第6話 絶対に入らない店

文字数 1,156文字

横山啓太。
誠一はやっと思い出した。
誠一の会社の取引先の社員だった。
誠一は大手ビール会社の営業をしている。
横山はその誠一の会社の自販機を取り扱っている会社で働いていた。
横山とは自販機が故障し、撤去してもらう際にたびたび会うことがあった。
横山とはあまりしゃべったことがなかったため、横山自身のことはよく分からなかった。
ただ横山の会社は誠一の会社以上に運動部張りの上下関係が厳しそうなイメージがあった。
それは以前、故障した自販機の置き方が雑だと言いがかりをつけられ、上司に怒られている横山を目撃していたからだった。
そのあまりに大っぴらに怒られている姿に横山に同情してしまうくらいだった。

「居心地のいいカフェなら、近所にあるベローチェです。広いスペースで、気兼ねなくいられるのが好きなんです。本当はここのコーヒーが美味しいとかそういう理由で通っているカフェとかあれば、少しはカッコがついたでしょうけど」

誠一はどこのカフェを言っているのかすぐに分かった。
そこは誠一だったら絶対に入らない店だった。
誠一はコーヒーに関して何か強いこだわりがあるわけではなかったが、学生が多すぎてゆっくりできないと決めつけていたからだ。
この近辺では他にもカフェがあるが、その中でもこの店を選ぶ祥子が意外だった。
きっと誠一は祥子が入りたがったとしても、拒んでいただろう。
確かにこの界隈であればそこまで煩くする人はいないとは思うが、この店で本当に寛げるのだろうか。

「ベローチェには、あまり行ったことがないんですが、今度行ってみようと思います。ちなみにサチさんは、そこで何を飲むんですか?」

「ブレンドコーヒーを飲むこともありますが、カフェラテが好きです。夏にはアイスカフェオレもおすすめです。でも一番おいしいのはサンドイッチです」

誠一はランチにベローチェに行った。
カフェラテとサンドイッチを買い、頬張った。
近所にある祥子が話したベローチェではなかったが、入ってみると誠一が思っていた雰囲気とは違った。
お昼時のせいか、その場所柄のせいか、学生ではなく、サラリーマンの方が多かった。
喫煙室が広々と使えるため、喫煙者にとっては、穴場なのかもしれない。
学生ばかりいることによる場違いな居心地の悪さは感じることはなかった。
ここで祥子は何を思っていたのだろうか。
誠一は自然とそんなことを考えていた。
最近は何か美味しいものを食べた時、あるいは綺麗なものを見つけた時、祥子のことを考えるようになっていた。
そんな気持ちはしばらくなかったため、これがどんな気持ちなのか誠一は思い出せずにいた。
好きな小説が何か聞くのを忘れた。
今度好きな小説は何か聞いてみよう。
誠一の頭の中には常に祥子の存在があった。
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