1-16:異世界から来た竜族達
文字数 4,831文字
案内されたのは研究棟の四階にある実験室。
ユケイは寝台に寝かされるなり両手両足を金属アームで固定された。助手達が準備している間、ユケイは不安がってあちこちに顔を向けていた。部屋に置いてある道具は、なにやら不穏なものばかり。薄らと漂う血の臭い。
この部屋が防音仕様になっているのは、まさか。
リオは寝台からできるだけ離れているよう命令された。電気警棒を突きつけられては、やむを得ず。鎖のかぎり離れると、博士がユケイの隣に立った。
リオは懸念を抱いたまま、そのやりとりを見守っていた。
「どうだいユケイ君。ここでの生活には慣れたかい? お世話係のリオ君とも仲良くやれてる?」
「まぁ……うん。でも早く帰りたい。どーしたらオレ帰れるの?」
「ようし。では何故、キミをここに閉じ込めているのか教えてあげよう~」
博士が手にしたのは鏡のように研がれたメス。
「キミは今まで多くの人を殺めてきただろう。それはとても悪いことでねぇ。取り返しのつかない大罪なんだよ。だから罪滅ぼしをしない限りここから出してあげられないんだ」
「オレ悪い事なんかしてないって言ってんじゃん! 悪党をやっつけただけだもん!」
「たとえ相手が悪党だったとしてもね!? やっつけるには偉い人からの許可が必要なんだ。許可を得ずにやってしまったら、責任を負わねばならない。そして君を許すかどうかを決めるのはこの私だ。どういう意味かわかるかな?」
博士がメスの切っ先でユケイの頬の模様をなぞる。
「罪滅ぼししたら帰っていいってこと? オレどーしたらいいの?」
「頭の悪い子だな~~。私に従い、許しを乞えと言っているのだよ~~」
博士が合図をすると、助手がユケイを取り囲んだ。あらゆる刃物で皮膚を傷つけようと試みている。
血こそでないが、ユケイはひたすら痛そうだ。
「ここでの研究が一通り済んだら、キミを軍に動員することが決まってね。戦争に参加してもらいたいんだ」
「せんそー?」
博士はゆっくりと頷き、口角を歪ませた。その背後には人間の闇が渦巻いている。
「そう、火の国の威信をかけた戦いなのだ。土の国と何年も争いが続いている。今度は我々のために戦って、成果を出したならキミを許してあげよう」
「やだよ! てゆーか博士は人を殺したら駄目って言ったくせに、なんでまたオレに戦えって言うの? へんてこだ!」
「口答えする悪い子だな~~。キミの返事はハイだけでいいんだよ~~」
道具は次第に過激となり、ノコギリやドリル、激臭のする薬物が用いられた。ユケイは叫んで暴れたが、博士は殺された人の痛みだと言って手を緩めなかった。
ユケイの皮膚は赤みを帯びるが一滴として血は流れない。
身を乗りだしたリオを電気警棒が制止した。
血液が採取できないとして、助手達は肩を落としていた。ようやく諦めたのかと思いきや、まさかにチェーンソーを担ぎ上げたではないか。
「やだ! やだやだやだやだぁ! 痛いのもうやだぁあああ!!」
じたばた暴れるユケイをよそに、助手はエンジンをかけるのにてこずっている。
「他に言うことはないのかい? さぁ頭を使って考えるんだ!」
ユケイは錯乱しはじめて「ごめんなさい」を連呼している。
博士は恐怖と痛みによってユケイを支配するつもりだ。
リオはユケイに覆いかぶさり周囲を睨んだ。
「もうやめろ! なにをやっても皮膚だけは傷つかない種族なんだ!」
命令違反だ!と電気ショックを与えられ、リオは寝台の足元に膝をついた。
博士が口髭を撫でながら言う。
「……ほぅ。ならばどうにかしてでも皮を剥ぎたくなるねぇ。こんなに頑丈な皮を素材にできたら色んな使い道があるよ。需要は世界中に広まり、莫大な利益になるだろう!
