第35話 確かなこと

文字数 874文字

祥子は美味しそうに手羽を食べていたが、二口食べて、また誠一にその食べかけの手羽を差し出した。
目の前に差し出された、その祥子の食べかけの手羽に誠一は迷って、食らいついた。
なんだか自分らしくなくて笑ってしまった。
祥子も笑っていた。
もし二人があともう少し若かったら、もっと仲良くしてもいいかもしれないが、さすがにそこまでしたら笑えない。
それを考えると、30年以上も一緒にいて、変わらないものがある方がおかしいのかもしれない。

「胃がもたれる?」

祥子はそう言って、胃薬を持ってきた。
誠一も胃薬を受け取り、飲んだ。
結局、ケンタッキーは二人で5本くらいしか食べられず、全部食べられなかった。
「冷凍すれば、また食べられる」と祥子は言うが、今度食べるのはいつになるのだろうか。
誠一は、すっかりくたびれてしまった胃に、30年と言う年月を感じた。

「今日、楽しかった」

祥子は改まって、誠一にそう伝えてきた。
誠一はなんだか恥ずかしいような、申し訳ないような気分になった。
でもこの気持ちをどうすればうまく伝えられるか分からなかった。
というよりも、これが言葉でどこまで伝えられるか分からなかった。
でも伝えたかった。
祥子が言葉を発してから、どれくらい時間が経っただろうか。
誠一は祥子のその言葉を流すわけでもなく、受け止めるわけでもなく、ただ何もできないでいるまま、時間を経たせてしまっていた。
祥子は誠一のその間をちゃんと待ってくれていた。
さすがにそれは気まずい無言になった。

たぶん若ければ、ここで抱きしめるというのもありだったかもしれない。
でもそれは誠一にとって、若すぎた。
そんな誠一にとって、きっと言葉こそがありだったんだと思う。
でもその肝心の言葉が、誠一にはなかった。

代わりに誠一はちゃんと祥子を見ようと思った。
祥子はそこにいた。
そこにいるのは、30年ともに時間を過ごしてきた祥子だった。
目の前の祥子は誠一を見ていた。

何を自分は不安に思うことがあるんだろう。
その時、確かに誠一はそう思ったのだった。
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