第12話 「柚子果の鍵」

文字数 2,531文字


 ヒスイはその場に立ち上がると柚子果はとても不安そうな顔をした。

「ちょっとヒスイどこ行くの!?」
「ユズはここで待ってて。危ないから私が戻るまで動かないでね」
「状況がよく分かんないけど…大丈夫…なんだよね?」
「うん、大丈夫。」
 そう言うとヒスイは、灯りの灯る一軒家の方向を気にしながら、物陰に身を隠して柚子果の元から離れて行く。











「…。」

 そして再び一軒家の近くまで1人で戻って来ると、自分の鍵を氷ナイフに変えて手に構えていた。




 ヒスイは“柚子果から聞いた情報”をもう一度思い出す。

(ユズが言ってた事が確かなら“ココ”に鍵があるはず…。でも、私がすんなりココまで来れたことが気になる。さっきまでいたはずのヘンテコはどこへいったんだろう
 ヒスイは柚子果から聞き出した情報を元に、タンスの前に立つと一番上の引き出しを開けようとしていた。
(よし、開けるか)
 引き出しに手をかけたヒスイは、自分の前に引き寄せる。
「っ!?」
 するとタンスの引き出しを開けた瞬間、思わず自分の身体をのけぞらせた。
「  」
 その開けたタンスの引き出しの中には、なんと“ヘンテコが自ら体を変形させ、詰め込まれていた”。
(ヘンテコ!?こんな所に隠れていたのか!?)
 ヒスイは急いでタンスから距離を取る。



 すると開いたタンスの引き出しの中からウネウネと徐々に体を現していくと、ヒスイの目先に立ちはだかった。

「…!」
 ヒスイは手に持っていた氷ナイフを体の前に構えると、ヘンテコの様子を伺う。
「見ーーーツケッタァ⭐︎」
 ヘンテコは不気味な声で言葉をヒスイに発した。
(何だアレ?ヘンテコの体内に薄らと“鍵のような物”が見える。“アレ”がもしかして柚子果の鍵なのか…!?)
「鍵、取リ返シニ来ルト思ッテタヨ」
「“取り返しに来る”って…その鍵はユズの鍵なの?」
「ソーダヨッ⭐︎」
「じゃあさ、聞きたいんだけど。その鍵集めてなんか意味あんの?」
「皆ノ命ヲ奪ッテ、本物ノ“レプリカ”ヲ作…」
 ヒスイがそう質問すると、ヘンテコの様子に違和感を感じた。
「…ンだヨ、こんな風にネ⭐︎」
「“ユズの姿”に変わった!?」
「“その人の鍵”を手に入れると“その人の命”を手に入れる事ができルんだヨ」
「つまりその人の鍵を手に入れて、一人一人のレプリカを作るって事?」
「そーゆー事⭐︎」
「じゃあ、鍵の持ち主はその鍵を奪われたらどうなるの?」
「“命の元となる鍵”さえ壊れない限り死にはシナいヨ」
(コイツの話が本当なら、とりあえずは逃げて隠れているはずのユズに今すぐ何か起こるわけではないみたいだ…)
「…でも、“鍵がない状態で致命傷を負えば助からない”ケドネ」
「っ!?どういう意味なのソレ」
レプリカ柚子果はヒスイに向かって“手”を向けると、その手がゴムのように勢いよく伸びてこちらに迫ってきた。
シュインッ
(その姿でも、攻撃してくるのか!)
 何とかレプリカ柚子果の攻撃を避けることがヒスイ。


 手に持っていた氷ナイフを握り締め、身構えるも、柚子果の姿をしたヘンテコを前に手の震えが止まらない。

(このまま攻撃して、本物のユズに影響はないんだろうか。分からない事が多すぎてどうやって対処すればいいのか分からない)
「…コノ世界の事、ナーんにも知らないもンねっ。レプリカに攻撃して本物の柚子果にも何かあったら大変ダねー。ハハッ」
「くっ…!」
 その時、ヒスイの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。
「道角!聞こえるか?」
(この声…多分日下部だ)
 その声は日下部ものだった。しかし、日下部の声はヒスイのいる家の外から聞こえていたのだが、その声はかなり小さくまだ遠くにいるようだった。


 ヒスイが返事をしても反応は無い。

(ヘンテコと戦うにも情報がないと対処できない。ここは一旦離れるべきか…?)
「お仲間を呼んでも無駄だヨ?どうセ、そいつも“何も知らなイ”。私を攻撃出来はしなイだろうからネ」
(…。やっぱり今はとにかくココから逃げよう!)
 ヒスイが足元に力を入れ、体の向きを変えようとした次の瞬間、
「ぷよ~ん」
 天井辺りから大きな虫のようなものがレプリカ柚子果に向かって飛んできたことに気が付いた。
「うわっ!?」
むにゅっ。
 その大きな虫はレプリカ柚子果の背中に張り付くと、虫の背に付いているゼンマイを「カチッカチッ」と音を鳴らしながら回し始める。
「くソ!何ダこの虫はァ!取れなイ!!」
 





「そのゼンマイの付いたイモ虫は一度張り付いたら取れないぜ」
(…誰か来た?)

