episode 67 碩哉はこういう子
文字数 1,269文字
しかし、僕は苦しむ息子の前でお互いを否定し合う親たちの横顔に、自分が何をしてもやはり変わらないとしか思えなかった。千尋かリナの声が何だ、止めに入ったってもう無理だ。どうせ勝手に思い浮かべた僕の妄想、従う必要がどこにある? 僕はやってられないんだよ!
そうだ、優等生的な方法で何とかしようとして手が打てないなら、しなければいいではないか。
よおし、逆に思いきり切れてやる。僕は廊下と台所の境界で背すじを伸ばし、向かい合った両親の耳をじっと見すえて怒りをぶつけた。
「ねえっ、お父さんもお母さんも僕のこと何とも思ってない、死んでもいいって思ってるよね? どうして、どうしてなの? 他に兄弟がいるわけでもない子供は僕だけなのに、いつもじゃま者かやっかい者扱い。世間的に立派な大人のステータスにいるためには子供を持つべきだから産んだだけで、二人は僕を愛してないし、本当は僕は必要ないんだよね。子供なんかいらないなら産むなよ!」
考えていなかった後半もするする痛い棘 があふれ、僕自身が驚かされる。二人同じ顔で振り返った両親は、中学生の息子の反抗──反〝攻〟にあっけにとられて言葉を失い、ただただ僕を見つめている。
なら怒り続けるまでだ。
「あのさ、今のことだけどお父さんは『俺は理解してると思わないか』って何、いらない僕に判断の責任をゆだねてる。愛してもいないくせに、大変なところだけ押しつけるのかよ!」
まずはお父さんに、次はお母さんだ。
「お母さんも『ひろくんだってママなんかいらないんだもんね』だっけ、僕が考えもしないことをさも真実のように言って子供を傷つけてる。お父さんが帰ってくる前もうそでたらめでさんざんいじめてきたくせに、まだやるのかよ!」
僕の荒いがらがら声が消えると、台所に沈黙が降りた。
ああ、やってしまった。息も心も苦しい、頭まで痛くなってきた。たいした大声でもないから気持ちのせいだ。食堂からの光を背中に受けた両親の顔が僕の心以上に暗く、少しはそのすさんだ胸に届いただろうかと思った。
僕は自分をなだめる深いため息をつき、「怒ってごめん。でもお父さんもお母さんも勝手すぎるんだよ……」と言って台所の入口にしゃがみ込んだ。
「──恵美、碩哉はこういう子だったのか?」
うなだれる頭の上でお父さんが訊ねた。
「ひ、ひろくんはこんな子じゃないっちゃ」
まだ現実に抵抗するお母さんの声、僕は膝が震えて横倒しになりかける。彼女はもうどうしようもないのか、しかし変化は彼に見られた。
「そうか、じゃあ今まで俺たちが本来の碩哉が表に出ないよう圧力をかけてたんだな。聞いたときびっくりしたが、もう声変わりもした中学三年生なのにな」
え? 僕が驚いて顔を上げると、お父さんは視線を落としてそっと笑みを浮かべる。
「すまん碩哉。それと、お母さんと二人だけで話させてくれないか?」
僕に反対する理由はなかった。すぐさま立ち上がったら頭がくらりとし、負けじと足に力を入れて階段を上る。二階に着いて屋上へと続く階段にもう一度目をやり、今度は下の気配に耳を傾けた。
そうだ、優等生的な方法で何とかしようとして手が打てないなら、しなければいいではないか。
よおし、逆に思いきり切れてやる。僕は廊下と台所の境界で背すじを伸ばし、向かい合った両親の耳をじっと見すえて怒りをぶつけた。
「ねえっ、お父さんもお母さんも僕のこと何とも思ってない、死んでもいいって思ってるよね? どうして、どうしてなの? 他に兄弟がいるわけでもない子供は僕だけなのに、いつもじゃま者かやっかい者扱い。世間的に立派な大人のステータスにいるためには子供を持つべきだから産んだだけで、二人は僕を愛してないし、本当は僕は必要ないんだよね。子供なんかいらないなら産むなよ!」
考えていなかった後半もするする痛い
なら怒り続けるまでだ。
「あのさ、今のことだけどお父さんは『俺は理解してると思わないか』って何、いらない僕に判断の責任をゆだねてる。愛してもいないくせに、大変なところだけ押しつけるのかよ!」
まずはお父さんに、次はお母さんだ。
「お母さんも『ひろくんだってママなんかいらないんだもんね』だっけ、僕が考えもしないことをさも真実のように言って子供を傷つけてる。お父さんが帰ってくる前もうそでたらめでさんざんいじめてきたくせに、まだやるのかよ!」
僕の荒いがらがら声が消えると、台所に沈黙が降りた。
ああ、やってしまった。息も心も苦しい、頭まで痛くなってきた。たいした大声でもないから気持ちのせいだ。食堂からの光を背中に受けた両親の顔が僕の心以上に暗く、少しはそのすさんだ胸に届いただろうかと思った。
僕は自分をなだめる深いため息をつき、「怒ってごめん。でもお父さんもお母さんも勝手すぎるんだよ……」と言って台所の入口にしゃがみ込んだ。
「──恵美、碩哉はこういう子だったのか?」
うなだれる頭の上でお父さんが訊ねた。
「ひ、ひろくんはこんな子じゃないっちゃ」
まだ現実に抵抗するお母さんの声、僕は膝が震えて横倒しになりかける。彼女はもうどうしようもないのか、しかし変化は彼に見られた。
「そうか、じゃあ今まで俺たちが本来の碩哉が表に出ないよう圧力をかけてたんだな。聞いたときびっくりしたが、もう声変わりもした中学三年生なのにな」
え? 僕が驚いて顔を上げると、お父さんは視線を落としてそっと笑みを浮かべる。
「すまん碩哉。それと、お母さんと二人だけで話させてくれないか?」
僕に反対する理由はなかった。すぐさま立ち上がったら頭がくらりとし、負けじと足に力を入れて階段を上る。二階に着いて屋上へと続く階段にもう一度目をやり、今度は下の気配に耳を傾けた。