第35話 儀式の本番

文字数 2,349文字

「神々よ、我らに力を与えたまえ。我らグイヌは、神の恩恵を受けて、生き残るべし」
 大きな薪のが暗闇に赤々と燃え上がる。
 火の回りには、頭に縄を巻き、腰布一つの肌の浅黒い男たちが円形に座っている。
 アルラゴルは、儀式の様子を見下ろしていた。
 村の広場を見下ろせる手ごろな崖だ。
 円の中心には、首長ブドゥルがいる。
 牙を向いたり、目を見開いたりしている不気味な顔を積み重ねた木の塔が、火の明かりでちらちらと表情を変える。
 村の中で、もっとも背の高い塔“太陽の塔”の前では、首長の前にシャルエスが座らされ、左右に屈強な手下の若い裁判官が控えている。
「村人どもよ、神はどこにおわすのか」
「ここにおわされます」
「村人どもよ、生きながらえるためには、神に命をもらわねばならないのか」
「そのとおり」
「我らは神の子孫。神とのつながりを保つ」
「おおー、首長、そのとおり」
 首長は光沢のある鮮やかな翡翠の仮面をつけている。
 手には光る石を持って、男たちと何事かを唱えている。
 その二つの財宝だけは、アルラゴルは見事だと認めた。
 首長の装いは、大きな葉を差し込んだ縄の冠、胸元に葉で織り上げた飾り、首や手足に赤や白のアクセサリーをつけて、儀式の装いだ。
 シャルエスも似たような格好をさせられている。
「今日も、神から与えられた力をお前たちに見せよう(バナイナセレボレイ、イナイナウ、ミレユモレ、テレイナウ)」
 首長が何事かを唱えると、足元の地面が波打つ。
 シャルエスは周囲の男たちもまた、体がぶくぶくと沸騰しているように、ぼこぼこ肌が波打つのを目にした。
「な・・・・・」
 目の錯覚かと思った。
 遠くから闇夜を見通しているのだから、火の明かりの加減ででも、そう見えるのかもしれない。
 シャルエスの肌もぼこぼことしていたが、微動だにせず落ち着いている。
 彼が騒ぎ出したら、アルラゴルは手にした剣を持って、村民の中へ襲撃しに行っていただろう。
「我らが神よ、生命の源をこちらへお流しください」
「我らが神よ、我らの家と子供のために、力をお貸しください」
「我らが神よ、われらのマイトと形と威厳のために、あなたの名を呼びましょう」
「我らが神よ・・・・」
「静まれ、男たち(バイコス・ベッヘ)」
 村長が言うと、男たちは一斉に静まった。
 手には発光する円柱型の石を持ち、まるでランタンのような明るさをしている。
「今日も、神から与えられた力をお前たちに見せよう(バナイナセレボレイ、イナイナウ、ミレユモレ、テレイナウ)」
 周囲の男たちは真っ黒な汁を入れた木の器を回し飲みし、次々に瞑想状態に入っていく。
「わが神よ、わが民に栄を」
 赤い火が燃えさかる広い広場で、男たちが合唱している。
 汁を塗ったくって体がぬめぬめと光った男たちは、皆一様に何かに取り付かれたような張り付いた表情をしている。
 ときおり、甲高い叫び声。
「静まれ、男たち(バイコス・ベッヘ)」
 シャルエスの登場に気づいた首長ブドゥンが、前回と同じように祈りを止めた。
「村人たち、わが家族たちよ。神を称えたいか?」
 最大の彫像塔の前にいた白髪の長い髪を扇のように広げた老人首長ブドゥンは、翡翠の仮面をつけ、赤く光る円柱型の石を掲げた。
「おおー」
 と村人たちは賛同する。
「では、我らグイヌは、ハイダグアイの神々を讃えよう」
「おおー」
 男たちは一斉に立ち上がる。
 首長が先頭で行列をつくり、また洞窟のほうへ進んだのだが、その手前で曲がる。
 大きな石がごろごろと転がる瓦礫の岩場。
 煌々と明かりがついた中心の岩では、平らな地面を利用して、小さな祭壇が組まれていた。
 周辺には、小さいながら醜悪が顔を連ねて作った塔が幾本も立てかけられている。
 祭壇には小さな社の前に、食料や杯、花などが備えられている。
 シャルエスは祭壇の前に連れて行かれ、祭壇の前に座らされる。
 周囲の男たちが、奇声と読経を上げて、シャルエスとその祭壇に向かって拝み続けるのを、シャルエスは莞爾と聞き流していた。
 しかし、その声は延々と続いている。
 アルラゴルは高い岩の上に上り、儀式の様子を眺めた。
 儀式の本番を迎えて、いよいよ行動に移る準備を始める。
「男たちよ、命のために、呼吸せねばならぬ。命のために、糧を与えねばならぬ。我らの神を讃えるために、我らの力を増さねばならぬ」
「おおー」
「生贄を」
 アルラゴルには何を言っているの分からなかったが、シャルエスの様子がおかしくなってきたことに気づいて、訝しく思った。
 なぜだろう?鳥が来るまでは、大人しくするようにと、お互い確認し合った。まだ儀式が続くはずだ。
 じっと儀式の様子を見ていると、なんだか様子がおかしい。
 ウーアーと唱える男たちの中から、一人の男が連れられて出てくる。
 金の髪、白い肌で、どこから見てもこの村の人間ではない。
 プーヤーは逃げ切れただろうか?などと考えている余裕もなく、一人の白い肌の男性が斎場へと連れられていく。
 水平服のズボンを着た人間は、首長ブドゥルの前へ連れて行かれ、屈強な男たちが用意した十字架にくくりつけられる。
 水兵風の若者は、何事か異国の言葉で叫んでいる。
「男たちよ、我らの聖石は、この世で神が残した玉石。太陽の塔の守護神。我らを守る導き手」
 男たちはおおーと激しく奇声を上げる。
「遥か昔、島の外からきた聖なる石。赤の玉石。この中の血を我らが与えることにより、我らは死なない。我らは生きる」
「我らは生きる」
 男たちの合唱が重なり、大きな反響が石の斎場に響く。
 首長が鋭く光る鉈ほど大きい刃物を取り出したのを見て、シャルエスは突然叫んだ。
「わあああああっ」
 明らかに聞いていたことと違うことが起こっている。
 アルラゴルは緊急事態だと悟った。
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