第49話 共鳴

文字数 3,620文字

+203years
A国Y州S郡。いつもとは違うトレーラー・ハウスに、ロレンツォとジネヴラ、それにゴルダはいた。このトレーラーは、謂わば、倉庫である。並んでいるのは、ロレンツォ達の所有物だけではない。フランチェスコが広げたネットワークは、それぞれの追及を交わすために、他のグループに荷物を預ける事がある。行動が本格化してきた最近は、いかがわしい荷物も少なくない。
その典型が、ジネヴラが見つけ、今、三人が目の前にしているエマルション爆弾である。
ロレンツォの指さす先を見た途端、ゴルダは、声を上げて一般常識を教えた。
「これこそ、テロリストの巣窟よ。」
六人の計画には、もう爆弾を使う予定はない。ジネヴラの表情が曇ると、ロレンツォは、小さく笑った。
「いや、だから君に見せたんだ。後で知られると嫌だから。」
ゴルダの顔は興奮している。
「見せたら何?考えてたのと、違う事を言った?一緒でしょう。全員がそう思うもの。」
ロレンツォは笑い出した。
「工事現場は、テロリストの巣窟じゃない。」
そこは納得がいくのか、ゴルダは何度か頷いた後、言葉を続けた。
「持ち主によるわね。宇宙エレベーターを壊そうとしてる人間が爆弾を持ってたら、全人類が工事をするんだと思うわ。」
分かり易い嫌味である。不安げに爆弾を眺めていたジネヴラが、口を開いた。
「でも、これは私達には関係ないわ。他のグループが、おかしな事を始めてるのよ。」
誰もがそう思う。ロレンツォが視線を向けると、ゴルダは両手を挙げた。
「ターゲットは?」
ロレンツォは、また小さく笑った。先を急がせるゴルダの表情がおかしかったのである。
「そんな先の事は分からない。」
ロレンツォの余裕が鼻についたのか、ゴルダの眉間に皺が入った。
「こんな物、最初から、持たなきゃいいのよ。人を殺すか、自分が死ぬか。ろくでもないわ。」
ロレンツォは頷くだけだったが、ジネヴラは気持ちを口にした。
「でも、それを使う人はどうしたのかしら。他で何か酷い事を考えてるなら、ちゃんと話をしてみたい。助けてあげたい。きっと、今日を生きてるのも辛いに決まってるもの。」
ゴルダは、ジネヴラから顔を遠ざけた。
「冗談でしょう。テロリストよ。」
ロレンツォは小さく微笑んだが、完全に同意見という訳ではない。彼は二百年を超えたのである。
「古い話をすれば、A国が独立するための戦いが、間違ってたとは思わない。C国やS国の革命も、過ぎてみれば、当然だったと思う。大国になった。最初は小さい興奮と暴力の波が繰返される中で、不意に大きくなる。後は津波だ。全てをなぎ倒しても、いつかは静かな海に戻る。」
ゴルダは、今までになかったロレンツォの言葉に目を大きく開いた。当然、ロレンツォには考えがある。
「勘違いしないでほしい。絶対に暴力は否定する。誰も傷つけてはいけない。それさえ守る限り、あらゆる思想の変革を否定しない。」
ゴルダは呆れた。
「オー・マイ…。」
小さく笑ったロレンツォは、ジネヴラを見てから、言葉を続けた。
「いつの時代も、誰かが誰かを庇う。立派だ。そんな人間は偉くなる。皆がその人間を頼る。その人間が生きてる限り、皆が平和だ。でも、それは違う。庇われる様な事をする人間が野放しだ。僕は、皆のルールを破る事で、皆の心が一つになる社会を放っておけない。僕は二百年間眠ってたから分かる。今の時代の間違ってるところが、はっきり見える。例え、何かを失っても、リセットした方がいい事はある。全ての物は絶対に壊れるけど、心は壊れない。救える筈だ。」
ゴルダは、いつものロレンツォのへ理屈を頷きながら聞き流した。返す言葉は、彼が話し始めた時点で、頭の中に浮かんでいる。
「いい?例えば、それが正しいとしても、あなたもルールを破る事になる。ルールを守らせるために、ルールを破ったら、正しい理念も汚れてしまうでしょう。決められた方法で声を上げて、皆の意見を聞くのよ。そもそもよ。皆がアレースを壊したいと思うか。」
ジネヴラは、厳しい目を見せた。それは、彼女にとって卑怯すぎるロジックなのである。
「教科書に人類の夢だって書いてるわ。そう習ったもの。皆に一斉に聞いたら、ノーって言うに決まってる。本当は違ったって、あれだけ、お金が動いてるもの。無理なのよ。事故で人が死んだって、やめないのよ。」
ジネヴラの味わった不幸を想像はしたが、ゴルダは言葉を被せた。だからこそ、言わなければならない。
