第32話:なぞの転校生

文字数 2,712文字

 普段と何一つ変わらない、平穏な朝だった。
「店長、境内の掃き掃除終わりました」
「ご苦労さん」
 店長のいる部屋に向かうと、店長ともうひとり、見覚えのない人物がいた。
「店長、その方は……?」
 もし客人なら応接室に通しているはずだ。
「ああ、彼は私と契約している死神のネクロという」
「し、死神……ですか?」
 確かにマントに身を包んではいるが、ツインテールのようなフードの形は死神というよりピエロに見えた。顔は暗くてよく見えないが、「どうも」と挨拶している口は笑っている気がする。
「死神とはいっても、そんな凶悪なやつじゃないよ。アンデッドやゾンビとか、魂を刈り取ると倒しやすい種類のアヤカシは多いから重宝しているんだ」
「いつもご贔屓に」ネクロはペコリと頭を下げる。
「あとは、今みたいに死者の帳簿を調べてもらったりな」
「死者の帳簿……?」
 俺は首をかしげる。
「やっぱり死者の帳簿には黒猫――シュヴァルツェ・カッツェの名前は載ってないね。天国にも地獄にもいない。彼はまだどこかで生きている」
「!」
 ネクロの言葉に、俺は目を見開いた。黒猫さんの本名がかっこいいのもあるが――黒猫さんは、まだこの世界で生きている?
「そうか……」
 店長はどこかホッとした表情を浮かべていた。それはそうだろう。悔しいけれど、好きな人が生きていれば、誰だって。
「ネクロ、調べてくれてありがとう。今日はもう帰っていい。また何かあったら力を貸してくれ」
「そう。それじゃ」
 ネクロは短く言ってふわっと羽のように消えた。
「しかし、黒猫様が失踪して数十年か……今頃は銀髪のよく似合うナイスミドルかな?」
 ミドルって年齢を超えているのではないだろうか、と俺は思ったが敢えてツッコまないことにした。
「そもそも黒猫さんはどうして失踪したんですか?」
「はて、どうしてだったか……なにせ何十年も前の話だからな……そうだ、たしかウルフェンの行方を追って……」
 店長の表情が曇る。また、ウルフェンか。
「そんなに悪いやつなんですか、ウルフェンって人は」
「人の心のない極悪人だよ」
 店長の声がどことなく硬いことに気がついた。
 ふと、店長の視線が壁の時計に注がれる。
「君はそろそろ学校に行ったほうがいいな」
「っと、ホントだ! じゃあ、行ってきます!」
「ああ、気をつけて」
 片手を上げて店長は俺を見送ってくれた。

 宝船高校。
 なんとか遅刻せずに走ってこれた(というか半妖なので本気を出せば車並みに走れる)俺は、教室に入ると友人の竜宮海人に「よっ」と声をかけられた。
「なんかまた転校生が来るらしいぜ」
「へえ、こんな田舎町に転校生が頻繁に来るのも珍しいな」
 頻繁に、と言ってもまだ二人目か。
 最初の転校生、ソフィア・スカーレットは俺の隣の席に座っている引っ込み思案な女の子で、魔女の末裔。俺に惚れ薬を飲ませようとした前科あり。今は俺を陰から見守っている。
 そのソフィアは隣の席でなにやら調子が悪そうだった。
「ソフィア、大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
「番場くん……わ、私、すごく嫌な予感がするの……」
 吃音気味にしゃべるソフィアは、眉根を寄せていた。
「すごく……清らかな気を感じる……」
「清らか……?」
 それは、悪いことなのだろうか。
「はーい、みんな席について~」
 教室に担任教師が入ってきて、生徒たちは席につく。
「もう知ってると思うけど、今日から新しい転校生が来ます。因幡さん、挨拶して」
 因幡、と呼ばれた女学生が、教壇に立つ。
 他の女生徒と同じセーラー服を着ているはずなのに、何故か彼女だけは華やかに見えた。
 ショートボブの真っ白な髪。美白の肌。赤い瞳。まるで白いウサギのような印象を受けた。
 そして、何より俺が驚いたのは――
「因幡白兎、と申します。よろしくおねがいします」
 ――因幡白兎の顔が、店長と瓜二つだったのである。
「店長……?」
 思わず小さなつぶやきが漏れてしまった。隣のソフィアと顔を合わせる。彼女もまた驚いているようだった。
 たしかに清らかな雰囲気は感じるが……まさか、あの因幡という少女が「嫌な予感」の根源なんだろうか?
「因幡さんはあの席に座って」
 担任教師の言葉で、因幡さんは俺の方へまっすぐ歩いてくる。俺のひとつ前の席が空いているのだ。
 因幡さんが椅子を引いた時、
「――よろしくね?」
 彼女は慈悲深そうな微笑みを浮かべて、俺に挨拶してきた。
 ドキッ、とした。
 店長と同じ顔で、そんな表情を浮かべられたら。
 ソフィアがぷくっと頬を膨らませたことにすら気づかないほど、俺は一瞬にして心を奪われたのである。

 その日は体育の時間が入っていた。
 因幡さんは転校初日から既に制服だけでなく体育着も用意していたようで、学校指定のTシャツと短パンジャージ。真っ白な太ももがまぶしい。
「お前なに見とれてるんだよ。恋か?」
 ぽーっと因幡さんを見ていた俺を、海人がからかう。
「まあ、因幡さん、天馬さんにそっくりだもんなあ。あんな美人に惚れるなって方が無理か」
「……? 海人、お前なんでてんちょ……天馬さんのこと知ってるんだ?」
「え、なんでって……お前、以前バイト先の神社で働いてる天馬さんっていう巫女さんがすげえ顔がキレイとかそんな話してただろ? 随分前のことだからもう覚えてないか」
 なにか違和感があったが、頭にモヤがかかったようにぼんやりしていた俺は、ああそうなのか、と納得してしまった。
「――キャッ」
 ずさっと音がして、なんだ? と音のしたほうを見ると、因幡さんが転んだようだった。膝を擦りむき、血が出ている。
「ほら、虎吉、保健委員だろ? いいとこ見せてやれよ」
 海人に押されて、俺は恐る恐る因幡さんに近寄り、水道のあるところまで肩を貸して連れて行く。
「だ、大丈夫か……?」
「ありがとう、番場くん」
 水で傷口を洗ったが、まだ少し血が滲んでいる。
 ――美味シソウ。
 俺の中でなにか――吸血鬼の血がざわめいた。
 傷口を舐めたい。血を啜りたい。
 俺の中の吸血鬼がそう騒いでいる。
「ッ――……」
 ああ、やっぱり半妖のままじゃダメだ。早く人間に戻らないと、いつ人間を襲うか分からない。
「番場くん、大丈夫?」
 立ち尽くす俺を、因幡さんが下から覗き込む。
「よだれ、すごいけど。――私の血、ほしい?」
!?
 思いもしない言葉に、ぎょっとした。
 半吸血鬼であることがバレている?
「冗談」
 因幡さんはニッコリと笑っておどけた仕草をする。
「番場くんは女子高生の膝を舐めたがるような変態には見えないもんね。ごめんごめん」
「じょ、冗談きついな……ほら、絆創膏貼るぞ」
「はーい」
 体育の時間は、それで終わった。

〈続く〉
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