episode 1 緑色の月を見たい
文字数 963文字
雨の日は教室の電気をいつもより黄色く感じる。ときには蛍光灯が一つ二つ欠けている気がして、湿気はうっとうしいけれど、その憂鬱 な特別感から何だか終わるのがもったいない時間に思えるのだった。
「昼休みのサッカーはレーズンなんかより百万倍大切なのにぃ……!」
給食のレーズンパンと雨を歎 きまくった権藤 君を中心に、今は教室の後ろ、なぜか僕の席の近くにだらけた男子が集まっている。今一番見たいものの話で盛り上がり始めたところだ。
中学生のくせに「更衣室が見たい」と言ったお調子者の次が、人づきあいが苦手で参加していないはずの僕。しかたなく「緑色の月を見たい、かなあ」と思った通りを口にして、うわあつまんねえと皆をしらけさせてしまう。ああ、考えが子供っぽすぎた。何しろ僕の前の奴は女子の着替えだ、いいか悪いかは別として次元が違いすぎる。
そのとき、靴跡にぬれた廊下から入ってきた千尋が「何がつまんないの?」と話に首を突っ込んだ。
「いやあ、初瀬川 の奴に何が見たいか訊いたら『緑色の月』だぜ? つまんねえだろ?」
権藤君が僕、初瀬川碩哉 を笑って答える。彼女はちらと僕の目を見やり、彼のほうを向き直してこう返した。
「緑色の月、私見たことあるよ」
えっ?
僕は突然の〝助け舟〟にどきりとする。僕を助けるつもりなどないだろうに、千尋がうそをついたのは間違いなかった。緑色の月なんてあるわけない、ないからこそ僕は見たいと言ったのだし。そして周りに相手にされなかったせいかうそだからか、蔑 みの視線に気づいたのか、彼女も月の話に花を咲かせようとはしなかった。
ただ僕は、翌朝には自分が口にした月を本当に見てみたいと思うようになった。いや見たかったのはもっと前の夏休みからだが、ありもしない緑色の月を見る意味が一つ増えたのだ、それも突然に。
一言でいえば、僕はクラスメートの千尋のことが好きになっていた。あまりに突風すぎる一瞬のきっかけ。でも僕は確かに恋に落ち、彼女が言ってくれたことは現実にしなければならないと思った。好きな人のために意地でも緑色の月を見つけ出すのだ。
もし僕が普通の中学三年生みたいに女子に気軽に声をかけられる男だったら、彼女の一言はうそだとはっきりさせて過度のがんばりに身を投じる必要もなかったけど、残念なことに僕は思いきり奥手だった。
「昼休みのサッカーはレーズンなんかより百万倍大切なのにぃ……!」
給食のレーズンパンと雨を
中学生のくせに「更衣室が見たい」と言ったお調子者の次が、人づきあいが苦手で参加していないはずの僕。しかたなく「緑色の月を見たい、かなあ」と思った通りを口にして、うわあつまんねえと皆をしらけさせてしまう。ああ、考えが子供っぽすぎた。何しろ僕の前の奴は女子の着替えだ、いいか悪いかは別として次元が違いすぎる。
そのとき、靴跡にぬれた廊下から入ってきた千尋が「何がつまんないの?」と話に首を突っ込んだ。
「いやあ、
権藤君が僕、初瀬川
「緑色の月、私見たことあるよ」
えっ?
僕は突然の〝助け舟〟にどきりとする。僕を助けるつもりなどないだろうに、千尋がうそをついたのは間違いなかった。緑色の月なんてあるわけない、ないからこそ僕は見たいと言ったのだし。そして周りに相手にされなかったせいかうそだからか、
ただ僕は、翌朝には自分が口にした月を本当に見てみたいと思うようになった。いや見たかったのはもっと前の夏休みからだが、ありもしない緑色の月を見る意味が一つ増えたのだ、それも突然に。
一言でいえば、僕はクラスメートの千尋のことが好きになっていた。あまりに突風すぎる一瞬のきっかけ。でも僕は確かに恋に落ち、彼女が言ってくれたことは現実にしなければならないと思った。好きな人のために意地でも緑色の月を見つけ出すのだ。
もし僕が普通の中学三年生みたいに女子に気軽に声をかけられる男だったら、彼女の一言はうそだとはっきりさせて過度のがんばりに身を投じる必要もなかったけど、残念なことに僕は思いきり奥手だった。