第9話 思い出の場所

文字数 1,106文字

それはお互い無関心だってことになるんじゃない?

夫婦に会話がないことについて、ネットで検索すると大体の答えがこれだった。
たしかに祥子も悲しいことだと話していたが、それはこの一般論がそうさせているんだと思った。
夫婦はそれぞれ違う。
だから祥子との関係だって、祥子との場合で考えていけばいい。
とあるページでは熟年離婚の一番の原因は「性格の不一致」だと示されていた。
性格なんて違うのが当たり前だ。
それをいい塩梅に擦り合わせていくのが夫婦の醍醐味ではないのか。
そう反発してみたが誠一と祥子の場合も性格の不一致と言うことになるんだと思った。

「ベローチェ、どうでしたか? 私はあそこに行くと学生だった頃のことを思い出して、心が温かくなるんです。それに思い出の場所なんです。
今読んでいる小説はアガサクリスティの『春にして君を離れ』です。二回目なんですが、何度見ても面白いです」

誠一はアガサクリスティ―という名前は知っていたが、実際本を読んだことはなかった。
確かサスペンスで有名な作家だったということくらいしか頭に浮かばなかった。
誠一はスマホで「春にして君を離れ」を検索した。
そして電子書籍の購入ボタンを押した。
普段は電子書籍では読まないが、配達されたものを祥子に知られてしまうのを避けるためだった。
誠一はそういうところはきっちりしていた。

思い出の場所。
誠一はそれに関して聞きたいが、それを知るのを恐れている自分にも気づいていた。
誠一は祥子とは一度も訪れたことはないはずだった。
誰だ?
誠一は祥子との思い出を過ごした知らない人物に嫉妬していた。

「思い出の場所ってどういうことですか?」

誠一は送信しようかどうか迷っていた。
少し単刀直入過ぎないか。
新規を押すと、前の文が勝手に下書き保存された。
下書き保存しなくてもいい。
さっきの文を開き、削除しようとした時だった。
祥子からもう一通メールが届いた。

「小説は好きですか?」

「好きです」

誠一は送信した。
送ってから気づいたが、これは告白のような文だ。
勘違いされないだろうか。
前の文に続いていると思ってくれる。
無理やり自分に言い聞かせた。

「思い出の場所ってどういうことですか?」という文面を表示させ、また削除しようとした時だった。
祥子からメールが届いた。

「誠一さんにも思い出の場所ありますか?」

それに誠一はすぐに答えられなかった。
思い出の場所と祥子が答えたから誠一にとってもベローチェは特別であることには変わりなかった。
だからと言ってそこが誠一にとっても思い出の場所というわけではなかったた。
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