第48話:メタル・ヴァルキリー

文字数 4,027文字

 どうやら天界行きのパスカードは、コピーした偽造パスカードでも通れるらしい。
 俺、鈴、蛇の悪魔ネイクス、幽子さん、クラウドの五人は、無事に天界行きの異界ゲートを通ることが出来た。
 天界というのは、まあ人間が想像する天国とほぼ一緒でおおむね間違いない。
 地面は雲か綿あめのようにふわふわで、空は快晴、ジュースやワインのような液体が流れる川がある。樹木には果実がたくさんなっていて、食べ放題飲み放題というわけだ。
「なんか、すげえところに来ちまったな……」
 クラウドは絶句した様子で呆然と天界の風景を見ている。
「ほな、敵さんが来ないうちに、ささっと幻術かけるで」
 幽子さんは細い目をカッと見開き、魔眼――幻惑眼を発動させた。
「うちらから見たら五人ともなんも変わってへんように見えるけど、敵さんから見たら同じ天使に見えるはずやで」
「いつ見てもすごいっすね~、その魔眼」
「狐なんやからたまにはちゃぁんと化かさんとなあ?」
 幽子さんはいたずらっぽく笑う。
 そこへ、空を飛来するものが見えた。
「あ、天使かな」
「こっちに向かってきてるぞ」
「へーきへーき、挨拶にでも来るんやろ」
「いや、めっちゃ剣持ってる、攻撃態勢に入ってる」
「嘘やろ……」
「よ、避けろー! 退避退避!」
 俺たちは悲鳴をあげながら天使の一太刀を間一髪で避ける。
「なんでうちの幻術が効かんねん! うちの存在意義がなくなるやんけ!」
「いや、だってあれ……」
 その天使たちは――機械じかけだった。
「あいつら、純粋に妖気だけを感知して襲ってきてるんだ! 幻術が通用しない!」
「マジでうちの存在意義ィー!」
 幽子さんは泣きそうな声で叫ぶ。
「待て待て待て、俺が現役の天使だった頃にこんな奴らいなかったぞ!? なんだ機械じかけの天使って!」
 ネイクスが天界を追われたのは何千年も前の話と聞くので、その間に製造されたということか。
 剣と盾を両手に携えた機械の天使たちはマネキンのような顔をして無機質な目、無表情でこちらに向かって襲いかかってくる、その恐怖。
「とにかく闘うしかねえだろが!」
 クラウドは狼の足で勢いよく飛び蹴りを食らわせるが、盾で防がれる。とはいえ、勢いで後ろに押されてはいるようである。
 幽子さんは苦し紛れに狐火を出すが、そもそも狐火は温度もなく焼けることもない幻の火である。効くはずがなかった。機械の天使は怯む様子もない。
「お兄ちゃん、どうしよう!? 竜になったほうがいい!?
「いや、ここで変に目立って増援を呼ばれたら詰む! クソッ、やべえ……!」
 俺は如意棒をモーニングスターに変形させ、機械天使の盾を破壊するが、何しろ敵の数が多すぎる。
 天界に囚われた店長を助けに来たはずが、自分たちが囚われるなんて笑い話にもならない。
 もうダメだ……。
 そう諦めかけたときだった。
 雲ひとつない空の彼方から、ひとすじの流星がこちらに突っ込んできた。
 巨大な両手剣が、機械天使たちを串刺しのように貫く。
 さらにそれを振り回し、周囲の機械天使たちをあっという間に殲滅してしまった。
 ――その両手剣の所有者もまた、機械じかけの天使であった。
「……だ、誰だ? 俺たちを助けてくれた、のか……?」
 俺の言葉に、その機械天使はこちらを向いた。
 他の機械天使たちとは違い、マネキンのような顔ではなくモノアイゴーグルのようなものをつけ、電気コードのような長い髪を生やした女性――のような機体だった。
「はじめまして、私はメタル・ヴァルキリー・プロトタイプ。長いので『プロト』とお呼びください」
 無表情だったが、彼女には敵意の影は見えない。
「えっと……プロト、さん。どうして俺たちを助けてくれたんですか……?」
 俺の疑問に、プロトは思いがけない言葉を返す。
「あなた方からは百合様の神気を感じます。百合様のお知り合いとお見受けしました。百合様の危機を救うため、あなた方をお迎えにあがりました」
「百合様、って……店長――天馬百合を知ってるんですか!?
「もちろん。私は百合様――弁財天様に仕えるために製造されたメタル・ヴァルキリーの試作品なのですから」
 会話を重ねれば重ねるほど疑問が湧いてくる。不意に、プロトがダンッと剣を木の幹に突き刺した。
 剣の先を見ると、こっそり逃亡しようとしたネイクスの眼前に剣が突き立っていた。
「データ照合。……『蛇の悪魔』ネイクスですね。何故あなたがここに? どうして百合様の受肉素体を使っているのですか?」
「お前、さっきの戦闘で見かけないと思ったら逃げようとしてたな!?
「勘弁してくれよ……俺は地上でバカンスがしたかっただけなのに……」
「ネイクス、あなたにも一緒に来ていただきます。その素体は百合様のもの。きちんと返却していただきます」
「わかったよ、返す、返すから! もう魔界に帰らせてくれぇ!」
 ネイクスは悲痛な声で叫ぶが、「いえ、最後まで責任持ってきちんと素体を運んでいただきます」とプロトの無情な言葉。