それを実現させるのが我々科学者なのだ。まずは繁殖させることが先決かな? ……ユケイ君、キミはどうされたい? 我々はキミをどうにでも出来るんだ。今日から命乞いの練習をしようねぇ~!」
ユケイは完全に気圧されている。
チェーンソーのエンジンがかかり、リオは遮るように声をあげた。
「オレはユケイの種族について知っている!」
助手は構わずユケイに迫る。
電気警棒に叩かれながら、リオはユケイの叫びにもチェーンソーにも勝る声で言い放った。
「イルディシミカについて知っている事を話すっ!!!!」
強烈な電撃をくらい、リオはたまらず床に崩れた。
うなるのを止めたチェーンソー。息を荒らげるリオの視界に、博士の靴先がとまった。
「これはこれは、思わぬ収穫だ。……リオ君、キミに対する考えが変わったよ」
「アンタみたいなヤツに明かすべきではないんだろうけど……」
「その心配は無用だ。来たまえ」
実験は中断され、寝台の拘束具が解除された。疲れ果てているユケイを助け起こし、リオは博士の背中を睨んだ。
時折ふらつく松葉杖。リオはユケイをおんぶして一行のあとに続いていった。
ユケイはすっかり元気をなくして何度も鼻をすすっている。そんな様子もお構いなしに、
今日のところはなんとかなったが、あれは手始めに過ぎないのだろう。
ユケイは……ロゴドランデス族は頑丈すぎるうえに生命力も強すぎる種だ。その限界を知ろうとするなら今回のような拷問が無限にエスカレートする可能性がある。
なんとか脱出を急がねば。そのうちユケイの身がもたない。
到着したのは研究棟の最上階である七階。
このフロアに立ち入れるのはSクラスの職員のみらしく、電気警棒の男は別階で待機となった。
警棒を継いだ助手に促され、リオはとある部屋の前にきた。それは管理棟の個室を広くしたような部屋で、窓を覗くと五人の竜族が一緒になって捕われていた。
種族も性別もバラバラだが、揃って左の手の甲に『白薔薇の印』をもっている。
リオは奴等が何者かわかった。
『やぁ、君達の
仲間
を連れてきたよ~』博士がマイクに呼びかけると、各々だった奴等が窓辺に集まってきた。
「あれは、ヨークラート族!? 絶滅したと思っていたが、まさかこんなところでお目にかかれるとは……!」
「嘘だろ! ロゴドランデス族もいるぞ!?」
一目見るなりユケイを恐れ、部屋の奥へと後退る者もいる。
リオは久しぶりにまともな反応を見た気がした。
博士は窓の脇に立ち、自慢げに紹介した。
「ここにいるイルディシミカ達はね、竜族の世界からこちらの世界に迷い込んできた者達なのだ。私は困っている彼らを元の世界に帰してあげたくてねぇ~。彼らの証言をもとに、遂に不可解な空間への入口を見つけたんだ! 凄いだろう?