 “男の声”が聞こえたので、その声の方向を見てみるヒスイ。


 てっきり日下部が駆けつけて来たのかと思っていたため、その姿を見た瞬間とても驚いた。

「よっ。ヒスイ」
「…………黒木?」
 どこからともなく目の前に現れた黒木は手を上げながらヒスイの元へ近づいてくると、ヒスイを庇うように前に立ったのだ。


 ヒスイはその黒木の行動を不思議に思った。

(黒木はこの事態に何の躊躇(ちゅうちょ)もせず現れた…。“解っている”のか?この事態を)
「誰ダ!お前ハ」
「そんなの言う必要はない。1時間前の過去に戻れ!」
ピカ――ッ!!!
「何をすル?止めろ!!!!!!!」
 すると、レプリカ柚子果の背中に張り付いていたゼンマイ幼虫は、黒木の掛け声と共鳴して全身から輝き出した。


「うわァアあアァア!!!!」
  光るその幼虫は姿をサナギに成長させたのを最後に、黒蝶の“影”だけその場に残し、レプリカ柚子果の姿ごとどこかへ消し去ってしまったのだ。
コトンッ。
 消えたレプリカ柚子果から、音を立てて床に落ちたのは柚子果の鍵であった。
 それを何の疑いもなく拾い上げた黒木。ため息をつく。
「ふー…」
「何で……黒木がここに?」
 終始驚いていたヒスイの姿を、ようやく落ち着いた状況で確認する事が出来た黒木はヒスイと向い合った。
「よう……久しぶり…か?」
「え?」
「えーーと…俺たちって“いつぶり”だったっけ?」
「え?同窓会の時ぶりだけど……」
「…そっかそっか!“そこまで戻ってきた”のか。ハハッ!」
「…ハハッ、」
「…?」
 ヒスイには気になる事が沢山あったが、今はそれより黒木の表情に違和感を覚える。
「………」
「……黒木?」
「…ヒスイ、」
「また会えて…良かったー!」
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登場人物紹介

【道角ひすい(みちかど ひすい)】22歳。東京でデザイン関係の仕事をしている。卒業した小学校の同窓会の予定がイブの日に入っていたため、地元に一時帰省していた。

同窓会のメンバーの中でメグと銀太以外は、会話するのが久しぶり。

【日下部瑞樹(くさかべ みずき)】大学生。同窓会のメンバー全員と久しぶりの会話。あまり自分から進んで話すタイプではないが、コミュニケーション能力はそれなりにある。

【紫竹山恵(しちくやま めぐみ)】地元で美容関係の仕事をしている。ヒスイが今でも連絡を取り合っている間柄で、ヒスイが地元に帰って来た時には毎度会ったりしている程である。大人びた綺麗な見た目で背も高い。銀太と付き合っている。

【宇鉄銀太(うてつ ぎんた)】地元で工業関係の仕事をしている。恵と付き合っているため、よく一緒にいる。人付き合いが特別好きってわけではないが、人との付き合い方が上手。ワイルドな見た目に関わらず、穏やかな性格。

【黒木玄(くろき げん)】消防士の仕事をしていて、体格が良い。女性が好きだが女心が分からないため、彼女が出来ない。デリカシーのない発言が多く、周りを戸惑わせるが本人は気にしていない。良くも悪くもマイペースな性格である。

【柿田夕一(かきた ゆういち)】大学生。小柄な体格であるが、体を動かす事が好きで大学のサークルではサッカー部に入っている。昔から天真爛漫な性格は変わっておらず、誰に対しても明るく信頼が厚い。

【春間美香(はるま みか)】大学生。小学校6年生の時に数ヶ月間だけ、ヒスイと同じ学校に転校してきた同級生。同窓会には元担任の先生から連絡をもらい、サプライズで参加していた。穏やかで明るい性格から、久しぶりに会った同級生ともすぐに打ち解けている。

【芝崎透(しばさき とおる)】大学生。今回の同窓会の幹事である。めんどくさがりなような一面も垣間見えるが、実際は面倒見の良い兄貴肌。体を動かす事はそんなに得意ではないが、自然が好き。

【黄原柚子果(きはら ゆずか)】看護学生。はっきりとした性格で、思った事はズバッと口にする。お酒が強く、同窓会の時も最後まで毅然(きぜん)と飲んでいた。

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