第14話:転校生は魔女

文字数 2,177文字

 翌日。
 宝船高校では転校生が来るという話題で持ちきりだった。
「転校生、女の子らしいぜ」
 友人の竜宮海人が俺に話しかけてくる。
「ふーん」
「なんだよ、反応薄いな」
「いや、別に……」
 正直なところ、店長という美女がそばにいるせいで、目が肥えてしまっているところはあった。
 あの人、性格は悪いけど顔はすっげえキレイなんだよな……。
 そういうわけで、転校生には悪いがあまり興味は持っていなかったのである。
 ――その少女を見るまでは。
「そ、ソフィア……ソフィア・スカーレットです……。い、イギリスから来ました」
 緊張気味に話すその少女は、まさしく神社に来ていたあの魔女の末裔だった。
「わー、外国人だ!」
「綺麗な金髪~! サラサラ!」
「日本語上手だね!」
 この片田舎では外国人の学生は珍しい。ソフィアはたちまちクラスメイトに囲まれてしまった。
「おー、人気者だなソフィアちゃん」
 海人は遠巻きに人だかりを眺める。
「虎吉は行かねえの?」
「あんなに囲まれてたら、行っても困らせるだけだろ」
「それは同感だな」
 海人は肩をすくめた。
 ふと、ソフィアがこちらに視線を向けているのが見えた。
 やはり、神社で一度姿を見ているから、お互い気になってはいるのだろう。
 しかし、クラスメイトに囲まれた状態では互いに声をかけることも出来ず、そのまま授業が始まってしまったので、何も聞けず終いであった。

 放課後、鳳仙神社――アヤカシ堂にバイトに行くと、ソフィアがいた。また魔法薬の材料を買いに来たらしい。
 俺に気づくと、なぜか顔を赤らめて、ペコッと俺に頭を下げて石段を駆け下りていってしまった。
「おやおや……」
 店長は片肘をついて俺を見て笑う。
「店長、一人で何ニヤニヤしてるんすか気持ち悪い」
「口の利き方に気をつけろ小僧」
 額にチョップされた。
「しかし君は鈍感な方なのかな? これはソフィアも苦労しそうだ」
「は? 俺、結構鼻は敏感ですけど」
「あーこりゃダメだ、ド鈍感だ」
「???」
 店長はときどき俺にはよくわからない難しいことを言う。
「ソフィアについて、君はどう思う?」
 店長が不意にそんなことを訊いて来た。
「うーん、まだ話したことないんでよくわからないですけど……この町には魔女とか魔術師ってそんなにいるんですか?」
「この町――宝船市には、強力な魔力の流れがある。日本のみならず、世界的に見ても稀有な強さだ。だから、普通の土地よりも妖怪や魔術師が集まりやすい。多分君のクラスメイトにも何人か魔術師やアヤカシが紛れ込んでいるだろう」
「えっ」
 ソフィアだけでなく、他にも魔術師や――アヤカシが?
 たしかに学校でそれっぽい匂いを感じることはあったが、学校という場所柄、怪談じみたそういったものがいるのだろうと思っていた。
「ああ、アヤカシがいるとはいっても、みんながみんな有害なものではないよ。ただ人間に化けて人間社会に紛れて生きているだけで、最近の若い妖怪はそんなに人間に敵意は持ってないからね」
『若い』妖怪はね、と店長は含みのある言い方をする。
「それって、アヤカシ堂がやたら妖怪に恨みを持たれてるのと関係あります?」
「君は、そういうことに関しては鋭いんだな」
 店長は姿勢を改めて、社務所の受付に座ったまま指を組む。
「――昔、この国で妖怪が一斉蜂起して人間を襲った事件があった。事件というか、もはや戦争だな。人間対妖怪の戦争。のちに『アヤカシ大戦』と呼ばれたものだ」
 そんな単語、初めて聞いたんですけど。
「人間側は陰陽師や魔術師、妖怪退治屋や私たちアヤカシ堂も参戦して妖怪たちと血みどろの戦争を繰り広げた。結果的に人間側が勝利して、妖怪は人間の使い魔にされたり山奥や人間の立ち入れない土地に逃げ延びたり、あるいは人間になりすまして社会に迎合したり……まあ悲惨な結末を迎えた。思えばアヤカシ大戦が妖怪たちの最後の輝きだったな」
 店長は遠くを見るような目で懐かしそうに語る。
「なるほど、妖怪にとっては目の敵ってわけですね、アヤカシ堂」
「まあ、世代交代していくうちにそういった戦争の記憶というのは失われていくものだが……なにせ妖怪は長生きだからな。昔の記憶がある奴はアヤカシ堂を打倒しようと考える個体もいる。ただ、学校に通うような妖怪はだいたい敵意はないと言っていい。入学するときにきちんと身元を調べられているからな」
 まあそういう身元を調べるのも我々アヤカシ堂や怪異対策課がやってるんだがね。
 店長は気だるげにそう言った。
 怪異対策課は二人しかおらず、アヤカシ堂も店長と鈴、あとは使い魔くらいしかいない。大変な作業なのだろうと容易に想像できた。
「アヤカシ堂はそういう恨みを持った妖怪に襲撃されたりはしないんですか?」
「一応結界は張ってるから、外部からは侵入できない。石段をのぼることは出来るが、神社に危害を加えると判断すれば一万段のぼってもここにはたどり着けんよ」
 例の、神社の意思とかいうやつか。よくわからん理屈だ。
「まあそういうわけで、悪意のある妖怪はこの神社には入ってこれないから安心したまえ。私も仕事せずにここに引きこもっていたいくらい快適だしな」
「少しは働く意志を持ちましょうよ……」
 俺は苦笑する。石段の近くに生えた木の陰から、ソフィアがこちらを覗いていることには気付かなかった。

〈続く〉
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