第8話 対面

文字数 8,221文字

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A国C州Lを昼に飛び立ったトリコロールが、F国PのS空港に十一時間後の昼に到着すると、満席の三百六十人が、湾曲したガラス屋根の吹抜けに一斉に放たれた。海外旅行のために着飾ったこの群れの中でも、並んで歩くスカーレットとロレンツォは、一際人目を惹く。スカーレットのエメラルド・グリーンのスーツが、ワイン・レッドのカーペットに映えるのは理由の一つ。一番の理由は、早く歩いているからである。まず、ロレンツォは、女性に合わせて、歩くペースを変える様な男ではない。
「あなたがイビキをかくとは思わなかったわ。」
ロレンツォは、声を出したスカーレットの横顔を見たが、彼女の視線の先は遥か前方である。考える限り、彼女は怒っている。自分に相応しくないと思ったのか、何なのか。ロレンツォは小さく笑った。確かに、いつもの自分を知る人間なら、信じられないだろう。
「呼吸は止まってた?」
ロレンツォの問いかけに、スカーレットは即答した。
「ええ。じゃないと、言わないわ。」
ロレンツォは、もう一度小さく笑った。確かに、スカーレットは、イビキを恥ずかしがる様な女性ではない。
「睡眠時無呼吸症候群だ。前に首に被弾した。始まったのは、手術して暫くしてからだ。多分、首のどこかが癒着してる。」
スカーレットの反応はないので、ロレンツォは言葉を加えた。
「寝るのは、死ぬ程嫌いだ。」
決して、笑い事ではない。スカーレットは、やはり前を向いたまま、答えた。
「寝なきゃいいのよ。」
無理な話である。ロレンツォは、早足でスカーレットの前に出ると、彼女の顔を覗き込んだ。
「一晩あった。君は寝なかったのか。」
スカーレットは、視線を合わせて微笑んでから、足を進めて、ロレンツォの前に出た。
「人前で寝るわけないでしょ。」
スカーレットは、一睡もせず、ロレンツォの呼吸が止まる度に、気を揉んでいた事になる。ロレンツォは、顔を大きく横に振ったが、先を行くスカーレットには分からない事である。
二人は、早足でタクシー乗り場に急いだ。

たまたま乗り込んだタクシーは、ブラン・バンキーズのクロスSUVだった。今回は、招かれて、はるばるF国まで来たのだが、ハイヤーを断ったのはスカーレットである。
目的地まで一時間近くかかるので、監視を嫌ったと言う所だろうか。ただ、無作為に選ばれた運転手は気にならないのか、二人で並んで座ると、スカーレットはいつもの調子で話し続けた。
「時々、うなされてたわ。」
一睡もしなかっただけあって、相当、観察していた様である。
ロレンツォは、窓の外に目をやった。バスを追い越し、視界が大きく開けた先。木も低く、目に付くものは少ない。有名なホテルの方向とは、逆に出た様である。F国は初めてなので景色は気になるが、スカーレットを無視したままにもできない。ロレンツォは、特に何があるわけでもない窓の外を見たまま、口を開いた。
「イビキに唸り声か。ボディ・ガードらしくないな。」
F国に招かれたのは、スカーレット一人。呼んだのは国家憲兵総局である。クローン技術に関与したスカーレットが身辺保護を頼む事は珍しくないが、今回、その任務を依頼されたのはロレンツォだった。選ばれた理由は、ロレンツォにも分からない。
こちらを向かないロレンツォを一瞥してから、スカーレットは話しかけた。
「そこは期待してないわ。悪い夢でも見たの?」
ロレンツォの視線の先は相変わらず窓の外だが、空港の周囲の景色は、ちょっとやそっとでは変わらない。どうも心配されているらしいので、ロレンツォは事実をそのまま口にした。
「ニコーラの夢を見た。」
スカーレットの顔に目をやると、眉間に皺が入っている。彼女にしては珍しい事であるが、無理もない。ロレンツォは言葉を続けた。
「きっと、君といるからだ。」
ニコーラが姿を消した実験施設。その場所、その時間に、スカーレットもいたのである。
