episode 55 千尋とリナの関係
文字数 1,368文字
あたたかい部屋に戻った僕は、何もない携帯電話を確認してかけたままだった音楽を止め、千尋とリナの関係の可能性を考え始めた。
──きみがうちの唯一なのは引っ込み思案でばかで落ちたからだって、言わなかった?
まだ秋休みの、ルナと話す前にリナに言われた。そう、リナの唯一になるにはどこかから落ちなければならないのだ。
千尋がリナの前の唯一だったとしたら、落ちたってどう落ちたのだろう。僕の例から彼女もリナに助けてもらっているわけで、その助けがなくてもけがをしないような軽い落ち方ではなかったはず。
重い落ち方って……、
何か嫌な予感がしてきた。過去の話に〝予感〟は変か。
「もう、悪いことを考えちゃだめだ。僕たちには未来があるんだ」
勝手に「僕たち」にしてしまう僕。それはともかく、考えずにはいられなかった。
千尋は小学校でいじめられており、また例の「りっちゃん」って子に起きたのも兎の死を原因としたいじめの可能性がある。その二つのいじめに関連があったらどうだろうかと思うのだが──もしかして、千尋がそのクラスメートをかばった? いじめられっ子をかばっていじめられるのはよく聞く話である。
そうなれば、少なくとも千尋に罪はない。もちろんかばってもらったクラスメート「りっちゃん」を責めるつもりなどなく、
──きみがうちの唯一なのは引っ込み思案でばかで落ちたからだって、言わなかった?
先ほどと同じ台詞が降ってきた。落ちたからだ──、そう、千尋は落ちた。いじめられて落ちるのはどんな……?
どくんっ、だめだよ。
僕は彼女に何が起きたか突き止めかけ、言葉を胸にとどめる。
「──ま、まあ、千尋がリナの前の唯一だったかすら、わかんないんだけど」
確かに証拠はなかった。
僕が逃げで違うことを考えようと天井を見上げたそのとき、
「ちょっとひろくん、もう九時半だから、パパが上がったらお風呂さ入っで! パパもうすぐ上がっでくるから、ひろくんのせいでママ叱られたくないんだからね!」
階段の下からお母さんの訴えが届いた。
「はっ、はい!」
お父さんは今日も一日家でごろごろしており、今お風呂に入っているのは本当だと思われる。彼がシュトゥットガルトにいたころとは状況が違うのに、まだ九時半少し前の息子をせかす彼女に以前と変わらぬ闇を感じて僕はひやりとさせられる。
同じ戻るでも家族が完全に元通りになる、それには二年間さかのぼらなければいけないのだけど、その幸せな日はいつやってくるのだろう。
「ツキノナミダが成功して──、効果ないなんてね」
僕は薄く笑ってつぶやいた。
でもリナは願いをかなえたのだし、僕もがんばらねばならない。いや、緑色の月を皆に見えるようにしたのは自分だから、僕はできるのだ。僕は呪文ではなく自力で千尋への恋に花を咲かせ、今まで家族が抱えてきた問題を解決し、そして大切な親友との仲も取り戻したい。どれもが勝つのは難しい敵であっても、闘わなければ男じゃない。
えっ、受験?
「さあ……、どうだろうね」
変な〝逃げ〟のところだけ声に出た、二つ目の逃げ。
それからさらに一つ、やってみたらどうかと自分に問いかけても怖くてすぐさま否定してしまった。突然現れた緑色の月に対する世界中の反応を、インターネット上で探してみること。できない僕は恥ずかしいだろうか。
──きみがうちの唯一なのは引っ込み思案でばかで落ちたからだって、言わなかった?
まだ秋休みの、ルナと話す前にリナに言われた。そう、リナの唯一になるにはどこかから落ちなければならないのだ。
千尋がリナの前の唯一だったとしたら、落ちたってどう落ちたのだろう。僕の例から彼女もリナに助けてもらっているわけで、その助けがなくてもけがをしないような軽い落ち方ではなかったはず。
重い落ち方って……、
何か嫌な予感がしてきた。過去の話に〝予感〟は変か。
「もう、悪いことを考えちゃだめだ。僕たちには未来があるんだ」
勝手に「僕たち」にしてしまう僕。それはともかく、考えずにはいられなかった。
千尋は小学校でいじめられており、また例の「りっちゃん」って子に起きたのも兎の死を原因としたいじめの可能性がある。その二つのいじめに関連があったらどうだろうかと思うのだが──もしかして、千尋がそのクラスメートをかばった? いじめられっ子をかばっていじめられるのはよく聞く話である。
そうなれば、少なくとも千尋に罪はない。もちろんかばってもらったクラスメート「りっちゃん」を責めるつもりなどなく、
──きみがうちの唯一なのは引っ込み思案でばかで落ちたからだって、言わなかった?
先ほどと同じ台詞が降ってきた。落ちたからだ──、そう、千尋は落ちた。いじめられて落ちるのはどんな……?
どくんっ、だめだよ。
僕は彼女に何が起きたか突き止めかけ、言葉を胸にとどめる。
「──ま、まあ、千尋がリナの前の唯一だったかすら、わかんないんだけど」
確かに証拠はなかった。
僕が逃げで違うことを考えようと天井を見上げたそのとき、
「ちょっとひろくん、もう九時半だから、パパが上がったらお風呂さ入っで! パパもうすぐ上がっでくるから、ひろくんのせいでママ叱られたくないんだからね!」
階段の下からお母さんの訴えが届いた。
「はっ、はい!」
お父さんは今日も一日家でごろごろしており、今お風呂に入っているのは本当だと思われる。彼がシュトゥットガルトにいたころとは状況が違うのに、まだ九時半少し前の息子をせかす彼女に以前と変わらぬ闇を感じて僕はひやりとさせられる。
同じ戻るでも家族が完全に元通りになる、それには二年間さかのぼらなければいけないのだけど、その幸せな日はいつやってくるのだろう。
「ツキノナミダが成功して──、効果ないなんてね」
僕は薄く笑ってつぶやいた。
でもリナは願いをかなえたのだし、僕もがんばらねばならない。いや、緑色の月を皆に見えるようにしたのは自分だから、僕はできるのだ。僕は呪文ではなく自力で千尋への恋に花を咲かせ、今まで家族が抱えてきた問題を解決し、そして大切な親友との仲も取り戻したい。どれもが勝つのは難しい敵であっても、闘わなければ男じゃない。
えっ、受験?
「さあ……、どうだろうね」
変な〝逃げ〟のところだけ声に出た、二つ目の逃げ。
それからさらに一つ、やってみたらどうかと自分に問いかけても怖くてすぐさま否定してしまった。突然現れた緑色の月に対する世界中の反応を、インターネット上で探してみること。できない僕は恥ずかしいだろうか。