第21話:人造妖怪

文字数 2,381文字

「おーい、クラウドどこや~。さっさと出てこんかいボケェ! しばき倒してから無理矢理にでも連れて帰るからなあ、覚悟しときや~」
 幽子さんはωの口で恐ろしいことをサラッと言う。こういうとこ、店長に似てるな、と思いながら、俺はアジト内の妖怪を片っ端から如意棒でぶん殴っていく。
「おいおい、お姉さんよぉ。随分変化の術が下手くそなんじゃねえか?」
 先頭に立ってアジト内を歩く幽子さんに、敵の妖怪が武器を片手にニヤニヤする。
「あぁ? なんやお前、邪魔じゃボケ。うちはクラウドを探しててん、お前に用はないんや」
「ああ、アンタがクラウドの姉ちゃんか。早くアイツ引き取ってくれよ。新米のくせに態度はでかいし邪魔で仕方ねえ」
「そういやクラウドも変身が下手くそだよなあ。妖怪なんだか人間なんだか中途半端なんだよなあ」
 敵妖怪の言葉は、幽子さんの触れてはいけない逆鱗に触れてしまったようだった。
「そんなら、うちの正体見せたるわ。腰抜かすなよボケナスが」
 ドロン、と幽子さんの周囲を煙が包み、シルエットが巨大な獣のそれになっていく。
 煙が晴れると、幽子さんは黄金の毛皮をまとった巨大な狐になっていた。しかもただの狐じゃない。尻尾が何本も生えている。
「きゅ、九尾の狐!?
「嘘だろおい、なんでそんな大物妖怪がこんなところにいるんだよ!?
 敵妖怪たちは恐慌状態に陥った。
 九尾の狐。おそらくその名を知らない日本人はいないだろう。俺でも知っている。
 かつて中国や日本で暴れまわったと言われる大妖怪だ。
 それが――幽子さん?
「クラウドのとこまで案内せえや。うちを怒らせたらどうなるか分かっとるやろなあ?」
「ひ、ヒィィ……」
 再びドロン、と煙が発生し、幽子さんはまたあの変化に失敗したような人とも狐とも分からぬ姿に戻る。
「幽子さんってそんな有名な妖怪だったんですね」
 俺は感心した声を上げる。
「正確には、九尾の狐の遺伝子を組み込まれた狐の妖怪さ。オリジナルとはちょっと事情が異なる」
 ピクシーさんは平坦な口調で俺に話しかける。
「? どういうことですか?」
「幽子とクラウドは僕の子供みたいなものだと言ったけど、ふたりは人為的に造られた妖怪――人造妖怪なのさ」
 人造妖怪……?
 あまりに聞き慣れない単語に、俺は理解力が追いつかない。
「人為的に、って……?」
「僕はとある科学者と一緒に妖怪の研究をしていた。不老不死を追い求める研究だ。その過程で妖怪の遺伝子を組み込む実験をしていて、生まれたのが幽子やクラウドだ。結局そのふたりは僕が引き取って世話をしているんだけど」
「逆や。うちが父ちゃんの世話しとるようなもんやろ。実験や研究に没頭するとトイレすら忘れるからなあ、父ちゃんは」
 幽子さんは呆れたような口調でピクシーさんの言葉に反論する。
「それより、はよ行くで。コイツらがクラウドのとこまで案内してくれる言うてなあ。ええ奴らやな」
 いや、あなたが脅したんでしょう。
 そう思ったが、俺は敢えて言わなかった。
 そうして、俺達は敵妖怪の案内でアジトの中を突き進んでいくのであった。

***

 俺たちが通された場所は、謁見の間のようなところだった。
 奥行きのある空間の最奥に、玉座のような椅子があり、そこに親玉と思われる人型の妖怪が肘をつき、足を組んで鎮座している。おそらくアレが烏丸黒天なのだろう。
 その傍らには店長を攫った狼耳の少年――クラウドと、店長が控えていた。店長は特に縛られたりなどはしていない様子である。
「店長! 大丈夫っすか!?
「ああ、全然平気だ。むしろ丁重に扱われた。ここにずっと住みたいくらいだ」
「は?」
 俺が店長に声をかけると、店長はすっかりこのアジトが気に入ったようだった。
「クラウド! お前何してんねん!」
「げっ、姉貴に……親父まで来てんのかよ」
「クラウド、家に帰ろう」
 幽子さんとピクシーさんはクラウドに呼びかける。
「やだ! 姉貴が謝るまで帰らねえからな!」
「あーはいはい、ごめんごめん。ほな、帰るで」
「ふざけんな! ぜってぇ反省してねえだろソレ!」
 幽子さんの投げやりな言い方に、クラウドは逆上する。
「そもそもなんで喧嘩したんすか?」
「さあ、覚えてへんけど」
「そのヘッタクソな関西弁やめろバーカバーカ! 北海道出身のくせに関西弁使うんじゃねーよ!」
「なんやとぉ!?
 クラウドの野次に幽子さんもキレる。
「うちは本当に関西が好きだし憧れてるしリスペクトしてんねん! 方言はアクセサリーや! 関西生まれじゃないだけでなんでアクセサリーをつけたらあかんのや!」
「いや、幽子……」
 幽子さんの熱弁に、店長は申し訳無さそうな顔をする。
「こういうこと言ったらアレなんだが、例えば東京のギャルが『わやだな』とか『~だべ?』とか言ってたら正直ちょっとイラッとしないか?」
「うっ……そ、それは……」
「さっすが百合姉! 弁舌の神様!」
 店長の言葉に、クラウドが味方認定して抱きつく。なぜかその姿を見ると俺がイラッとした。
 ――そういえば、吸血鬼と狼男は不倶戴天の天敵とされているんだっけ。
 どうもあのクラウドってやつとは仲良くなれる気がしない。
「話はそのくらいでいいか?」
 玉座に座った黒天がやっと口を開く。正直存在を忘れてた。
「鈴を連れてきてくれてありがとう。鈴さえ戻ればもう貴様らに用はない。早々に立ち去るがいい」
「え? 鈴、って……」
 俺が鈴を見ても、鈴は首をかしげるばかりである。
「あなた誰? なんで私を知ってるの?」
「――は?」
 黒天は目を見開き驚愕の表情を浮かべる。
「鈴……? 私を覚えていないのか……?」
「……鈴は、過去の記憶を失っているんだ」
 店長は黒天の傍らから、静かに俺と鈴のほうへ歩み寄る。
「烏丸黒天は、烏丸鈴の実の兄だ」
 そして、店長は語り始める。
 烏丸鈴の悲しい過去を。

〈続く〉
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