第67話 離島。さらば、ファイラキオ島

文字数 3,283文字

 ファイラキオ島。
 ドゥルジのいた島。
 離れていく海岸を見ながら、シャルエスは横で船を漕ぐアルラゴルに言った。
「この島は、これからどうなる?」
「今後、魔虫はいなくなり、島は平和になるのでないでしょうか」
「いや、そんなことはないと思う。ドゥルジは消えた、けれどこの島は変わらない。ハエや虫がいなくなっても、生贄を捧げる儀式は続いていく。この島の人間は変わらないから。今後も変わらない」
 シャルエスは悲しそうに言ったが、アルラゴルは冷静だった。
「この島の暮らしに、誰も文句を言えません。彼らは好きなように生きて、好きなように生活するだけです。それは誰にも変えられません」
「犠牲者になるところだった私から言わせてもらえば、ここは危険区域として、十分なお触れを出してもらいたいですね」
 漂流した外国人は言った。
「それでも、十分とは言えないですが」
 ノーンハスヤが通訳した。
「だてに、三千年生きてないからね」
 シャルエスが誉めたが、ノーンハスヤは当然のように思っていた。
「対岸の大国がありますから、そのうち、彼らは掃討されるでしょう」
 アルラゴルがこのときばかりは、目を伏せた。
「それでも、どこかの人間が住み着いて、まだこの島はあの調子でやっていく。そんな気がするがね」
 ノーンハスヤが、海の水をちゃぷちゃぷしながら見つめる。
「この島の魔虫はどうなる?ドゥルジ蝿や、君が実験した実験室なんかは?」
「魔虫はドゥルジがいたから、生きていた。そのうち、いなくなるだろう。地獄世界も消えるはずだ。でも、まあ、またドゥルジが出てきたら、始まるだろうけどさ。それも、ずっとあとの話だね、君らは関係ない」
「じゃあ、まあ、とにかく、ドゥルジが消えて、一つ平和になったのは、なったんだね」
「ま、束の間ね」
 シャルエスは頷いて、アルラゴルに向き合った。
「一つ謎は、アルラゴルがどうして、最強のアシャを呼べたかだけど・・・」
 見事な負けっぷりを目の当たりにしたシャルエスは、なぜアルラゴルがアシャを呼べたのかが気になっていた。
「お前は義者になったのだ」
 船にはもう一人がいた。
 アシャだ。
 乗っているのではなく、海の上で浮いていた。
 黄金色のアシャは、無造作にあぐらを書いて、かなりリラックスした楽しげな様子だ。
「あ、やっぱり?」
 シャルエスは予想していたことが的中して、それも最高の結果を得たことを喜んだ。
「でも、私は・・・・一人で呼ばなかったのでは?」
「いや、お前はもう一人で呼べるのだ」
 アシャが言うことに、アルラゴルも最善の結果に至ったことに気づいた。
「じゃあ、あのとき、アシャはアルラゴル一人で呼んだんだね」
 シャルエスはアルラゴルの腕をぶんぶんと振って、喜ぶ。
「凄いや。アルラゴル。善神を呼べる義者になったんだ」
 己の心を知る者としては、素直に喜べないが、シャルエスのために、今後善神を呼ぶことが出来るなら、今後もこの心がけを大事にしたいと思えた。
 アルラゴルが義者となれたなら、それはシャルエスのおかげだ。
 善神を呼び出す善の心を掴めたのは、シャルエスがアルラゴルの心に良き心を与えてくれたからだ。
 良き心を与えられ、それを同じものを探すことができたから、善神を呼べたのだ。
「凄いなあ。悪の神と対峙する者まで出現して、今後、私の戦いはどうなっちまうんだ?」
 シャルエスは海を見つめて意気揚々と言うのを、アルラゴルは優しい目で見守っていた。
「これからは、あのときのように善神を呼ぶがいい。お前の元に、善神は現れるだろう」
 アルラゴルのほうが喜びが大きかったのを、シャルエスは見た。
 これで、祖国の悪神がいくら出てきても怖くない。
「あ、あ、待て、待て。それほど完璧だったわけでない」
 両手で制して、アシャははっきりと言う。
「私の本来の力で戦えばあすこまで長引くこともなかった。善神の嫌がる復讐心も、まだ抱えておる。だから、アルラゴルは誉めるべきではない」
「え・・・・?」
「まあまあな義者だ。お前。まあまあのな」