決して、彼女のせいではない。ただ、目の前で、ニコーラが消えて、強い風を受けた。肌が覚えている。同じ奇跡を目撃した事。それが、二人に縁が生まれたきっかけである。
「人が消えた事件は、よく調べた。ワープは基本的に空想だけど、人の思考は深遠だ。最初は本当かと思った。その流れがなきゃ、ラーヒズヤの事件にも首をつっこんでない。」
スカーレットは、また、ロレンツォを短く観察した。眉間の皺はもう消えたが、彼女の眼差しはどういう訳か冷たい。
「ラーヒズヤは、脳のハードが専門よ。」
スカーレットは、間違いが嫌いである。ただ、これは間違いではない。ロレンツォは口元に手をやると、小さく微笑んだ。
「忘れてるのは君だ。ラーヒズヤが殺したのは、テレポートが専門の学者だった。ヴラソフ。僕が首を突っ込んだのは、そこからだ。」
思い出したスカーレットは、何度か頷きながら、自分の爪を見始めた。その程度の事である。ロレンツォは、自分の話に戻った。
「ニコーラに悪いから調べてると、似た様な事件が嘘みたいにたくさんあるんだ。殆どは、嘘か狂ってるけど、本物もある。最近じゃ、自分がオカルトのプロパーにでもなった気がする。」
スカーレットは、人差し指の爪を撫でながら答えた。ロレンツォが見る限り、他の指との違いは分からない。
「いいじゃない。それにオカルトと言うよりは、サイエンスよ。ハイソな連邦捜査官にぴったりよ。」
嫌味である。ロレンツォは、窓の外に視線を戻した。スカーレットと違って、F国まで来て、爪を見る気にはなれない。
「何で、僕を指名した。他に幾らでも人がいるだろう。」
スカーレットは、即答した。
「他に連邦捜査局の知合いがいなかったからよ。」
間違っていない答えである。頷くロレンツォに、思わぬ方から声がかかった。
「ペリフを降りるかい。きれいな所があるよ。」
F国語で話しかけられた二人は、顔を見合わせた。口を開いたのはロレンツォである。
「いいから、急いでくれ。渋滞は嫌だ。」
勿論、F国語である。スカーレットは、G国語でロレンツォに話しかけた。
「だから、あなたを指名したのよ。言葉。あなたは器用だもの。」
ロレンツォは、スカーレットを見つめながら、C国語で答えた。
「F国語だけなら、幾らでもいる。」
おそらく、C国語は自慢である。スカーレットはIt国語で返した。大した事ではない。
「F国語の喋れる知合いの連邦捜査官は、あなただけなのよ。」
ロレンツォは首を傾げた。It国語は分からないのである。さすがに万能ではないロレンツォを見ると、スカーレットは声を出して笑った。
「その名前でIt国語が分からないなんてね。」
絶対に分かるA国語で揶揄われたロレンツォは、もう一度、窓の外の変わらない景色に目をやった。

国家憲兵総局の会議室に通された二人がソファに腰かけると、すぐに艶やかなチェリーの扉が開いた。現れたのは、スカーレットをF国に招待した司法警察課BLATギヨム・ユゴニオである。体格のいいギヨムが、爽やかに微笑みながら、スカーレットに手を伸ばすと、スカーレットも立上り、笑顔で応えた。世界の常識である。続いた長旅への労いの言葉。これも世界の常識。全てが常識通りである。
ロレンツォは、握手はしない主義である。正直に言えば、潔癖症なのだが、犯罪者と会う機会も多いので、いつの日からか、それが彼の常識になってしまった。
差し出した手の行先をなくしたギヨムは、その手を顔の横で軽く振った。勿論、笑顔は絶やさない。
ギヨムは、決して、一人で現れたわけではない。後に三人が続いた。男が二人と女が一人。ダーク・スーツでかしこまっているが、女のシルバー・ブロンドのロングは誰の目にも美しい。
アナイス・デュプレシ。彼女である。
ギヨムが右手でソファを指すと、スカーレットが腰を下ろし、皆が順に席に着いた。
ギヨムは、スカーレットとロレンツォの目を順に見ると、F国語で話し始めた。通訳はいない様である。
「コーヒー?紅茶?」
