21:シティ

文字数 1,693文字

 貢士も碧も朝食をとらないタイプなのだとお互いに初めて知った。それならばと、二人はホテルの朝食をパスして早々にチェックアウトした。
「出発しちゃっていいの?」
 碧はまだ何か寺岡や信哉から連絡が入るのではないかと気にしていた。
「どっちにしてもノブは函館にはいないよ」
 北の街で迎えた雨上がりの朝は気分がよかった。
「それに今回はタイラの旅行だよ? おれも早く六号機見たいし」
 彼の言葉に碧はにっと笑みを返すと、膨らんだボストンバッグを反対の肩に掛け直した。
 再び新幹線に乗り、札幌まで移動した。
 在来線の特急に乗り換える。駅の構内を足早で移動しながら、貢士は何度目かの質問をあらためて口にした。
「ほんとに札幌は素通りでいいのか?」
「だから、気が向いたら帰りに寄ればいいって」
 碧は本当に何も気にしていないようだった。
「贅沢だよな、気が向いたらって。どこのお姫様だよ」
「あらぁ、そうかしら?」
 碧は澄ました顔でコンコースを急ぐ。

 乗り換えた特急がホームを離れても、車窓にはマンションばかりが目立つ地方都市の風景が続いた。
 が、それもつかの間だった。テレビのチャンネルを切り替えるように景色はあっさりと変わり、高い空の下に緑の森や農地が広がった。そして、しばらくするとまた街が現れる。そしてまた何もなくなる。
 碧は窓際の席で頬づえをついてウトウトし、目を覚ましては風景を眺めることを繰り返している。眠れなかったのだろうと思い、貢士は話しかけるのを止めた。
 街には時おり、その地域には明らかに不釣り合いに感じられる高層の建築物が見られた。多くは、足場が組まれ、シートで覆われている。
 ストラクチャシステムが造った建物だろうと貢士は思った。シートで覆われているのは、解体のためではなく人間が活用するために改装を行っているからだ。
 北海道はストラクチャシステムにとって幸福な職場だったと言われる。展開した現場は多くはなかったが、それぞれが再開発といっていい規模を持ち、実際に活用されるケースも他の地域に較べると多かった。
 空は高く、広い。かなり大きな雲が端まで丸ごと目に映っても、青い空にはまだ十分に余白がある。
 貢士は、一人旅の時にいつも感じていた倦怠感とも不安感ともつかない心のよどみがないことにふと気づく。連れがいるのも悪くないと思いながら、隣で居眠りを続けている碧をそっと見た。

 車内のアナウンスで目を覚ました碧が、窓に顔を近づけて声を上げた。
「班長! 見て、あれ」
 貢士も窓際に身体を移して、列車の斜め前方に向けられた碧の視線の先をたどる。
 “シティ”と呼ばれる建築群は、清々しいがどこか閑散とした平野に卒然と現れた。一塊の建築物は砂漠にそそり立つ岩山や洋上から眺める小島を思わせる。
 北海道でも、ただの原野にはストラクチャシステムは展開しない。ポーターの巨体が運行できる道路がないからだ。幹線道路と結ばれた工場跡地や物流拠点の近隣は格好のターゲットだ。苫小牧の人々は、自由度の高い環境下でストラクチャシステムが描くビジョンを目の当たりにすることになった。
 列車が近づくにつれて細部が明らかになっていく。建築物が纏う独特の違和感は貢士と碧を面白がらせ、そして少し呆れさせた。
 列車は“シティ”の南端を通過する。「こんなとこ住める気がしねえ」と碧が笑う。
 人間が設計し、意匠を考えた建築物とは何かが違っている。どれも何のための建物なのかがよくわからない。住宅らしさ、オフィスらしさ、庁舎らしさ。どの建物にも“らしさ”が欠けている。
 貢士はこうしたストラクチャシステムの仕事に特有の様式は理解しているつもりだったが、それがこうして街を形成しているのを見るのは初めてだった。
 あっけにとられる貢士に、碧が顔を向けて一点を指さす。
「いた。あそこ」
 線路ぎわに建ち並ぶ建築物の隙間から、優雅に滑っていく機腕が見えた。
 苫小牧六号機は“シティ”の中央部あたりで作業をしている。
 列車はやがて“シティ”から離脱するように旧市街へと滑り込んでいった。
「元気そうじゃん」
 碧はうれしそうだった。
 貢士も同じだ。
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