 アルラゴルはがっくりときた。ぬか喜びした。
 それはそうか。まだ完璧な義者ではないのは当然だ。
 まだまだハゲファや起こったことを憎む気持ちはある。
 けれど、今回は悩み、苦労し、死ぬほど殴られて、練習までした。
 命かけて半死半生で呼んだのに、まだその程度だったとは、なんだか悔しい。
「まあ、あれでドゥルジぐらいは倒せたから、良かった。今のように普通より下、いや以下なら、先が思いやられる。今後も、強敵は続くのだ。お前は今後、もっと精進しろ」
 こんな時だ、喜びが半減しないように、もっと気遣ったほかに言い方はないのか?と、思ったが、不適格なのがアルラゴル本人だったから言えない。
 まあ、繊細な心使いなどしない陽気な神だから、言ってもせんないことは分かっている。
「はい」
 気がくじけそうだったが、言われたことを素直に、アルラゴルは聞いた。
「では、またな。アルラゴル。必要な時は、いつでも私達を呼べ。私たちはいつも、お前たちの身近にいて、お前たちを見守っている」
 アシャはそう言うと、青空の中へ水のように透明になっていった。
 以前、アールマティに言われたことを似たようなことを言われて、アルラゴルは懐かしく、思い出深く、思い出した。
 このたびも、結局、善神に助けてもらった。
 彼女らが言うとおり、善神はそばにいるのかもしれない。
 澄んだ目で、アシャが消えた海を見つめている姿を、シャルエスは笑顔で見つめた。
「アルラゴル」
「はい」
「何度駄目だと思ったか。でも、そのたびに助かった。だから、今後も諦めないでやろう、今後も、ハゲファ伯父まで辿り着くまで、きっと困難な道になるのだと思うけど、本当に道が途切れるまでは、諦めないで、やっていこう。この先もずっと、私を応援して欲しい」
「分かりました。王子は私の友。王子が復位するまで、お支えします」
(言われた通りになったな・・・)
 胸に小さな痛みを走らせたのは、はかなげな面影がもたらしたものだ。
「その方を連れてくる間、あなたは考えてください。これから復讐の鬼として生きるのか、それとも、大事な人を守る心ある人間として生きるのか」
 アースリー。
 アースリーは、アルラゴルがシャルエスと会って、彼に尽くすことを見抜いていたようだ。
 鋭い洞察力の持ち主は、やはりきょうだいだ。
「ああ、岸がもうすぐだ。え?これだけしか、なかったの?距離」
 あっという間に、もうすぐ次の岸だ。
「さて、アルラゴル、これからどうする?」
 澄んだ目で対岸を見るアルラゴルの様子を、シャルエスはこっそりと伺う。
 シャルエスは、アルラゴルが今後、復讐心に捕らわれて善神が呼べないことがないようにしたい。
 それには、どうしたらいいのか?
 シャルエスはアルラゴルの心をこれからも見つめていきたい。
「いきなり、即位の礼をやるのは、早いよな」
「いいですね、それは。一撃で、ハゲファを貶められます」
「駄目だ。即位をするには、我が国では必要な用具を揃えるんだ。それがないとな」
「では、潜伏先に心当てはありますか?」
「ないなあ」
「分かりました。私がハゲファとイカイアを」
「将軍、用意周到な伯父が待構えてないわけない。あなたはまず、善神を呼ぶ練習をしないと」
「分かりました」
「占領された国を奪還するなんて、本当に私達で出来るかな」
「まず、ローチャナ師匠がいる村へ戻りましょう。そこでいったん、相談します」
「ああ、私も私の親戚や、母にも連絡を取りたい」
 今後のことを話し合うと、何日もかかりそうだった。
「あ・・・・・」
 青空を見つめるシャルエスの肩に、あの白い鳥が飛んできた。
 ぴーっと鳴いて、ばさばさとしたあと、シャルエスの肩に止まる。
「お前、生きていたか」
 どさくさに紛れて、離れ離れになったあと、行方は分からなくなっていた。
「その鳥・・・いたんですか」
 意外そうにアルラゴルが見る。
「ああ、ん、ちょっとな・・・」
 すでに懐かしい記憶を思い出しながら、シャルエスは大切そうに白い鳥の喉元を撫でた。
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