「でも、人類の夢でしょう。空を飛んだ人類は、それから百年もせずに宇宙に出た。それから二百年になるのよ。皆が宇宙に住む事ぐらい、夢に見たっていいでしょう。人間にはいろんな種類がいるわ。答えは一つになる訳がないから、多数決があるのよ。多数決でノーなら、その社会の答えはノーなの。皆がノーと言うなら、アレースは壊さない。そうなるのよ。」
正確なゴルダの言葉だが、ロレンツォは微笑みながら否定した。
「多数決が、必ずしも正解という訳じゃない。それは、一対一の喧嘩に結論を出すためのテクニックだ。死なない人間のせいで、絶対多数が変わらない世の中じゃ、独裁のための通過儀礼に過ぎないだろう。」
ロレンツを見つめたゴルダは、僅かな沈黙の後、静かに呟き始めた。それは、心の悲鳴。常識を否定され続けるのは、真面目な彼女にとって、拷問と同じなのである。
「私には、愛する夫と四人の子供がいるのよ。子供達を大切に育て上げて、皆に一生幸せに暮らしてほしいの。親に迷惑をかけない様に、奨学金で大学院まで出た後、U国に留学して、今の夫と出会って、共同で研究をして。A国に一人で帰国して、特任研究員になった後も、交際を続けて。女性研究者の賞をもらった後、大学の教員に採用されて。夫を呼んで、結婚をして、毎年、子供を産んで。ミルクをあげて、オムツを変えて、おもちゃであやして、お出かけをして。家族で旅行に行って、芝生で寝転がって。子供を幼稚園に入れて、塾に入れて、小学校に入れて、クラブ・チームに入れて。それだけなのよ。真面目にやって来たの。皆、上手くいってるの。それなのに、なんで爆弾?なんで、テロリストの気持ちに寄り添わないといけないの?人類の夢や民主主義を否定されるのは何故?」
ロレンツォは、歌う様なゴルダを見て、連邦捜査官の頃を思い出した。今の彼女には、繊細な言葉が必要である。
「君の言ってる事は正しい。君が与えられた価値観は、僕の時代と何も変わらない。ただ、それがただ一つの答えじゃない。君が言った様にね。少なくとも僕は特別だ。優れてるとは言わない。ただ、他人とは違う。二百年間、眠ってる間に、知ってる人は皆いなくなった。前は死ぬのが怖かったけど、今は、皆が待ってる場所になってしまった。それを教えてくれた人がいたけど、その人も死んでしまった。時々、皆が生きてた時間が堪らなく愛おしくなる。恥ずかしいけど、なぜ、皆が抱きしめあわなかったのかと、本当に思う。他人でもだ。近所のおばさんでも、職場の爺さんでも。勿論、死んだからだけどね。でも、もしも今再会できたら、そうしてしまう。きっと、それだけの事なんだ。今の僕と同じ気持ちになれば、皆の心が通じ合う。人間は優秀過ぎる。見るもの全てに名前がある。全ての定義は済んでる。時間を遡って、愛という名前をつけた奴と話が出来たら、言いたい。僕が感じてるものが、多分、愛だ。愛は、限られた人間に意識して向けるものじゃない。引力の様に。存在を知れば、きっと、それだけで愛が生まれると僕は思う。だから、僕はジネヴラに共感する。今、この時間を共有している全ての人が幸せである様に願える彼女は素晴らしい。君が正しい様に、彼女も正しい。彼女の言葉を否定するのは、僕の考える限り、間違ってる。」
ロレンツォは、話の最後は、ジネヴラを見ながら話した。
真面目なゴルダは、疲れた表情を見せはしたものの、それでもロレンツォの予想外の熱弁に応えた。
「正しく聞こえても、それは主観よ。利己的なのよ。」
ロレンツォは、ゴルダに視線を戻した。
「彼女の言葉を思い出してほしい。人を傷つけるかもしれない人の心の傷を癒すのが、そんなに?」
ロレンツォにとって、優しい筈の言葉は、苛立つゴルダの唇を震わせた。
「なんで、犯罪者と付合わなきゃいけないの。あなたもよ、ロレンツォ。どこかで、他人事みたいに話して。あなたの事を知ってるわけじゃないけど。私が知ってる事を言えば、あなたはもう犯罪者よ。電磁波で街を襲ったテロリスト。あなたもそう。ジネヴラ。優しい振りは止めなさい。何をやったって、誰かが傷つくだけよ。」
ゴルダのヒステリックな言葉は、ロレンツォの心を確実に傷付けたが、ロレンツォは、ただ微笑みで答えた。
ジネヴラが誰かを慰める権利を持つように、全ての人間には犯罪を否定する権利がある。
ロレンツォは、ゴルダの言葉に、二百年前の自分を見つけて、そう思ったのである。
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