第12話 「柚子果の鍵」
文字数 2,531文字
ヒスイはその場に立ち上がると柚子果はとても不安そうな顔をした。
「ユズはここで待ってて。危ないから私が戻るまで動かないでね」
「状況がよく分かんないけど…大丈夫…なんだよね?」
そう言うとヒスイは、灯りの灯る一軒家の方向を気にしながら、物陰に身を隠して柚子果の元から離れて行く。
そして再び一軒家の近くまで1人で戻って来ると、自分の鍵を氷ナイフに変えて手に構えていた。
ヒスイは“柚子果から聞いた情報”をもう一度思い出す。
(ユズが言ってた事が確かなら“ココ”に鍵があるはず…。でも、私がすんなりココまで来れたことが気になる。さっきまでいたはずのヘンテコはどこへいったんだろう)
ヒスイは柚子果から聞き出した情報を元に、タンスの前に立つと一番上の引き出しを開けようとしていた。
引き出しに手をかけたヒスイは、自分の前に引き寄せる。
するとタンスの引き出しを開けた瞬間、思わず自分の身体をのけぞらせた。
その開けたタンスの引き出しの中には、なんと“ヘンテコが自ら体を変形させ、詰め込まれていた”。
ヒスイは急いでタンスから距離を取る。
すると開いたタンスの引き出しの中からウネウネと徐々に体を現していくと、ヒスイの目先に立ちはだかった。
ヒスイは手に持っていた氷ナイフを体の前に構えると、ヘンテコの様子を伺う。
(何だアレ?ヘンテコの体内に薄らと“鍵のような物”が見える。“アレ”がもしかして柚子果の鍵なのか…!?)
「“取り返しに来る”って…その鍵はユズの鍵なの?」
「じゃあさ、聞きたいんだけど。その鍵集めてなんか意味あんの?」
ヒスイがそう質問すると、ヘンテコの様子に違和感を感じた。
「“その人の鍵”を手に入れると“その人の命”を手に入れる事ができルんだヨ」
「つまりその人の鍵を手に入れて、一人一人のレプリカを作るって事?」
「じゃあ、鍵の持ち主はその鍵を奪われたらどうなるの?」
「“命の元となる鍵”さえ壊れない限り死にはシナいヨ」
(コイツの話が本当なら、とりあえずは逃げて隠れているはずのユズに今すぐ何か起こるわけではないみたいだ…)
「…でも、“鍵がない状態で致命傷を負えば助からない”ケドネ」
レプリカ柚子果はヒスイに向かって“手”を向けると、その手がゴムのように勢いよく伸びてこちらに迫ってきた。
何とかレプリカ柚子果の攻撃を避けることがヒスイ。
手に持っていた氷ナイフを握り締め、身構えるも、柚子果の姿をしたヘンテコを前に手の震えが止まらない。
(このまま攻撃して、本物のユズに影響はないんだろうか。分からない事が多すぎてどうやって対処すればいいのか分からない)
「…コノ世界の事、ナーんにも知らないもンねっ。レプリカに攻撃して本物の柚子果にも何かあったら大変ダねー。ハハッ」
その時、ヒスイの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。
その声は日下部ものだった。しかし、日下部の声はヒスイのいる家の外から聞こえていたのだが、その声はかなり小さくまだ遠くにいるようだった。
ヒスイが返事をしても反応は無い。
(ヘンテコと戦うにも情報がないと対処できない。ここは一旦離れるべきか…?)
「お仲間を呼んでも無駄だヨ?どうセ、そいつも“何も知らなイ”。私を攻撃出来はしなイだろうからネ」
ヒスイが足元に力を入れ、体の向きを変えようとした次の瞬間、
天井辺りから大きな虫のようなものがレプリカ柚子果に向かって飛んできたことに気が付いた。
その大きな虫はレプリカ柚子果の背中に張り付くと、虫の背に付いているゼンマイを「カチッカチッ」と音を鳴らしながら回し始める。
「そのゼンマイの付いたイモ虫は一度張り付いたら取れないぜ」
“男の声”が聞こえたので、その声の方向を見てみるヒスイ。
てっきり日下部が駆けつけて来たのかと思っていたため、その姿を見た瞬間とても驚いた。
どこからともなく目の前に現れた黒木は手を上げながらヒスイの元へ近づいてくると、ヒスイを庇うように前に立ったのだ。
ヒスイはその黒木の行動を不思議に思った。
(黒木はこの事態に何の躊躇(ちゅうちょ)もせず現れた…。“解っている”のか?この事態を)
「そんなの言う必要はない。1時間前の過去に戻れ!」
すると、レプリカ柚子果の背中に張り付いていたゼンマイ幼虫は、黒木の掛け声と共鳴して全身から輝き出した。
光るその幼虫は姿をサナギに成長させたのを最後に、黒蝶の“影”だけその場に残し、レプリカ柚子果の姿ごとどこかへ消し去ってしまったのだ。
消えたレプリカ柚子果から、音を立てて床に落ちたのは柚子果の鍵であった。
それを何の疑いもなく拾い上げた黒木。ため息をつく。
終始驚いていたヒスイの姿を、ようやく落ち着いた状況で確認する事が出来た黒木はヒスイと向い合った。
「…そっかそっか!“そこまで戻ってきた”のか。ハハッ!」
ヒスイには気になる事が沢山あったが、今はそれより黒木の表情に違和感を覚える。
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