二人が微笑みながら望みの品名を伝えると、ギヨムは、自らインターホンに歩き、注文を済ませた。慣れたものである。仲間には尋ねなかったが、全員コーヒーにしたので、ロレンツォは小さく笑った。その間、一人でプロジェクターの準備を進めていたのは、アナイスである。
「準備は出来た?」
ギヨムに優しく話しかけられると、アナイスは笑顔で応えた。ギヨムもまた笑顔で応え、その笑顔はスカーレットとロレンツォに向けられた。和やかな空気は連鎖する。
「説明は彼女が。」
ソファに座り、足を組んだギヨムに後を託されると、アナイスはホワイトの壁に資料を映した。次々に写し出されるのは写真。被写体は、全て同じである。
全裸の老人が横たわっている。状況から判断する限り、死体である。服は着せてあげたい。そのぐらいしか、気になる所はない。アナイスは、スカーレットとロレンツォに写真を見つめるための十分な時間を与えると、静かに口火を切った。
「二週間前、O県の農業科学研究所で、この男性が亡くなりました。」
話しかけられると黙っていられないスカーレットが、微笑みながら口を挟んだ。
「農業とは関係なさそうね。」
ロレンツォは、口元に笑みを浮かべて、スカーレットを見た。どの国に行っても、相変わらずである。アナイスは、スカーレットに向かって小さく頷くと、言葉を続けた。
「この男性は、この一時間程前まで若者でした。」
それは、アナイスだけが知る狂った事件である。
しかし、スカーレットもロレンツォも、一切、表情を変える事はなかった。
二人は慣れている。観察していたギヨムは、自分の判断が正しかった事を確信した。
同じ事を感じたアナイスは、男が浸かっていた実験機器の写真を投影した。タイミングは大事である。
「この機器に、見覚えはありませんか?」
スカーレットは、知っているものを知らないと言う様な人生は送っていない。思ったままに顔を横に振ると、向かいのアナイスはすぐに大量の化学式を映した。
「彼が浸かっていた液体の成分です。これは?」
スカーレットは、顔を少しだけ壁に近付けると微笑み、改めて、ソファにもたれ、アナイスを見つめた。
サミュエルから受継いだクローン技術を、加齢促進で完成させたのは自分である。この成分を、論文に書いた事もある。遥々、A国から呼んだのなら、アナイスは知っている筈。この質問は、感じのいい質問ではない。
「成分が分かるだけよ。でも、それがどうしたの?」
アナイスは、両手を胸の前で一度合わせてから、スカーレットの問いかけに答えた。
「彼の浸かっていた液体が抜けると、彼は私の目の前でどんどん年をとりました。映画でも見ている様な、信じられない時間でした。」
スカーレットは、何度か頷いた。彼女は動物で確認したので、それ程、惨くは感じなかったが、決して気分のいい光景ではなかった。
「可哀そうに。」
スカーレットが、男とアナイスのどちらに言ったのかは分からない。しかし、アナイスは、軽く頷くと次の写真を映した。まずは、スカーレットがこの技術を知っている。アナイスにとっては、その確認の方が大事なのである。
次に映し出された写真は、あの怪物の射殺体である。誰の目にも普通ではない。一緒に映る憲兵隊員の倍以上。血染めの白衣も、被害者が置かれていた環境への不要な空想を駆り立てる。
スカーレットは目を逸らしたが、事件らしい事件を前に、ロレンツォは身を乗り出した。目も大きく開いたかもしれない。アナイスは、動きを見せたロレンツォを一瞥してから、説明を続けた。
「身長は百六十五インチ。体重は二千百四十ポンド。農業科学研究所で二人を殺害した後、近隣を徘徊して、県憲兵隊員一人を殺害しました。」
単位はA国への配慮である。説明自体はF国語なので、アナイスが大きさに重きを置いている事が分かる。アナイスの説明はスカーレットに向けられたものだったが、ロレンツォは構わずに口を挟んだ。
「方法は?武器は?」
立て続けの質問にアナイスの目が泳いだのは、リオネルの事を思い出したせいである。殺害された県憲兵隊員一人は彼である。
まだ、日が浅い。気を使ったギヨムが、助け舟を出した。
「研究所の二人は撲殺。県憲兵隊員は、全身打撲。彼女の同僚だった。」
