第65話 地獄出現
文字数 1,795文字
手と手を合わせ、ドゥルジが何事か唱え始める。低い声で、聞いたことがない言葉。
シャルエスには分かった。先ほど、ノーンハスヤも唱えていた言葉だ。魔物の呪文だ。
ドゥルジの声は、幾重にも空間の中で重なり合い、ずっと居残って周辺を回る。
と、周囲の景色が茶色に変色し始めた。
どんどんとその染みは広がり、空間が土色の濁色で染まっていく。
「不浄の大地を呼び出した」
ノーンハスヤは金縁眼鏡をつまんで、よく見ようとする。
「ドゥルジの腐りきった不浄の土地が出てきたぞ」
青い海が綺麗な島に、隠れていた地獄が姿を現した。
草木は枯れ果て、土はヘドロ。悪臭を放つ空気。
腐る生物に群がる虫。
屍に巨大な卵を産み付ける巨大な蝿。
空には無数の羽虫が飛ぶ。
地面にも、無数の関節に節がついた黒光りする虫がいる。
「なんという、この世界の中に、こんな世界を隠すとは」
アシャも驚愕して、周囲を見回す。
「ふっふ、ここでは私の力は倍増し、お前の力は激減する。この不浄の世界に、綺麗なままでいられるかな、アシャ」
シャルエスはあっとなる。
見ると、アシャの体が焼けていくように、黒くなりながらどんどんと端から消えていこうとしている。
「ふっふ、この状態でも、私の攻撃を防げるかな?」
間髪入れず、ドゥルジはアシャに強烈な一撃を繰り出した。
アシャの胸が大きく押し込まれ、後ろに吹っ飛ぶ。
形成逆転。
魔の世界で、全身が回復したドゥルジは、明らかに優勢だった。
地獄の邪気で力が抜け、体が消えていこうとするアシャは、すでに敗走状態だ。
「アルラゴル」
「ええ」
シャルエスに言われるよりも早く、アルラゴルは加勢に回った。
空中で対決する神が落ちてくる。
アシャが下に、ドゥルジが上になって、地面についたところで、アルラゴルは黒い棘が出た拳を突き出して、とどめを刺そうとするドゥルジを剣で飛ばした。
「すまないな、がつんはこれからだ」
「それだけまだ言えるなら、大丈夫だな」
陽気な神がまだ健在であることでほっとしたのも束の間。
苛立ったドゥルジが自分を睨みつけているのに気づいた。
穏健な人物そうに見えるドゥルジの顔が、これほどまでに壮絶に殺気立つのかというほど野蛮にぎらぎらとしている。
「おのれ、アルラゴル、お前から先に消してやる」
地獄で本来の力を発揮するドゥルジを相手に、アルラゴルが倒せるわけがない。
腹を決めたが、腕には緊張感が走る。
地獄でますます強くなったドゥルジが、アルラゴルを襲う。
前回戦ったときとは比べ物にならないほど、素早く、拳の威力も凄まじい。
攻撃など出来ない。逃げるだけが精一杯だ。
「それでも、逃げられるのか」
一戦交えて、ふらつきながらも目の前に立つアルラゴルの美貌を見て、怒り心頭に達したドゥルジは、どす黒い執念のこもった増悪を見せた。
「私も本気を出すときが来たようだな」
だんだんと、ドゥルジの体が変化する。
紫色の上半身は黒色になっていき、顔は大きな房の形をした複眼、無数の牙が並んだ口。
背中には、黒い羽と、白い羽が生えて、ぶんぶんと音を立てる。
蝿だ。
アルラゴルはこれほど醜悪なものを見たことがない。地上の蝿とは違う、魔人。
ぶばっと、アルラゴルに白い粘液がかかり、体を束縛した。
あっと思う間もなく、一瞬で捕らえられた。
体中が痺れて、力が入らなくなる。
「ある種の魔界の蝿は、食べる前に唾液で作った網を獲物にかける」
ノーンハスヤが解説したが、シャルエスはもう聞いていなかった。
アルラゴルがやられてしまう。全て終わってしまう。この世界も、息が詰まって死にそうになる。
「ふっふっふ。お前をこの世から消すようにとの指示だ。お前は死んでも、なぜか生き返る。もう二度と生き返らないように、一欠けらも残さず、この世から消えてもらうぞ」
そう言って、ドゥルジはアルラゴルの体に、口から出した長い消化管を突き刺した。
ちゅるちゅると、吸い込む音がする。
「ぐっ・・・・」
痺れて動かないアルラゴルの体から、ドゥルジは体液を吸いだす。
巨大な蝿の口は導管のように巨大で、瞬時にアルラゴルの体は吸い上げられてしまった。
「あ・・・・」
目の前の出来事に、最も信じられぬ衝撃を感じたのは、シャルエスだ。
「アルラゴルーーーーーーーーー!」
