第8話 シャルエスの受難

文字数 2,846文字

 それから、旅の過程は過酷を極めた。
 何日の行程だっただろう?
 国境地帯を出るまで、箱に入れられて揺さぶられ、ようやく出れたと思ったら、岩肌が切り立った山道を歩かされ、次に出た砂漠を何日も歩かされた。
 ジャヒーたちは食人悪鬼に似た馬に乗り、悠々と進んでいたけれど、次のオアシスがなかなか出てこない。あいつらは水を飲む習慣がないから、私を馬鹿にしてからかって、いつ死ぬかの賭けをしていた。
 常人なら到底わたりきれぬ砂漠を、あいつらが差し出す水をむさぶるように飲んで、あとは気力でどうにか歩き続けた。
 砂漠を抜けてからは、海沿いの開けた地帯に出て、あいつらは人の目がある道を、隊商の体を装って進んだ。
 服もズボンもぼろぼろ、靴もすでになくなっており、顔も焼け爛れて、泥で汚れて、木の檻に要れられていたから、成金が奴隷を手に入れて運んでいるように見えただろう。
 そんな景色が見えたのも数日のことだった。檻の周囲には板が渡され、上からはボロ布が被せられた。
 過酷な移動で疲労し、ろくに食料も与えられず栄養失調になり、気を失いかけていたから、海を渡っていることなど気づかず、いつ移動が終わったのかも分からない。
 目が冷めた時にはもう、この島にいた。
 おそらく、北ペルシス海にあるどこかだろう。
 島に残る石造の神殿の遺跡やピラミッドや、ごろごろ出てくる白骨から、一度話に聞いたファイラキオ島かもしれない。
 島の住民は数十人。
 彼らは残酷、非道、残忍。
 島の関心事は忌まわしい神に祈る儀式のことばかりだ。
 島から出ることなく、外界の知識や学識の知識などに興味を持つこともなく、次の儀式のことだけが彼らの仕事で、道具や用具を揃えたりする。
 それ以外は、島から出ることなく生活できるこの島で、田畑を耕したり、漁に出たりする。あとは暇そうだ。
 ここは儀式の島だ。古代からの。
 だが、宗教らしい特徴があるだけで、人間らしいものがまるでない島だ。
 男たちは神に祈る儀式のことしか興味がないし、女子供たちは男たちの奴隷で命令を聞くことしか頭になく、日々を無為に過ごしている。
 来て初日から、この高床式建物に放り込まれて、監視されている。
 部屋の中には、寝床用の粗末な麻布があるだけで、他は何も備わってない。
 母国にいたときは、朝目覚めたら、朝陽の眩しさに感動したし、一日の始まりにやる気が沸いたし、多くの人と出会い、多くの話題を話す期待や喜びがあった。
 けれど、ここでは朝が来ても無味乾燥しているし、外の世界は虚無しかない。
 請い願えば、外に出してもらえる。用を足すのもそうだ。
 肌の朝黒い男の見張りが数人付き従ってくるが、彼らのそばにいる限りは、自由に出来る。ぶらぶらと周囲を散歩できるし、彼らの集落を許される限り見て回ることも出来る。
 いわゆる軟禁状態だ。
 彼らのシャルエスを見る目は、畏怖と尊敬に満ちていて、出会っても果物をくれたり、拝まれたり、歓迎は最高級のものだから、どうやら自分は偉いものとして崇め奉られているらしかった。
 この島に辿り着く途中で、ジャヒーが言っていた。
「もう国に戻れないわよ。でも、あんたは、新しい土地で自分の国を築くことは許してもらえるの。良かったわね。今から行く土地で、存分に国を作るといいわ。そこでなら援助もある。今からあんたは、国王様よ。でも、代わりにその土地から出ちゃいけない。そこで一生を終えるの。あんたが国に戻らなければ残党狩りはしないわ。あんたの縁者も友達も、家族も親戚もみんな無事に暮らせる」
 その言葉を聞いて、シャルエスは言った。
「誰だ?私にそんなことを言ったのは誰だ?」
 ジャヒーは馬車の荷台から発した声を聞いて、くすくす笑っただけだった。
「今、我が国で国王となっている人間は誰なんだ?」
 全てを察知したシャルエスは言ったが、ジャヒーも相変わらず答えなかった。
 ここへ来て、自分が彼らの最高級の客品として、迎え入れられていると知ったとき、シャルエスは自分をここに追放した人間の意図を知った。
 原住民しかいない島で、王だと?
 こんな島で援助をもらって、何が出来るというのだ。何も建たない、何も成さない。何も作れない。
 私を馬鹿にするつもりか。
 ここでなら、好きに生きられる?
 ここが巨大王国になろうと、儀式王国になろうと、私には関係がない。
 早く脱出するためには、島を抜け出る計画を練る必要があったが、閉鎖的な環境に置かれている今は、上手い脱出方法が思い浮ばなかった。
 仕方なく、しばらくは島民の生活に甘んじた。
 そのうち、島民はこの島の特殊な儀式に、シャルエスを連れて行き始めた。
 シャルエスがそれに出席しなければならないのは、迷惑極まりなかった。
 その日になると、女はシャルエスの体に臭い汁を塗りたくり、頭に緑の葉を刺した縄を巻く。
「なぜ、私を連れて行く、私は関係ないじゃないか、放っておいてくれ。私をここに一人にさせてくれ」
 嫌がるシャルエスを、島の男たちは無理やり連れて行く。
 島の人間は、片言で、シャルエスのことを国王様と呼ぶ。
「シャルエス、国王様」
 両側から羽交い絞めされて、足を引きづられて、シャルエスは悲痛に声を上げる。
「違う、私は国王じゃない。絶対嫌だ。私は何もしたくない、私はこんなところで、こんなことをしたいわけじゃない」
 高床式部屋を出ると、まっすぐ歩いて、そのままずるずると連れて行かれたところは、高い彫像塔の広場。
 異様な声が聞こえる。
 まるで、呪いの声が地面から立ち上っているようだ。
 ウーアー、ウーアーと、低い地面を這うような声。
 時折、甲高い叫び声。
 頭に縄をくくりつけた男たちが円形に座っている。
 中心には、あたりの闇を煌々と照らす大きな焚き火が燃え盛っている。
 不気味な顔を掘った木の彫像を積み重ねて作った塔が、下の人間たちを虚ろな目で見下ろしている。
 中の一つは一番大きく、鳥の羽をつけて、鳥の神ルーウークのようだが、まるで違う不気味な顔だ。
 中心には、背中まである長い白髪で、目に鮮やかな緑色をした翡翠の仮面をつけたやせ細った老人がいる。
 この集落の首長ブドゥン。
 大きな葉をつけて冠のようにした縄を巻き、体には葉で織り上げた飾りをつけ、首や手足に赤や白のアクセサリーをつけて、忌まわしい気配を漂わせている。
 左右には、部下の男たちを従えている。
「静まれ、男たち(バイコス・ベッヘ)」
 シャルエスは首長たちの前に連れて行かれて、首長ブドゥンの前で座らされる。
「我らの国王様を祝おう。外世界から来た黄金色の髪の国王。しみ一つ無い白い肌の若き王。我らの新しい指導者だ」
 ブドゥンが号令すると、男たちは一斉に奇声を発し始める。
「我らの国王、我らが国王」
「我らの国王、我らが国王」
 男たちはシャルエスを称える言葉を繰り返す。
 シャルエスは何を言われている分からず、恐怖するだけだ。
「新しい国王様、指導者である証を我々に見せてください」
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