第38話 我が身を犠牲にしても

文字数 1,515文字

 降りてきた鳥は、クアアアと甲高い声で空気を切り裂き、鋭い嘴で、蛆虫を突いて食べる。
「あ・・・・ああ・・・」
 白い鳥に救われて、シャルエスは呆然と我を忘れて鳥に見入ってしまった。
 この禍々しい島でも、自然は正しい行いをして、汚れた地を浄化しているのだ。
「王子」
 アルラゴルが蛆虫の間から出てきて、倒れていたシャルエスを助け起した。
 その手には縄がある。
「計画は台無しになりました。すいません」
「いいんだ。仕方なかった。あの人がいないんだ。助けてきて。脱出するのは、また、次の機会を待とう」
「いいえ、もう二度とこんな機会は来ません。機会など、待っていてはいけません。この島から早く抜け出るのです」
「え・・・?」
 言うと、アルラゴルは弓矢を構え、一匹の鳥に狙いを定め、その首に縄をかけた。
 縄が絡まった鳥は飛び立てず、その一瞬の隙を突いて、アルラゴルは鳥の首に縄をくくりつけた。
 そして、次の瞬間にはシャルエスを鳥の背中の上に乗せた。
「うわっ」
 放り投げられるように上に上げられたシャルエスは必死で、鳥の背中にしがみつく。
「行って下さい、国を取り戻してください」
 アルラゴルは鳥の首にかかった縄をシャルエスの手に渡す。
「え?アルラゴルは?」
「こんな大群の蛆虫と蝿と、首長までいるのです。ここで、私は敵を食い止めます。ドゥルジも出てくるかもしれない。私ならひきつけられます」
「そんな」
 シャルエスを逃がすために、アルラゴルが自ら犠牲になろうとしていることに気づいて、シャルエスは衝撃を受けた。
「これも、持っていってください」
 言って、アルラゴルは剣のない柄の剣をシャルエスの手に握らせる。
「え?アンクを、なぜ?」
「私には無用です。私ではなく、使える者に渡してください」
「そんな、アルラゴル将軍、これがないと戦えないだろう?」
 シャルエスは自分のために、何もかも投げ出す覚悟のアルラゴルに悲痛な声を上げた。
 押し問答をしている時間などなかった。
 縄を押さえていたアルラゴルの手が離れると、鳥はすぐさま羽ばたく。
「アルラゴル将軍、駄目だ」
 シャルエスは叫んだ。
 呪術師、男たち、蛆虫と蝿、ドゥルジに囲まれているアルラゴルを武器もなく、こんな場所に一人で置いていけるわけない。
「あなたが生きていれば、望みがある。この世界から悪を追い払うのは、あなただ。あなたは行って、皆を救ってください」
 言って、アルラゴルは蛆虫の下敷きになっていた水兵風の男を片手に抱える。
「アルラゴルううううううう」」
 飛び立ったシャルエスの目に、すぐにアルラゴルは遠ざかる。
 シャルエスの言った通り、鳥は無難に上空に舞い上がり、アルラゴルは最後の最後まで、シャルエスが正しかったことを知った。
 とうとう、恩人の息子を島から脱出させることが出来た。
 脱出させるだけしか出来なかったけれど、シャルエスが無事に島から飛びたてたのを見て、アルラゴルには満足だった。
 復讐するのは恐ろしいと言って、泣いたシャルエス。
 あの素晴らしい子を、この汚れた島に長く置いておくことなど出来ない。
「アルラゴル、ここでお前のマイトを神に捧げよう」
 やれやれ。
 邪魔ばかりする厄介な人間が、いつまでもしゃしゃり出てきて、うっとうしい。
 これで、ようやく解放される。
 翡翠の仮面を被った呪術師ブドゥルが、刃渡りの広い刃物を振り上げ、呪文を唱える。
 が、首長ブドゥルの強力な呪詛は、逃げ惑う多量の蛆虫が塞いだ。
 アルラゴルの周囲に無数の蛆虫と蝿が押しかかり、アルラゴルは生贄の犠牲者を両手で抱いたまま身動きできず、されるがままになった。
 その姿はすぐに多量の蛆の大群に飲み込まれて、見えなくなった。
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