完全に日が沈んだタイミングで、パラパラと空から雪が舞い降りてきた。
(本当に、暗くなった途端、雪が降ってきた…)

 ちょうど、明かりの灯る一軒家のすぐそばで休んでいたヒスイ。雨宿りができそうな所で身体を丸くしていると、何かの足跡が微かに聞こえてくる事に気がついた。

グサッ。グサッ。グサッ。
(変わった足跡だな…。念のため、警戒しておくか)
 気配を消して、“その何かの足跡”が聞こえる方を凝視する。
(あ、あれは…!)
 ザクッ。ザクッ。と音を立ててやってきたのは人間ではなく、以前ヒスイを襲った“ヘンテコな人型の敵”であった。
 そのヘンテコがこちらに向かって真っ直ぐ歩いてくると、その唯一明かりが灯っている一軒家の敷地に入り込む姿を目撃したヒスイ。
(また現れた…。一体何をしようとしているんだアイツは)
 




 すると次の瞬間、


ドドド!!!!ガンッ!!!バンバンバンッ!!!!!!
 物凄い瓦礫音と破壊音がヒスイの耳に飛び込んできたのだ。
 その様子を見てみたヒスイは、ヘンテコがあの一軒家に向かって攻撃しているのが原因だとすぐに理解した。
ガンッガンッガンッ!!!!!ドドド!!ガンガンガン!!!
 攻撃は何度も繰り返されている。
「きゃあああああ!!!!」
 すると、その一軒家から“女性の叫び声”が聞こえてきた。
(女性の叫び声!?さっきインターフォン鳴らした時は誰も出なかったのに…人がいたのか!)
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登場人物紹介

【道角ひすい(みちかど ひすい)】22歳。東京でデザイン関係の仕事をしている。卒業した小学校の同窓会の予定がイブの日に入っていたため、地元に一時帰省していた。

同窓会のメンバーの中でメグと銀太以外は、会話するのが久しぶり。

【日下部瑞樹(くさかべ みずき)】大学生。同窓会のメンバー全員と久しぶりの会話。あまり自分から進んで話すタイプではないが、コミュニケーション能力はそれなりにある。

【紫竹山恵(しちくやま めぐみ)】地元で美容関係の仕事をしている。ヒスイが今でも連絡を取り合っている間柄で、ヒスイが地元に帰って来た時には毎度会ったりしている程である。大人びた綺麗な見た目で背も高い。銀太と付き合っている。

【宇鉄銀太(うてつ ぎんた)】地元で工業関係の仕事をしている。恵と付き合っているため、よく一緒にいる。人付き合いが特別好きってわけではないが、人との付き合い方が上手。ワイルドな見た目に関わらず、穏やかな性格。

【黒木玄(くろき げん)】消防士の仕事をしていて、体格が良い。女性が好きだが女心が分からないため、彼女が出来ない。デリカシーのない発言が多く、周りを戸惑わせるが本人は気にしていない。良くも悪くもマイペースな性格である。

【柿田夕一(かきた ゆういち)】大学生。小柄な体格であるが、体を動かす事が好きで大学のサークルではサッカー部に入っている。昔から天真爛漫な性格は変わっておらず、誰に対しても明るく信頼が厚い。

【春間美香(はるま みか)】大学生。小学校6年生の時に数ヶ月間だけ、ヒスイと同じ学校に転校してきた同級生。同窓会には元担任の先生から連絡をもらい、サプライズで参加していた。穏やかで明るい性格から、久しぶりに会った同級生ともすぐに打ち解けている。

【芝崎透(しばさき とおる)】大学生。今回の同窓会の幹事である。めんどくさがりなような一面も垣間見えるが、実際は面倒見の良い兄貴肌。体を動かす事はそんなに得意ではないが、自然が好き。

【黄原柚子果(きはら ゆずか)】看護学生。はっきりとした性格で、思った事はズバッと口にする。お酒が強く、同窓会の時も最後まで毅然(きぜん)と飲んでいた。

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