1-9:海軍との戦い(2)
文字数 3,767文字
「怖がらないでー。ほら、何もしないよー……」
リオの手がユケイの頭に触れた瞬間 ――!
両者の
そこからは目にもとまらぬ攻防。双刃と蹴技の激しい応酬。
二本の黒い曲刀がそれぞれ違う軌道で
両者が風を切る音は、威力の高さを物語る。
ユケイはその強靭な肉体を
リオは巧みな足捌きで、回避に徹して機会をうかがい、手痛いカウンターを返してくる。
今まで無敗でやってきたユケイは、目の前の強敵に動揺を隠せなかった。もし敗北したらどうなるのか、今更ながらに怖くなってきた。
たくさんの敵に囲まれて、誰ひとりとして味方がいない。不安は膨れる一方だ。逃げ出したくて仕方がない。降参したら楽になれるだろうか。
でもそんな事をしたら、シバが ―― 。
接近した僅かな合間にリオが言葉を重ね続ける。
「なぁもう勘弁してくれよ」
「オレは達は戦うべきじゃない」
「むしろ同じ
捕われの身
だろ?」「それにさぁ」
「誰に言っても信じてもらえないけど」
「オレじゃキミには敵わない」
ユケイは息を荒らげながら、その誘惑を
「じゃあさっさとくたばれよ!!」
「だからそれは嫌なんだってば……!」
天へしなる音をあげ、リオの回し蹴りがユケイの顔面に直撃した。体勢を戻す間もなく追撃をくらい、危うく甲板から落ちるところだった。
素早く復帰し、反撃にでる。翻弄するように跳び退く相手を怒涛の勢いで追い詰めてゆき、やっと届いた一撃は、首輪に邪魔され手応えは浅い。
もはやこの闘いは見世物状態だ。
悪党達はリオが優勢だと思って沸きあがっている。
しかしユケイは勝機に気付いた。
リオは速さに優れた蹴技の使い手。しかし、唯一の武器である脚が赤く腫れ上がっているではないか。その軌道にも震えがみえる。
体力勝負に持ち込めば、先に相手の足が壊れる。
ポタリポタリと点をうつ血。
リオは冷静を装っているが、今度はこちらが見抜く番。すかした顔は、はったりだと。
休む間を与えずに開いた距離を一気に詰める ―― !
「(何をしてるんだアイツは!!)」
シバは放送室を離れ、追跡者を欺きながら船内を駆けまわっていた。
複雑な構造を利用して、陰から陰へと身を潜める。そして相手の死角から一人ずつ確実に仕留めていった。
間一髪に反撃を防ぎ、音をたてずに姿をくらます。
一枚壁の向こう側で、軍人達が無線先と揉めているのが聞こえた。
『最後の一人はまだ捕まらないのか!? 他の残党は!?』
「残党については先に捕えた者でほぼ全員かと。五つのチームでまわっておりますが、何処へ行ってももぬけの殻です」
『馬鹿な。その船はネヴァサの海上拠点の一つだぞ!? あまりに人数が少なすぎる……!』
「それで、今追っている者についてですが……未だ確保には至らず。負傷者がでる一方で……」
『たった一人を相手に情けない! そいつは何者なんだ? 賞金首の船長か!?』
「それは定かではありません。しかし、一端の戦闘員にしては動きが卓越しており……。恐らくは特別な訓練を受けた何者かと……」
『ええい……時間切れだ。ネヴァサの海賊船が接近している! 急ぎ撤退せよ!』
「……了解!」
どうやら海軍はこの場から手を引くようだ。
シバはとある窓から甲板の様子を窺った。待たせた飛竜に乗り込んで、軍人達が去ってゆく。船の両サイドにつけていた軍艦も焦ったように離れていった。
望遠鏡にその
ネヴァサの船の方角から、飛竜の群れが飛んでくる。運んでいるのは爆弾だ。
先頭を
五隻の軍艦は大砲を空に向けながら、スピードをあげ撤退してゆく。
シバは慌てて操舵室へゆき、遠方から並走するように追いかけた。
運転しながらユケイを探すと、三隻連なる軍艦の先端で何者かと戦っているのが見えた。
「(相手にしないで振り切ってこい! 頭に血でも登ってんのか馬鹿が!)」
シバは窓ガラスを叩き割り、ライフルの銃口を突きだした。
滑走している三隻の、様々な障害物を抜けた先に、激しく動く赤と緑。
スコープを覗き狙いを定める。
「ぐあッ……!」
リオの肩から血が爆ぜて、ユケイは弾かれたように振り返った。
黒船の一室からなにかが反射して見えた。シバが援護してくれたとわかり、ユケイは底力が湧いてきた。
ユケイはチャンスと攻め込んだ。
慢心の一撃は軽くいなされ、二本の曲刀を蹴り上げられてしまった。
手から遠く離れた刃。
それが宙を舞う刹那、リオが強く地面を蹴った。
しかしユケイは後ろ手にニヤリ。
黒の尾を引く剣閃がリオの脇腹を斬り裂いた。
リオは大きくよろめいて甲板の柵にすがりつく。
「えぇ……。なんだよ、今の……」
宙に舞った曲刀は消え、ユケイの手には新たな二本が。それをギラリと翻し、ユケイはすかさず突進した。
ぶすりと貫く確かな感触。温かい血を顔に受け、勝利の笑みが ―― 無に消える。
貫いたのは、飛び込んできた邪魔者だった。
「やめろぉ~! もうやめてくれぇ~っ!!」
別の竜族がリオを庇い、自らの肉体をもって曲刀にしがみついたのだ。
それを皮切りに、盾の後ろで怯えていた竜族達が続々と駆けつけ、身を挺して壁を作ってゆく。ユケイに向けられる恐怖と軽蔑の眼差し。取り囲む表情は怒りと憎しみ。
攻めてきたのはそっちなのに、これじゃあまるで悪者みたいだ。負けたらそれが真実になる。嫌なら勝たなくてはならない。
この理不尽を終わらせるには、なんとしてでも勝たなくては。
涙の粒をはじかせながら、ユケイは刃を振るい続けた。
「どけ! 邪魔するな!! (シバ助けて!)
