第13話 性格の不一致

文字数 1,549文字

誠一が退社すると、横山が会社の前で待っていた。

「お疲れ様です」

誠一はため息をついた。

「僕の方は予定より早く終わったんで、こっちで待っていたんです」

誠一が質問する前に横山は答える。
煙たがる誠一を横山はじっと見た。
心配そうな眼差しだった。
余計なお世話だと思った。

「やめてくれ」

横山は誠一のことを見るのをやめた。
誠一は電車の窓に反射して見える横山を見た。
それは誠一と同じように背中をまるめ、だらしなく手すりに手を掛けている男だった。
でもこの男にはもう家族がいない。
誠一は今日も明日も、誰もいない家に帰るその男に同情していた。

「なあ、悪かったよ」

誠一は自然とそう口にしていた。
横山は誠一の方を少し見ただけだった。

駅に着くと、まだ8時まで30分くらい時間があった。
家に行く前に、横山と一件、店に入ることにした。
誠一は自然と横山と話したい気分になっていた。
二人とも頼んだのはジョッキの生だった。
これから仕事だというのに抵抗することなく、酒を頼む横山が不思議だったが、誠一は大して気にしていなかった。

「最近なんです」

離婚したことだろうか。
横山はいきなり過去について告白を始めた。
ただこの時ばかりは誠一は嫌な気分じゃなかった。
話しにくいことでも話してくれる横山に親近感を覚えていた。

「子どもが大学で地方に行って、それから最近結婚して。これから孫が生まれるのを夫婦で楽しめると思っていたところだったんですけどね」

そう言って横山はジョッキを一気に飲み干した。
横山が誠一のジョッキを見た。
誠一のジョッキは、まだ半分以上残っていた。
一杯だけジョッキを注文した。
酔いがまわってきたせいか、意図的か、横山は敬語ではなく、だんだんタメ口になってきた。

「それがね、びっくりしましたよ。理由とかそういう問題じゃないんだって。別れたのはね、タイミングだっていうんだ」

横山曰く、子どもが生まれてから、今まで妻は横山とは別れることを決めていたらしい。
でも今までなぜ別れなかったか。
それはタイミングがなかったからだった。
妻は今まで自分の気持ちを優先することを我儘だと思っていた。
でももう自分に正直に生きてもいいような気がした。
それがこのタイミングだったというのだった。
確かに最初は別れたいと思う理由はあった。
でもその理由は昔思ったことで、今もそうかと聞かれたらもう分からないという。
でも別れることを決めたことには変わりがなかった。
むしろそう決めたことで今までいろんなことを頑張ってこられたという。
別れたいと思う理由が分からなければ、別れなければいいと横山は必死に懇願したそうだ。
でも無理だった。
妻にとって理由なんて大事じゃなかったのだ。
それよりも別れたいと今まで思い続けたことに意味があるというのだった。
妻にとって別れることが希望で、救いだったと言われた。

横山は家庭内暴力をしたことも、モラハラをしたわけでもなかった。
それは妻も承知してくれたという。
妻はあえて理由を答えると、自分の人生本当にこれでいいのかと思った時に絶対に後悔すると思ったからだと言った。

「そこまで言われちゃあね」

横山はまたジョッキを飲み干した。
乱暴に置くと、店員を探していた。
横山の過去は誠一の想定を遥かに超えていた。
誠一は今まで横山に取ってきた自分の態度を消してしまいたかった。
罪の気持ちを誤魔化すかのように、誠一は持っていたジョッキをすべて飲み干した。
横山は誠一のジョッキを見て、2ジョッキ注文した。
まさか横山の場合も性格の不一致ということになるのではないか。
誠一はこの不安を横山に全て打ち明けようと思った。
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