28.『ふじふじこ劇場-1.システム-』

文字数 1,337文字

電車が走る、電車が走る。

「パリン」

電車の車輪がめがねを砕いた。線路の形状に沿って湾曲しためがねが、寒空の下、走り去っていく電車を見送っていた。

ふじふじこは電車の窓に後頭部を押し付けて、その窓のひんやりな冷たさを感じながら、つり革広告をぼんやりと眺める。先ほどの「パリン」という音を耳にしていたのだが、彼女はそれがめがねであったことを知らない。

あぁ、降りる人がいるのに、我先に駆け込んでくるような人は、自動的にみんな首がちょん切れるシステムだったらいいのに。

ふじふじこはそう思った。ふじふじこは最近「システム」という言葉にハマっている。

彼女はまだ目の前のつり革広告を見ていたが、別に内容なんて理解しようとしていなかった。ただ彼女は先ほど電車に乗り込む時に自分を追い越して電車に乗り込んでいったおじさんのことを考えていた。

そのおじさんはまだ降りてくる人がいるにも関わらず、我先にと突進していって、何人かに肩をぶつけながら、空いた一番端の席に座った。おじさんは席につくと「ぷふぅ」と息をついた。

ふじふじこはそのおじさんをぼんやり眺めながら、降りてくる人がいなくなったので、電車に乗り込んでいき、空いていたそのおじさんの隣の席に座った。座ったとたん、またおじさんが「ぷふぅ」と息をついた。まるでボタンを押したかのようなタイミングだった。

彼女はその音が嫌いだと思った。彼女は変わらず、後頭部を窓につけてつり革広告を見ているだけだったが、想像を広げていた。

おじさんはまた例の「ぷふぅ」をやる。その息をつく一瞬手前で、ふじふじこはおじさんの上唇と下唇を指先で挟む。めいいっぱい挟む。ついでにもう片方の指先で鼻も挟む。おじさんは息ができなくなり、もだえる。もうだめだという一瞬手前で、ふじふじこはおじさんの鼻と唇から手を離す。おじさんはほとばしる汗をしたたらせながらゼエゼエ息をする。

やがて息が整ってきたので、おじさんは例の「ぷふぅ」をまたやろうとする。なのでふじふじこは再び、その一瞬手前で鼻と口を挟むのだ。

彼女は今、頭の中でひたすらこれを繰り返している。だが、客観的には、相変わらずぼんやりと目の前のつり革広告を見ているだけである。

そういうシステムがこの国にあったらいいのに。無数の「ぷふぅ」おじさんが、自動的に鼻と唇を挟まれては外されゼエゼエ息をし、また挟まれの、ベルトコンベアー。工場。メタリック。メカ。システム。

ふじふじこはシステムという言葉を使う度に自分がなんだかロボットになったような、つまり、ロボ感がした!その無機質でひんやりとした感覚は、今、窓についている後頭部のひんやりさとシンクロし、ふじふじこを興奮させている。

しかし実際は何も変わらない。何も起こらないこの世界。だから、ただ想像するのだ。ふじふじこは無限に広がるイメージの世界の中で、こうつぶやく。

あぁ、降りる人がいるのに、我先に駆け込んでくるような人は、自動的にみんな首がちょん切れるシステムだったらいいのに。

おじさんは、最近満を持してワイヤレスイヤホンを購入した。音が大きすぎて、そのイヤホンからは、中村つよしの「愛のカタチ」が漏れて車内を包んでいる。

「愛のカタチ」はただただイヤホンから漏れ出ているのであった。
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