オレの仕事が終わらないっ!!!!(怖いよシバ、早く来て!!)」
シバは弾を充填し、再び撃鉄を起こした。
「今度こそド頭ブチ抜いてやる……!」
スコープの中心に緑の横顔をとらえた。動きが止まっている今ならば。
眉間を伝う汗にも構わず、引き金にかかる指先にじわりと力を込めてゆく。
―― その時。
爆音がして視点が緑から赤へと。音につられて力が入った。止めようもなく銃声が鳴り、ユケイが大きく仰け反った。
シバは思わず青ざめて、スコープから顔を上げてしまった。
ネヴァサの飛竜が到達し、次々と爆弾を投下しているのだ。五隻の軍艦は砲撃を返し、飛竜が海に落ちてゆく。激しい交戦に波が揺れ、青空にのぼる黒煙。
そこから躍りでたのはあの黒竜。巨大な体躯を旋回させて、砲弾をかわし業火を放つ。
第三者からの奇襲を受けて、船が激しく揺れている。
視界もブレてやまないのは、こめかみに走る痛みのせい。ユケイは頭を振ってはっとした。殺しては退かした死体の奥に、リオの姿がなかったのだ。ふいに頭上で爆発が起き、鉄くずの雨が降ってきた。そこらじゅうで火の手があがり、悪党達は散り散りである。
それに紛れて床を蹴る音。
振り向いた視界が覆われて、高く響いた打撃音。手からこぼれて消える曲刀。
その渾身ともいえる蹴撃をくらい、ユケイは二、三歩よろけた後、倒れて意識を失った。
「「「 いっ……今だ!! 確保ーーッ!!!! 」」」
傷ついたリオを差し置いて、軍人達がユケイに群がる。
事を見届けるやリオはその場に倒れ、生き残った竜族達によって船内へと運ばれてゆくのだった。
『主戦力と思われる竜族を確保した! 全艦隊、至急撤退せよ!』
「畜生……待て! ふざけんじゃねぇ!!」
ユケイが戻らぬまま、五隻の軍艦はさらにスピードをあげてゆく。シバは
ネヴァサの飛竜達もそれを追っていたが、突如いっせいに方向を変え、真っ直ぐこちらへ向かってきた。
シバはライフルを構え、迫りくる飛竜を片っ端から撃ち落とした。しかし黒鱗の竜だけは銃弾をものともせず。
巨大な影が頭上を越えたと同時に、何者かが操縦室の窓ガラスをつき破ってきた。破片の中心に降り立ったのは、緑衣の軽装に黒いケープを纏った女剣士。頭上で束ねた長髪が揺れ、青い瞳に睨まれる。
シバはその有名な女を知っていた。
向けた銃口をはたき落とされ、至近距離での体術戦はあっという間に決着がついた。シバは腹を蹴り飛ばされて、備品の棚に突っ込んだ。
女は両手をぱっぱと払い、船の進路を真逆に変えた。
「……これ以上は奴らの基地に近付くことになル。ウチらの船で勝手なことしないでヨ」
そして、狂気に満ちた形相でシバの顔を覗き込む。
「で、アンタ……誰? ヤグールは何処……!?」
蛇に睨まれた蛙のように、シバは言葉を呑み込んだ。
静かに照りつける太陽が、巨大な船体に遮られてゆく。
悪名高き旗を掲げた二隻の船と連結して、シバが手に入れた船はあっけなく制圧されてしまった。
甲板に放り出されたシバは、ネヴァサの中心でひとり。歯を食いしばって両手をあげた。
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