9.『ミキちゃんが食べたのはにんにく炒め』

文字数 2,302文字

 僕は知っている。ミキちゃんは言うことを聞かない。今日もそう。算数の授業で草加部先生が「12ページを開いてください」と言ったのにミキちゃんは105ページを開いていた。ミキちゃんは105ページを開いて、あたかも先生が言っていることをちゃんと学んでいるかのようにふむふむとうなずきながら授業を受けていた。隣のマコちゃんがそれに気づいて、「センセー、ミキちゃんが違うページ開いてまーす」と言った。草加部先生は「おーい、ミキさん、ちゃんと12ページ開かないとだめだぞ」と言った。するとミキちゃんはちらっとマコちゃんを見てから、「センセー、証拠はあるんですかぁー?」とにっこり笑った。先生が確認するためにミキちゃんの机に向かうと、ミキちゃんは突然立ち上がり、教科書を開いた状態にして先生に見せつけた。そしてマコちゃんの方にも見せつけて、周りにもアピールしながら、「マコちゃんの見間違えだと思いま~す」と言った。マコちゃんはうつむいた。机の下でこぶしが握られていた。

 僕は知っている。ミキちゃんはいつでも12ページが開けるように赤い鉛筆をそのページに挟んでいたんだ。ミキちゃんはニコニコしていた。まるでなんにも起こらなかったようなかわいい笑顔でニコニコしていた。給食の時間、ミキちゃんは急に草加部先生に「先生、お腹いっぱいで食べきれませ~ん」と言った。先生は「自分でよそったんだからちゃんと食べなきゃいけないな」と優しく言った。するとミキちゃんは「食べる前は食べれると思ったんですぅ、ごめんなさい」と下を向いた。ミキちゃんは泣いているようだった。先生は軽くため息をついてミキちゃんの机に行った。机にたどり着いたとたん、ミキちゃんは立ち上がって「あ~ん」と先生にスプーンを差し出した。スプーンには酢豚のにんじんとピーマンが乗っていた。「あ~ん」。先生は躊躇することなくそれを食べた。僕はびっくりした。「先生、おいしい?」ミキちゃんは満面の笑みで先生に聞いたが、先生は頭をポリポリかきながら自分の席に戻っていった。

 僕は知っている。あの瞬間、教室にいる男子誰もが先生になりたかったと。ミキちゃんはやっぱりニコニコしていた。広い荒野のなかに咲く一輪の花のようにかわいい笑顔でニコニコしていた。体育の時間、ミキちゃんは女子たちにワイロを渡していた。体操服に着替えるとき、僕ら男子は廊下に出される。そこで着替えろというのだ。そして女子は教室でカーテンを閉め切って着替える。いつも通り女子の着替えが終わり、教室の扉が開く。すると、なんだか甘い匂いがしたんだ。その日の帰り、幼馴染のワキ子ちゃんから真相を聞いた。体操服に着替える際、ミキちゃんが急にカバンからカップケーキを取り出した。「お母さんが作ってくれたんだけど、作りすぎちゃって」と、ミキちゃんは下をひょこっと出しながら笑った。ふわふわのシフォンケーキだったそうだ。あまりにおいしくて、何人か泣いたらしい。「土曜日作り方教えてもらうんだけど、みんなも来るぅ~?」

 後日。ワキ子ちゃんによると、ミキちゃんの家には女子みんなが集まったそうだ。そしてさらにびっくりしたのはね、家の広さだったの。まず、門があって。門をくぐって家に着くまでがすごく遠かったの。その間にプールがあってね、公園にあるようなブランコやジャングルジム、それとトランポリンがあった。犬が7匹いてね、ネコが5匹いたの。家もすっごく大きくてね、お母さんすっごくきれいだったの。それでね・・・。僕は知っている。ワキ子ちゃんの目を見ればわかる。もう女子みんながミキちゃんの虜になっている。ミキちゃんはやっぱりやっぱりニコニコしていたそうだ。まるで初めての海外旅行で炎のリンボーダンスを初めて見たようなかわいい笑顔でニコニコしていたそうだ。

 僕はある日の帰り道、ミキちゃんの後をつけた。このままでは学校がミキちゃんに乗っ取られると思ったからだ。もう先生も男子も女子もみんな虜だ。だから僕が阻止しなければいけない。僕は知っている。僕のお小遣いが突然100円アップした。これは完全にミキちゃんのお母さんが僕のお母さんに手を回した証拠なんだ。ミキちゃんのお母さんは僕のお母さんにお金を渡している。PTA総会から帰ってきたお母さんはやたらとミキちゃんのお母さんを褒めていたもの。このままじゃ危ない。

 僕は今ミキちゃんにバレないように電柱に隠れている。ミキちゃんはほどけた靴ひもを結んでいる。僕は息をのむ。バレてないバレてない。ミキちゃんはまた歩き出した。僕が思っているよりも家は遠かった。まだ着かない。角里大橋の入り口にたどり着いた。ここを渡れば違う街に行くはず。なにかおかしい。気づいた時にはもう遅かった。橋の中腹あたりでミキちゃんは急に振り返ってきた。僕はとっさに隠れようとしたのだが隠れるものがない。「もう遅い!」とミキちゃんは叫んだ。すると、ミキちゃんの背中のジッパーがジーっと音を立てて開き、中から毛むくじゃらの怪物が出てきた。夕日に照らされて黒いシルエットしか見えなかったけど、ビッグフットに違いなかった。3メートルくらいはあった。ドシンドシンと僕に近づいてきた。逃げたかったけど足がすくんで動かない。もうだめだ。

 「・・・起きて、ねぇ起きてったら」声がして目を開けると、目の前にミキちゃんがしゃがんで僕のことを見ていた。夢か。ミキちゃんは不思議そうな顔をして僕を見て、「あたしのことつけてたでしょ」って微笑んだ。僕が気まずくて答えられずにいると、ミキちゃんは僕の鼻をペロッと舐めて走っていった。ものすごく臭かった。

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