スカーレットとロレンツォの国境を越えた同情を感じると、アナイスは次の写真を映した。慰めてもらうつもりはない。彼女が小さな善意を無視して投影したのは、ナトン・ドビュッシーの写真である。
「この男と面識はありますか?」
気の毒なアナイスに尋ねられても、知らないものは知らない。スカーレットは、顔を横に振った。予めの情報とは違う反応を前にして、アナイスは、少しだけ首を傾げると、質問を重ねた。
「彼は、あなたを永遠の恋人だと言っていましたよ。」
アナイスの言葉に、スカーレットは、ロレンツォと顔を見合わせて、苦笑した。今までの質問で、もう大体の事は分かる。
皆の飲み物が運ばれてきたのは、その時だった。忘れかけていた頃の到着に、ギヨムは爽やかに微笑んで手を伸ばし、皆が続いた。まずは、ティー・ブレイクである。
スカーレットは、コーヒーの香りに包まれながら、話を整理した。
「分かってはいたけど、クローン技術の事ね。一人は加齢促進に失敗。一人はその前段階。クローンの時点で巨大化してる。その悲劇を繰り返したのが、最後の男。多分、私のファン。」
スカーレットは、ギヨムの顔に視線を向けた。今の説明は、スカーレットが呼ばれた理由の確認に過ぎない。この理由で、彼女を呼ぶ人間は少なくない。ここからが本題である。
「それで、何を聞きたいの?」
耳を傾けていたロレンツォの視線がスカーレットからギヨムに移ると、ギヨムは自分の役目を果たした。
「クローンを加齢する理由は?」
とぼけた質問だが、スカーレットは素人にも分かる様に言葉を選んだ。
「クローンの目的は、基本的には死の克服だったのよ。拒絶反応がない脳死患者を入手するのは、実質、不可能だから、クローンを使う。臓器の培養を一度にするイメージね。ただ、大人の脳を移植できる大きさになるには、時間がかかるの。脳が人として機能しない状態で、何十年も育てるのは、物理的にも倫理的にも問題が多いから、そこを縮めて合理化しようとしたの。」
ギヨムは鼻で笑った。そんな事は言われなくても分かる。彼のターゲットは別である。
「あなたが関わった、もっと大きな問題があった筈。」
スカーレットが軽く顎を上げた時、ロレンツォが割って入った。アカデミックなスカーレットは、妙な事を言いかねない。国は違うが、警官同士の方が、通じ易い話もある。ロレンツォも下手だが、スカーレットよりはマシ。その筈である。
「六年前の事だ。軍事用途だとデマが流れて、テレビで大騒ぎになった。クローンの工場は建設してたが、そのせいで計画そのものが潰れた。まだ、議会で議論してる。繊細な問題だ。」
ロレンツォの不正確な説明に、アナイスの顔に悲壮感が漂うと、ギヨムは左肘を軽く上げ、右手で二度叩いた。F国特有のジェスチャーである。教養のあるロレンツォが顔をしかめると、ギヨムは微笑みを消して語り始めた。
「A国にどんな理由があったか知らないが、今、F国でクローンをつくるための悲劇が繰返されてる。あの老人は、あんな死を迎える必要があったか。あの巨人もそう。」
ロレンツォは、ギヨムの表情を観察した。言葉に血が通っているが、この男は、決して、人情家ではない。明らかに演説慣れしているギヨムは、声量を増した。
「もちろん、やる人間が悪い。でも、仮に自分がその分野のプロパーで、不死や無限の軍隊が実現できると言われて、やらずにいられるか。自発的だったかどうかは分からない。無理にでも、やらせる人間もいるだろう。知った人間は、絶対に止まれない。本人のせいじゃない。どう考えても、最初にその夢を見せた人間が悪い。」
スカーレットは、敢えて微笑んだ。ギヨムの瞳が自分に向けられているのが気に入らない。神妙な表情だけは浮かべる気にならないのである。ギヨムは、暫く待つと、言葉を付け加えた。
「責任をとるべきだ。」
これは、今までになかったパターンである。逆に興味を持ったスカーレットは、素直な疑問を口にした。
「失敗しなかった私が、失敗した人のためにとる責任って何?」
ギヨムは、スカーレットを見つめたまま、話を続けた。
