第40話 そんなつもりはなかった

文字数 1,003文字

「話さなくてもいい」という誠一の言葉に抗うように、祥子は、言葉を続けた。
誠一には祥子が無理をしてまで誠一に伝えようとする理由が分からなかった。

「そんなつもりはなかった」

誠一は、そんな言葉を聞きたかったわけではなかった。
嘘でもいいから、傍にいて、嘘でもいいから、時々笑ってくれるだけでよかった。
嘘でもいい。
それはもしかしたら無理をしているのかもしれない。
でも本当だった。
祥子を失うことが何よりも怖かったのだ。
きっとそれは長くは続かないだろう。
それでもよかった。
少しでも長く、少しでも傍にいたかったのだった。

自分の気持ちのどこからどこまでが本当だなんて言いきれるのだろうか。
それならば、分からないままでいいじゃないか。
白黒はっきりつけようとするから、傷ついたりしなければならないのだ。
でも同時にそれは誠一の都合のいい考えであることも分かっていた。

ブログは横山だった。
横山が女性の立場で綴っていたブログを、たまたま祥子が見つけ、共感した。
その時、祥子は幸恵の心情に少しでも共感したくて、離婚した女性のブログを読み漁っていた。
ある日、祥子が見つけたブログは、横山が探偵の仕事の営業がてら綴っていたブログだった。
祥子は横山のブログのファンになった。
たびたびブログにメッセージを送っていたが、祥子は女性だと思い、接していた。
そしてある日、祥子はブログが横山だと知った。
それは幸恵が横山を紹介してくれたことがきっかけだった。
横山は、幸恵が浮気調査で雇った探偵だった。
ちょうど祥子と幸恵が訪れたカフェに、横山がいたのだ。
それは横山が馴染みのベローチェだった。
その時、祥子は横山の鞄に注目した。
ブログのアイコンにあるキーホルダーの写真と同じものが、横山の鞄についていたからだ。
祥子がそれを見た時、横山も祥子が横山のブログを見ていることに気づいたようだった。
出会うつもりはなかった。
出会ったのは偶然で、祥子は、その時はそんなつもりはなかったというのだった。

でもそれを話すことに何の意味があるのだろうか。
誠一にはもはや祥子が意図している言葉が分からなかった。
どうして祥子がそんな言葉を言わなければならなくなったのか。
誠一が知りたいのはそれだった。
もしかしたらそれさえ聞きたくないのかもしれない。
誠一はもう自分が何を思っているか自信がなかった。
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