日下部は自分の後ろを付いて歩いて来ていた、ヒスイの進むペースが徐々に落ちてきている事を察していた。
距離が離れすぎる前に声をかける。
ヒスイは日下部の声かけにも反応が鈍くなっていて、思ったより疲れている様子だった。
そう言うと日下部は足を動かすのをやめて立ち止まった。
ヒスイも内心「良かった」と思いながら、その場で呼吸を整えた。
「この地面についた足跡辿って、俺たちも結構歩いて来たけど“途中で立ち止まった形跡がない”んだよね。要は休まず歩き続けてるってこと」
「つまり、同窓会のメンバーのうちの誰かだと仮定すると、体力がありそうな人の足跡って事?」
「うん。そういう事。女性メンバーだと誰がいそう?」
「う~ん。女性メンバーはスポーツやってるって人いなかったと思う。それに私も女だから分かるけど、この歳になると身体が重くてそんなに動けないはず」
「なるほど。じゃあ、女性メンバーは除外して男性メンバーで考えるか」
「男性メンバーだと誰がいたっけ?体力あるイメージだと、銀太と黒木だけど。」
「あと、見た目によらず柿田も結構体力あると思うよ。大学でサッカーのサークル入ってるみたいだし」
「へぇーそうなんだ。じゃあ、この足跡が同窓会のメンバーの誰かだとしたら、その三人の誰かかなって感じだね」
立ち止まっていた2人はしばらく休んだのち、再び歩き始める事にする。
そして、道なりに歩いて行くと日下部が雪の上に何かを見つけた。
すると、ヒスイも日下部に続いて雪の上の文字に気がつく。
「“うんこ”なんて文字書くの黒木か銀太しか思い浮かばないんだけど。」
「あと、道角も気がついてるかもしれないけど、この足跡比較的新しい。なのに、“イブの日から2回夜は明けてる”。」
「…!そっか!もう“今日はメリークリスマスの日”じゃない」
「そう。“俺たち”の感覚であればそうだ。つまり、やっぱり同窓会のメンバーである線はかなり濃いと思う」
「でも待って。この足跡が新しい物って確証は?こんな雪っぽくない雪じゃ、いくら雪国で育ってきた私たちでも雪の柔らかさとか、固まり具合とかをベースに雪の状態を考えてもあてにならないんじゃ。」
「この湿ったホコリっぽい雪は、どうやら夜に降ってくるらしい。俺がイブの夜眠って目が覚めた時はまだ日が昇ってたんだけど、暗くなるにつれて段々と雪が降ってきたんだ。まだ100%の確証はないけどね。」
「つまり、夜に雪が降った場合、文字が隠れて見えなくなるから、文字が確認できたって事は新しいものだって言いたいってわけね?」
そして、だんだん日が沈み始めた頃、ようやく長い道なりは終わりを迎えることになる。
息を切らしてしゃがみ込むヒスイ。
それを横目に何やらキョロキョロ辺りを見渡している日下部。
「日が暮れ始めてきたとは言えど、あまりに“人気(ひとけ)”が少ないな。」
「とりあえず近くの家のインターフォンとか鳴らしてみる?あ、ほらあそこの一軒家、明かりが付いてるよ」
ヒスイが指を指し示す先にあった一軒家だけ、ポツンと明かりがついていた事に気がつく日下部。
2人はその家の玄関先まで歩いて行くと、インターフォンのボタンを鳴らして反応を待っていた。
「…だな。せめて時計や日時だけでも知りたいんだけど」
「学校や公園だったら、外に時計に設置されてるんじゃない?」
「ああ。確かにそうだな。さっき向こう側に学校らしき校舎が見えたから近くまで行ってみるわ」
「うん。でも、ごめん。私、体力限界でこの明かりのついた一軒家のある辺りで待っててもいい?」
「分かった。じゃあ、俺が確認してくるから待ってて」
すると完全に日が沈んだタイミングで、パラパラと空から雪が舞い降りてきた。
ちょうど、明かりの灯る一軒家のすぐそばで休んでいたヒスイ。雨宿りができそうな所で身体を丸くしていると、何かの足跡が微かに聞こえてくる事に気がついた。
気配を消して、“その何かの足跡”が聞こえる方を凝視する。
ザクッ。ザクッ。と音を立ててやってきたのは人間ではなく、以前ヒスイを襲った“ヘンテコな人型の敵”であった。
そのヘンテコがこちらに向かって真っ直ぐ歩いてくると、その唯一明かりが灯っている一軒家の敷地に入り込む姿を目撃したヒスイ。
(また現れた…。一体何をしようとしているんだアイツは)
ドドド!!!!ガンッ!!!バンバンバンッ!!!!!!
物凄い瓦礫音と破壊音がヒスイの耳に飛び込んできたのだ。
その様子を見てみたヒスイは、ヘンテコがあの一軒家に向かって攻撃しているのが原因だとすぐに理解した。
ガンッガンッガンッ!!!!!ドドド!!ガンガンガン!!!
すると、その一軒家から“女性の叫び声”が聞こえてきた。
(女性の叫び声!?さっきインターフォン鳴らした時は誰も出なかったのに…人がいたのか!)