第42話:ストーカー妖怪、現る・前編

文字数 1,432文字

「はぁ!? ストーカー被害!? お前が!?
「何よその『ありえねー』みたいな態度は!? あまりにも失礼すぎない!?
 俺が驚いた相手――花田香澄は、俺の幼馴染の一人である。
 たしかに女性に向かってストーカー被害に遭っているのが信じられないみたいな態度は流石に失礼だったかもしれない。
 だが、香澄は男勝りでとても気が強い。ストーカーなんて言葉とは縁がないと思っていた。逆にストーカーなんてぶっ飛ばしてしまいそうだ。
「しかし香澄お嬢さん、ストーカーなら神社よりも警察に相談したほうがいいんじゃないかな?」
 店長は鈴が運んできたお茶を香澄の前に置きながら優しく語りかけた。
 香澄がこの鳳仙神社に来るのは実に久しぶりのことのように感じる。新聞部と水泳部をかけもちして随分忙しそうに駆け回っていると聞く。
「いえ、きっと警察は信じてくれません」
「どうして?」
「私がそのストーカーに気づいたのは一週間前の夜のことです。部屋の電気をつけないままカーテンを閉めようとしたから外の様子が見えたの。街灯の下に男が立ってて……その男には、角が生えていたんです」
 その言葉に、店長はピクリと反応した。
「……妖怪が、人間をストーキング……?」
「その夜気づいてから、毎晩カーテンを閉めるときに確認したけど、いつもその男は街灯の下に立っているんです。雨が降ってても、傘もささずに……私、もう怖くて……」
 香澄は、思い出したように震えていた。
「それは、怖い思いをしたね」
 店長は香澄の恐怖を和らげるように、そっと香澄の震える手を撫でた。
「角が生えた男……鬼、でしょうか」俺は眉をひそめる。
「さあ、どうだろう。角が生えているというだけで鬼と断定するのは早計な気もするが……」
 ふむ、と店長は顎に手を当てて考え込む。
「その男の角の特徴は? 本数は何本?」
「額の真ん中に、一本……。なんか、こう……ドリルみたいな形の……」
「は? ドリル……?」
 俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「他にどう言ったらいいか分かんないのよ! うーん、私に絵心があればいいんだけど……」
 香澄は新聞部なだけあって写真の腕は良いが、絵にはいまいち自信がないようだ。美術の時間でよく自画像を描かされることがあるが、香澄の絵は福笑いのようだったのを覚えている。
「うーむ、一本角の鬼は珍しくもないしな……とりあえずその男のいつも立っている場所に行って調べてみようか」
「百合さん……! ありがとうございます!」
 香澄は感激で目が潤んでいるようだった。無理もない。恐ろしい思いをしているところに心強い味方ができたのだ。
 しかし、俺の心配事は別にあった。
「店長、香澄から何を代償にもらう気なんですか?」
 俺はヒソヒソ声で店長に耳打ちする。
 そう、このアヤカシ堂は、依頼を受ける代わりに代価を渡さなければならない。あるいはお金であったり、あるいはその人の大事にしているものであったり、あるいはモノですらなかったり。
「そうだな……ひとまずどういう案件なのか確認しないと見積もりも取れない。お金で解決する事件ならいいがな?」
 店長は魔女のような笑みを浮かべる。久しぶりに『アヤカシ堂の聖なる魔女』を見た気がする。
 ……最近の店長は少し性格が丸くなってきたかな、と思っていたが、そうでもないのかな。
 香澄に代価のことをどう伝えるか、考えただけで頭が痛い。
 とにかく、アヤカシ堂のいつもの三人は、香澄に連れられて彼女の自宅へと向かったのである。

〈続く〉
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