episode 47 リナの勘違い
文字数 1,464文字
『おやおやヒロヤ、どうしましたか?』
あまりのことに心臓まで凍りつきそうな僕に、ルナがもう一度声をかけてきた。もちろんリナと同じくそばで出された音に感じる。
「あ、あの、そうです。リナの悩み、願いをかなえたいんです。でも僕、ルナとも話せたんですね」
『われもわかっていますが、リナとツキノナミダを使いましたね。ヒロヤに、地球に対して使ったはずです』
一人称「われ」のルナは僕の問いかけを無視して話を進め、僕がうなずくとさらに『ツキノナミダが一度しか使えないことはごぞんじですね?』と訊いてきた。
「前に、リナが言ってたけど……」
『実はわれには使えない呪文で、リナであってもあなたとは一度きりなのです。しかしこれはリナの勘違いでして、ツキノナミダは地球に対してはその一度すら使えないのですよ』
「え? そ、それって──、じゃああれは成功してないんですか?」
僕が驚いて訊ねると、
『いや、おそらく成功したのではないでしょうか。ただ、地球に効果はありません。しっかり成功してもです。もしそのあとで何か達成できたなら、それは別の理由からです』
ルナは成功したが効果はないと答える。そんな……ということは、僕が千尋に声をかけられたのもお父さんがドイツから帰ってきてくれたのも、本当はツキノナミダの力ではなかったのだ。原因はがんばりと大きな偶然──、自分のがんばりだからほめるべき? ああ、頭の中が寝不足の朝みたいに気持ち悪くなって、うわあ何なんだよ!
受けた衝撃を夜空にまき散らしそうな口を手でふさいだ僕に、ルナはまさかの言葉を続ける。
『その代わり、リナとヒロヤはまだ一回使えます。地球に、地球にいるあなたに使った場合は一回にカウントされないのですよ』
「カウ、えっ、カウントされないってじゃあもう一回……」
とっさに自分へのやり直しを考えた。
『いやいや、次もあなたには使えませんよ。それからリナと一度成功しているなら、もう一緒に過ごす時間は必要ありません』
「そう──、そっか、わかりました。ええと、リナはツキノナミダが本当は地球に対して使えないことを、知らないんですよね?」
いつの間にか再び柵の金網をつかんでいた僕は、あたたかい夜に汗だくの頭を左右に振ってルナに確認する。
『その通りです。ですが、地球以外に対して、一回だけ使え……、本当の一度きりで──』
声が途切れだしたのはやはり上空の雲のせいだった。
そして僕が半ば茫然とルナを消した雲を眺めていると、左耳にがちゃりと音が。
「こらっ、碩哉、こんな時間に屋上で何やってるんだ! 部屋にいないと思ったら」
うわあ、お父さんだ。しかも前からいらだっていたとわかる眉間 のしわ。近所のうるさい鳥まで騒ぎだした。
「まったく、俺がいない間いつもこんなことをしてたのか」
二年も家を空けていた彼に偉そうな態度をとられ、かちんときた僕は「そんなわけないじゃん!」と一度否定してから、
「ただ、小田嶋さんのメッセージでお父さんがドイツにいるってわかったから、連れ戻すためにここでお母さんにこっそりドイツ語の勉強をしてたんだ」
不機嫌に低い声で打ち明けた。いつも屋上ではないから、半分うそである。
「──ふんっ、いいから早く下りて寝なさい。もう十二時近いんだ。身体も冷えるだろう」
そう言って僕に背を向ける直前のお父さんの顔がほのかに赤くなった理由は、まだ怒っているのか僕の発言が響いたのか、残念ながら判断できなかった。僕は最後に二つの月を隠した雲をにらみ、ふううううと長いため息をついて鳥の悲鳴が続く屋上を離れた。
あまりのことに心臓まで凍りつきそうな僕に、ルナがもう一度声をかけてきた。もちろんリナと同じくそばで出された音に感じる。
「あ、あの、そうです。リナの悩み、願いをかなえたいんです。でも僕、ルナとも話せたんですね」
『われもわかっていますが、リナとツキノナミダを使いましたね。ヒロヤに、地球に対して使ったはずです』
一人称「われ」のルナは僕の問いかけを無視して話を進め、僕がうなずくとさらに『ツキノナミダが一度しか使えないことはごぞんじですね?』と訊いてきた。
「前に、リナが言ってたけど……」
『実はわれには使えない呪文で、リナであってもあなたとは一度きりなのです。しかしこれはリナの勘違いでして、ツキノナミダは地球に対してはその一度すら使えないのですよ』
「え? そ、それって──、じゃああれは成功してないんですか?」
僕が驚いて訊ねると、
『いや、おそらく成功したのではないでしょうか。ただ、地球に効果はありません。しっかり成功してもです。もしそのあとで何か達成できたなら、それは別の理由からです』
ルナは成功したが効果はないと答える。そんな……ということは、僕が千尋に声をかけられたのもお父さんがドイツから帰ってきてくれたのも、本当はツキノナミダの力ではなかったのだ。原因はがんばりと大きな偶然──、自分のがんばりだからほめるべき? ああ、頭の中が寝不足の朝みたいに気持ち悪くなって、うわあ何なんだよ!
受けた衝撃を夜空にまき散らしそうな口を手でふさいだ僕に、ルナはまさかの言葉を続ける。
『その代わり、リナとヒロヤはまだ一回使えます。地球に、地球にいるあなたに使った場合は一回にカウントされないのですよ』
「カウ、えっ、カウントされないってじゃあもう一回……」
とっさに自分へのやり直しを考えた。
『いやいや、次もあなたには使えませんよ。それからリナと一度成功しているなら、もう一緒に過ごす時間は必要ありません』
「そう──、そっか、わかりました。ええと、リナはツキノナミダが本当は地球に対して使えないことを、知らないんですよね?」
いつの間にか再び柵の金網をつかんでいた僕は、あたたかい夜に汗だくの頭を左右に振ってルナに確認する。
『その通りです。ですが、地球以外に対して、一回だけ使え……、本当の一度きりで──』
声が途切れだしたのはやはり上空の雲のせいだった。
そして僕が半ば茫然とルナを消した雲を眺めていると、左耳にがちゃりと音が。
「こらっ、碩哉、こんな時間に屋上で何やってるんだ! 部屋にいないと思ったら」
うわあ、お父さんだ。しかも前からいらだっていたとわかる
「まったく、俺がいない間いつもこんなことをしてたのか」
二年も家を空けていた彼に偉そうな態度をとられ、かちんときた僕は「そんなわけないじゃん!」と一度否定してから、
「ただ、小田嶋さんのメッセージでお父さんがドイツにいるってわかったから、連れ戻すためにここでお母さんにこっそりドイツ語の勉強をしてたんだ」
不機嫌に低い声で打ち明けた。いつも屋上ではないから、半分うそである。
「──ふんっ、いいから早く下りて寝なさい。もう十二時近いんだ。身体も冷えるだろう」
そう言って僕に背を向ける直前のお父さんの顔がほのかに赤くなった理由は、まだ怒っているのか僕の発言が響いたのか、残念ながら判断できなかった。僕は最後に二つの月を隠した雲をにらみ、ふううううと長いため息をついて鳥の悲鳴が続く屋上を離れた。