「いや、君は失敗した。この展開を防ぐ事ができないのに賽を投げた。」
スカーレットは言葉を被せた。言っている事は同じ。それなら、言う事は限られている。
「子供じゃないの。出来ないならやらない。私は出来た。それだけ。」
ギヨムも譲らない。今までの穏やかな物腰は何のためだったのか、スカーレットの語気が強まっても、態度に変わりはない。
「あなたは、この分野のリーダーだ。知った以上、何かせずにはいられないだろう。」
ギヨムの強気の姿勢を見かねて、ロレンツォが口を挟んだ。
「相手を間違えてる。国レベルの話だ。国の偉い奴同士で話せばいい。」
ギヨムは、ロレンツォを一瞥すると、スカーレットを見据えながら答えた。
「そのレベルの話は別でやってる。一つの局面だけを見て、無駄口をたたかない事だ。」
もうギヨムは黙れない。
「何度でも言う。一度、出来ると知ってしまえば、世界を止められない。表で止めても、裏でやる。何百億ドルも持ってて、死なない方法があるのに、やらない奴はいない。国だってやる。あれば、皆がやるんだ。悲劇が付き物なら、なくせばいい。軍事利用だって、乗り越える方法はある。技術があるのが前提なら、核と同じだ。抑止論もある。皆が駄目だと思っていれば、いつかは皆が一斉に放棄する。世界が動く。」
ギヨムの説得は、間違っていない様に聞こえるが、軍事利用の話はあまりにナイーブである。A国やF国がいくらクローンの軍隊を放棄しようと、ならず者国家が受け入れる筈がない。
呆れたロレンツォが言葉を失うのを見ると、スカーレットが口を開いた。そうは言っても、彼女は慣れているのである。
「つまり?」
ギヨムは、スカーレットの言葉に進歩の跡を見つけると、穏やかに語りかけた。
「F国に、技術を供与してほしい。」
ギヨムの隣りに控えるアナイスの視線は、ギヨムと同じ。曇りのない美しい瞳を、スカーレットに向けている。ギヨムと同じ考え。スカーレットにはそう見えるし、事実、そうなのである。
アナイスがナトンを見つけた後、応援にかけつけたジャンダルム達は、監視をつけて、ナトンを研究所に残す事にした。人命第一である。クローン技術についての議論は尽きる事がなく、徐々にハイ・クラスの論客を迎え、間もなく、それは公然の秘密となった。
そして、最後に大統領令を受け、アナイスの前に現れたのが、このギヨムである。トップから示されたのは、答えではなく人。素晴らしきF国人。正解はギヨムの判断に従う事。それがF国のトップの判断だったのである。アナイスは、当然、それを受入れた。
アナイスは、F国を愛しているのである。
リオネルの死は辛かった。老化した男も、あの巨人でさえもそう。胸が苦しくなる程に。
何をどうしようと、もう世界は動いている。悲劇を繰返さない方法は、スカーレットの協力を得る事だけ。何度考えても、それはギヨムの言う通りである。
しかし、思慮深い天才の筈のスカーレットは、傍らのロレンツォに意見を求める事もなく、答えを口にした。
「答えはノンよ。あなたの言う通りにしても、他の国に広がるだけ。絶対に、手を出してはダメな技術なの。」
スカーレットらしい答えを耳にして、ほくそ笑んだロレンツォを一瞥すると、ギヨムはソファに身を任せた。暫く消えていた笑顔も戻ってきた。
「順番を間違えたらしい。考えるよ。」
まずは、スカーレットの気の強さが勝った様である。
ロレンツォは、さっきのギヨムのジェスチャーを真似た。左肘を軽く上げ、右手で叩く。意味は知っている。言葉も必要である。
「このラインでの会話は終わりだ。次はない。いいな。」
ギヨムは、下らない挑発に乗る様な男ではない。自分が先にやった事でもある。小さく頷いた彼は、アナイスの方に目を移すと、労いの言葉をかけた。
「本当にありがとう、アナイス。」
アナイスは、スカーレットを見たまま、小さく頷いた。プレゼンの事ぐらい、大した事ではない。もう、アナイスの頭の中は、次の手の事で一杯なのである。
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