「さて、立ち話をしている暇はありません。急ぎ裁判所に向かいましょう」
「裁判?」
 プロトの言葉に俺は首をかしげる。
「百合様は天界審判で裁判を受けることになっております。天界の許可なく地上に降り、穢れた妖怪たちと交流した罪です」
「そ、そんなことで裁かれるんですか!?
「天界の方々は少々潔癖なところがありまして。急がないと百合様は処刑されるかもしれません」
「しょ、処刑……!?
 俺は驚愕の台詞を次々と聞かされ、目を剥くばかりである。
「お兄ちゃん、急がなきゃ!」
 鈴の声で、俺はハッと我に返る。そうだ、店長を――天馬百合を助けなければ、ここに来た意味がない。
「皆さんはこれをかぶるといいでしょう。妖気を抑えてメタル・ヴァルキリーたちの魔力感知をごまかせます」
 プロトは背中の収納口からフード付きのマントを取り出す。俺たちは早速それを身にまとった。
 再び黒竜に変身した鈴に、俺とクラウド、幽子さんが乗る。プロトとネイクスは自前の翼で飛んでいた。
「ところであの機械じかけの天使たち――メタル・ヴァルキリーっていうんですか? なんなんですか、あれは?」
「戦闘用に特化して製造された天使軍です」
 プロトは前を見ながら無機質に返す。
「神に反逆し、堕天した悪魔たちとの戦いを経て、天界側は戦力強化を図りました。もともと天界に入れる者は限られており、セキュリティも万全でしたが、万が一を考えてのことです。まあ、あなた方が侵入できたのですから、あながち間違ってはいなかったのでしょう」
 責められているわけではないと思うんだけど、なんか心が痛む。
「天使にはそれぞれ役割があります。次の神を襲名するために神に仕え、世話をするもの。百合様も、もともとその一人でした。他にも、神の護衛や戦闘を担当するもの、天界審判で裁判を行うもの、亡くなった善人を天界まで案内するもの……護衛や戦闘はもともと生身の天使が行っていましたが、悪魔との戦争を終えてから、私達メタル・ヴァルキリーが製造され担当することになりました」
 堕天使が神に反逆し、悪魔となったのは聖書での話。ヴァルキリー、つまりワルキューレは北欧神話の戦乙女のこと。天馬百合は、仏教の弁財天になった。
 たしかに店長の言っていた通り、様々な神話がごっちゃになっている。宗教家がこの天界を見たら卒倒しそうなほどカオスな世界である。ある意味日本らしいっちゃらしいのだが。
「そして、私はプロトタイプ、つまり試作品です。テストのために百合様――当時の弁財天様に仕え、護衛をすることになりました。試作品とは言っても、先ほどのような量産型には負けません。色んな要素を詰め込みすぎてコストオーバーで量産を実現できなかったタイプの試作品ですので」
 つまり、自分はめっちゃ強いと言いたいのだろう。実際めっちゃ強かったけど。
「百合様にはとてもよくしていただきました。機械である私を、他の天使と対等に扱ってくれました。百合様が地上に堕天したときも、私は帰りをずっと待っていました」
「店長は天界に嫌気が差して堕天した……って前に話してましたけど……」
「……虎吉様は、なぜ人間界で悲惨な事件が起きると思いますか?」
「え?」
「子供を残して両親が理不尽な理由で亡くなったり、逆に子供が虐待死したり……本当に神が地上をご覧になっているのなら、そんな悲惨なことをさせないでしょうし、未然に防ぐと思いませんか?」
 一部の宗教家は「神の与えた試練なのだ」と言ったり「神様が欲しくなったから幼い子供を連れて行ってしまったのだ」と言ったりするが、そんな、まさか――
「神は、もう地上を、人間を見守っていないのです」
 プロトはそう断言した。
「百合様が『神々が堕落している』というのはそういうことなのです。神は自分の私腹を肥やすことしか考えていない。天界はあまりに極楽過ぎた。酒の川が流れ、黄金色の果実がなる、苦しみなど一切ない世界。神といえども、そんな恵まれた場所にいたら恵まれない人間の気持ちなど分からなくなって当然でしょう」
 ――もちろん、良心のある神も一部にはいますが、ほとんどは自ら地上に堕天して陰ながら人間をサポートしています。彼らも日々、天界に連れ戻されることを恐れています。連れ戻されたら、処刑されて、次の神が襲名しますから。
 プロトの話は、宗教戦争が起こりかねない衝撃的なものだった。
 そして、わかったことは、今回の裁判を止めないと、弁財天は――天馬百合は処刑される、という事実。
「――見えてきました。あれが裁判所です」
 白くまばゆい神殿のような建物が見えてきた。今度はギリシャ神話か? カオスすぎる。
「鈴、このまま突っ込むぞ!」
「うん!」
「百合ちゃん、絶対助けたるからな!」
「百合姉をかっこよく助けるのは俺だ」
「うう……行きたくねえ……逃げてえ……」
 俺たち六人が裁判所に突撃するまで、五秒前。

〈続く〉
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