……あぁ、これは世界中でも一部の人間しか知らない極秘情報でね。別に口外してくれても構わないよ? 異世界の存在なんて、誰も信じないから」
この男はどこまで知っているのだろう。
リオは改めてこちらの人間は侮れないと思った。
「もうあっちの世界へは行ったのか……?」
博士は腕組みをして答えた。
「答えは謎だ。その不可解な入口を、我々は 『世界の分け目』と呼んでいる。調査に入った者は誰一人として戻らなかった。向こう側に到達したのか途中で死亡したのかさえ、未だ確認できていない。撮影器具にはなにも映らないし、通信も途絶えてしまうんだ。でも私はその入口が竜族の世界へ繋がっていると信じている!」
竜族の女が言葉を添えた。
「私達は博士に協力しているの。むしろ余すことなく情報を提供して、
博士が手のひらに拳をうつ。
「そう、君達にはエミエルという王様がいるんだってね! 左手に刻んだ薔薇の印が民の証というではないか。いやぁ~興味深い! これだから竜族はたまらないよ! その竜王様とやらにも是非お目に掛かってみたいなぁ~」
興奮している博士に合わせ、奴等もにこにこ頷いている。
しかしリオは視線を逸らして。
「なにが王だ。……あんなの、得体の知れない化け物じゃないか」
その言葉に、奴等はぐわっと目の色を変えた。
「なっ、なんて無礼なヤツなんだ……!」
「よくもそんな恩知らずなことが言えたわね!」
「ヨークラート族こそエミエル様の恩恵を強く受けているはずだ!」
「何者だって構いやしない! あの御方は何者だって受け入れてお救いになる!」
「清く、正しく、そして絶対的なお力! まさに救世主だというのに!」
相変わらずの狂信ぶりは久々にして嫌気がさす。
リオはしれっと背を向けて、ユケイの調子を気にかけた。
奴等の怒りは収まる気配がない。
「博士! 今すぐ彼らを何処かへやってください!」
『そんなこと言わずにさぁ。彼らについて君達が知っている事を教えておくれよ』
「もちろんです。でもまずは、彼らが立ち去ることが先です。エミエル様を否定する者は
仲間
ではないのだから」博士は肩をすくめてみせた。
「……やれやれ。なにやら竜王への忠誠には温度差があるみたいだねぇ。……仕方ない。貴重なゲストに免じてこの場はお開きにしよう」
追い払われるようにして、リオとユケイは部屋を後にしたのだった。
下りのエレベーターを待ちながら、リオは後悔していた。
因縁があったとはいえ、竜王に文句をつけたのは失言だった。あちらの世界では種族問わず竜王を崇拝している者が多かった。
せっかく同じ境遇の者と出会えたのに、敵対して終わってしまった。不可解な入口とやらの場所も聞き損ね、リオは二重に後悔した。
溜め息まじりにユケイを見ると、だいぶ落ち着いていた。部屋に戻れる雰囲気を察してか、いくらか余裕を取り戻したようだ。
ユケイは自らおんぶを降りて、「ねぇ!」と博士の注意を引いた。
「この右手と両足につけてる爆弾のことなんだけど。オレにつけてても意味無くない? なんかに引っ掛けて爆発したら、みんな危ないと思うよ! オレはへっちゃらだけどね!」
左手首のアザを見せ、臆しながらも前のめり。
リオはその意図に気付き、博士の答えに期待した。
「……あぁ~そうだね。君には無意味なものだと分かったし。これ一つだけでも結構な経費が掛かるから、悪戯に壊されるくらいなら取ろうかなぁ」
博士はどこか上の空だった。
エレベーターには乗らず、助手に任せて行ってしまうのだった。
各々が解散するなか、リオとユケイは三階の一番奥にある部屋に連れられた。
管理者である女性に案内され、さらに奥の小部屋へと。
厳重な保管庫から黒いリモコンが取り出された。それはいつも脅しに使われているものと同じに見えた。
助手に促され、ユケイが右手を前にだす。
首輪型の爆弾がどの様にして解除されるのか、リオは気にしない素振りで注意深く観察していた。
リモコンにはたくさんのボタンがあった。その中でも色付きのものが四つある。女性は首輪にリモコンをかざし、黄色のボタンを長押しした。
すると首輪の信号が青から黄色に変わり、円が割れる様にして外れたのだった。
こうしてユケイに架せられた爆弾が全て解除された。
飴を貰って振り返るユケイに、リオは無言の笑みで応えた。怖かったろうに、上手く事を運んでくれてありがたい。
ユケイはさらにとぼけてみせる。
「ねーなんでわざわざこのお部屋に来て取るのー?」
女性はリモコンを保管庫に戻し、カードキーで施錠しながら。
「私達が持ち歩いているのは起爆専用のものなの。だいぶ昔にね、解除用のリモコンを竜族に盗まれる事件があったんだって。それ以来、解除用は持ち出し厳禁。首輪の解除はここでしか出来なくなったのよ」
博士の助手がおしゃべりを中断させると、ユケイがひょこひょこ戻ってきた。
そして、さりげなくウィンク。
リオは首輪を解除できる場所と方法を覚えたのだった。
(ログインが必要です)