「ふっふっふ。次はお前たちだ。だが、まずアシャを始末してしまわねばな」
シャルエスには分かった。先ほど、ノーンハスヤも唱えていた言葉だ。魔物の呪文だ。
ドゥルジの声は、幾重にも空間の中で重なり合い、ずっと居残って周辺を回る。
と、周囲の景色が茶色に変色し始めた。
どんどんとその染みは広がり、空間が土色の濁色で染まっていく。
「不浄の大地を呼び出した」
ノーンハスヤは金縁眼鏡をつまんで、よく見ようとする。
「ドゥルジの腐りきった不浄の土地が出てきたぞ」
青い海が綺麗な島に、隠れていた地獄が姿を現した。
草木は枯れ果て、土はヘドロ。悪臭を放つ空気。
腐る生物に群がる虫。
屍に巨大な卵を産み付ける巨大な蝿。
空には無数の羽虫が飛ぶ。
地面にも、無数の関節に節がついた黒光りする虫がいる。
「なんという、この世界の中に、こんな世界を隠すとは」
アシャも驚愕して、周囲を見回す。
「ふっふ、ここでは私の力は倍増し、お前の力は激減する。この不浄の世界に、綺麗なままでいられるかな、アシャ」
シャルエスはあっとなる。
見ると、アシャの体が焼けていくように、黒くなりながらどんどんと端から消えていこうとしている。
「ふっふ、この状態でも、私の攻撃を防げるかな?」
間髪入れず、ドゥルジはアシャに強烈な一撃を繰り出した。
アシャの胸が大きく押し込まれ、後ろに吹っ飛ぶ。
形成逆転。
魔の世界で、全身が回復したドゥルジは、明らかに優勢だった。
地獄の邪気で力が抜け、体が消えていこうとするアシャは、すでに敗走状態だ。
「アルラゴル」
「ええ」
シャルエスに言われるよりも早く、アルラゴルは加勢に回った。
空中で対決する神が落ちてくる。
アシャが下に、ドゥルジが上になって、地面についたところで、アルラゴルは黒い棘が出た拳を突き出して、とどめを刺そうとするドゥルジを剣で飛ばした。
「すまないな、がつんはこれからだ」
「それだけまだ言えるなら、大丈夫だな」
陽気な神がまだ健在であることでほっとしたのも束の間。
苛立ったドゥルジが自分を睨みつけているのに気づいた。
穏健な人物そうに見えるドゥルジの顔が、これほどまでに壮絶に殺気立つのかというほど野蛮にぎらぎらとしている。
「おのれ、アルラゴル、お前から先に消してやる」
地獄で本来の力を発揮するドゥルジを相手に、アルラゴルが倒せるわけがない。
腹を決めたが、腕には緊張感が走る。
地獄でますます強くなったドゥルジが、アルラゴルを襲う。
前回戦ったときとは比べ物にならないほど、素早く、拳の威力も凄まじい。
攻撃など出来ない。逃げるだけが精一杯だ。
「それでも、逃げられるのか」
一戦交えて、ふらつきながらも目の前に立つアルラゴルの美貌を見て、怒り心頭に達したドゥルジは、どす黒い執念のこもった増悪を見せた。
「私も本気を出すときが来たようだな」
だんだんと、ドゥルジの体が変化する。
紫色の上半身は黒色になっていき、顔は大きな房の形をした複眼、無数の牙が並んだ口。
背中には、黒い羽と、白い羽が生えて、ぶんぶんと音を立てる。
蝿だ。
アルラゴルはこれほど醜悪なものを見たことがない。地上の蝿とは違う、魔人。
ぶばっと、アルラゴルに白い粘液がかかり、体を束縛した。
あっと思う間もなく、一瞬で捕らえられた。
体中が痺れて、力が入らなくなる。
「ある種の魔界の蝿は、食べる前に唾液で作った網を獲物にかける」
ノーンハスヤが解説したが、シャルエスはもう聞いていなかった。
アルラゴルがやられてしまう。全て終わってしまう。この世界も、息が詰まって死にそうになる。
「ふっふっふ。お前をこの世から消すようにとの指示だ。お前は死んでも、なぜか生き返る。もう二度と生き返らないように、一欠けらも残さず、この世から消えてもらうぞ」
そう言って、ドゥルジはアルラゴルの体に、口から出した長い消化管を突き刺した。
ちゅるちゅると、吸い込む音がする。
「ぐっ・・・・」
痺れて動かないアルラゴルの体から、ドゥルジは体液を吸いだす。
巨大な蝿の口は導管のように巨大で、瞬時にアルラゴルの体は吸い上げられてしまった。
「あ・・・・」
目の前の出来事に、最も信じられぬ衝撃を感じたのは、シャルエスだ。
「アルラゴルーーーーーーーーー!」
「ふっふっふ。次はお前たちだ。だが、まずアシャを始末してしまわねばな」