31.『ぼくに友達はいない』

文字数 1,345文字

白虎隆という名の友達がいた。

びゃっこたかし。

初めて彼に会ったのは、小学二年生の春だった、たしか。彼は緊張しているのか、顔が赤くなっていて、呼吸が上手くできないのか口を真一文字に閉めて、担任の夏橋先生と共に教室に現れた。先生に肩をそっと優しく押されながら教壇に向かう。

先生が黒板に「白虎隆」と、漢字で書き、彼が白虎隆であることを皆に告げた。

「白虎隆くんです。じゃあ、白虎くん、みんなに自己紹介してあげて」

皆は、その珍しく衝撃的な名前に呆然としていた。頭の上には大きな白い虎が浮かんでいた。

いや、ぜんぜん虎ちゃうやん。チビやん。と、僕は心の中で思った。

彼がゆっくりと教壇の上にあがる。緊張で震える拳を握り、意を決した顔をしてキッと、彼は前を向く。

ぜんぜん虎ちゃうやん。白ないし。めっちゃ焼けてるやん。

「びゃっこたかし、だぁー!」

爆弾が落とされたような、爆発的な声で彼は沈黙を破った。先生も含めて僕らは目を丸くして彼を見た。

一瞬にして静まり返る教室。

次に何を言うのか期待するまなざし。

彼は思いっきり息を吸い込み、両手を上げていき、次の瞬間、目を見開き、

「シャー!!!」

と言った。

「猫やん」

僕は反射的にツッコんでいた。

教室が揺れるくらい、爆笑に包まれた。笑っちゃいけないと思っている先生も必死に我慢しようとしているが、穴という穴から笑いが漏れ出ていた。白虎隆は別にこの笑いを狙ってやったわけではなかったようだ。あきらめて笑う先生にうながされ、白虎隆は真っ赤な顔をして、予想外だ!というか、信じられない!というような表情をしながらも、むちゃくちゃ皆が笑ってくれてることに対する喜びもあって、でも恥ずかしくて、ものすごく複雑な笑顔を浮かべて自分の席についた。そのままホームルームが始まった。

ホームルーム中、白虎隆はちらちら、ちらちらと僕を見てきた。隠れるようにして。彼はおそらく、僕にはバレてないだろうと思っている。自分の肩に隠れながら見たり、腕組みをして脇の間から覗き込むようにしたり。どっからどう見てもバレバレなんだが、バレてないを信じている顔をして、僕をちらちら見てきた。

あ、バカだ、こいつ。と、僕は思った。
でも、なぜだかわからないが、僕はその時に勝手に彼を友達としていた。


休み時間。


案の定、白虎隆はすかさず僕のところへやってきた。

「なに、自分。めっちゃハズいやん」

「いや、『ガオー』やろ、ふつう」

「頭真っ白なったわ、白虎だけに」

「・・・は」

「白虎だけに」

「おもんな」

「シャー」

「猫やん」

なぜだかわからないが、キラッキラした目で白虎隆はそこに立っていた。興奮しているようだった。何にかはわからないけど。そして、おもむろに拳を僕の目の前にかざしてきた。

その拳を無視して、僕は白虎隆の目を見た。真っ直ぐで淀みのない目をしていた。やっぱりバカだ、こいつ、と僕は思った。わかっている。わかっているけど、僕はまだその拳を無視し続けて、彼の目を見ていた。彼の目に、ちょっとだけ、羨ましさが滲んだ。

「めんどくさ」

僕は差し出された拳にコツっと、自分の拳をぶつけた。

その間、白虎隆が新しく来たことも、教室が前代未聞の爆笑に揺れたことも知らずに、そうちゃんはいつも通りにリュックサックを枕にしてすやすやと眠っていた。
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