第47話:天国への行き方・後編

文字数 2,160文字

「なんやてぇ!? 百合ちゃんが攫われた!? またかいな! お姫様か!」
 幽子さんは俺の報告に驚いていいのか爆笑していいのか分からない、といった反応であった。というか爆笑していた。
「ほんでも、うちホンマに戦闘力あらへんで? うちを天界に連れてってどないすんねん」
「幽子さん、幻術使えるでしょう? それを俺たちにかけて天使にカモフラージュできないかなって」
「天才か?」
 幽子さんはポンと膝を打った。
「よっしゃ、可愛い親友を助けに行こうやないの」
「――俺も行く」
 声の方を見ると、狼耳の少年――クラウドが立っていた。
「あらま、かなり久々の登場やないの。アンタのことやから登場以降はずっと百合ちゃんにベッタリかと思ってたんやけどな」
「テメエが百合姉のところに頻繁に出入りするから俺が入りにくいんだよクソババア」
「コラッ、誰がクソやて!?
「ババアの部分は怒らないんですね……」
 俺は幽子さんとクラウドの口喧嘩に圧倒されるばかりである。
「まあ実際ババアやからな。……しっかし、あんまり大勢引き連れていけへんやろ? 百合ちゃんの使い魔の子たちがいれば心強かったんやけどな」
 鳳仙神社の社務所の中は異界となっている。玄関を通ると居間や応接室があり、俺はたいていそこらへんまでしか行かないが、廊下はほぼ無限に奥行きがあり、店長の部屋だけでなく使い魔たちもそれぞれ部屋をあてがわれて暮らしているらしい。
 今回は使い魔たちに神社の留守を預かってもらって、天界へは俺、鈴、ネイクス、幽子、クラウドの五人で行くことになりそうだ。
「いや、使い魔がいるなら俺が行かなくても良くね?」
 ネイクスはまだ駄々をこねる。
「お前、一応堕天使なんだろ? 天界の内情を知ってるやつがいたほうがいい」
「天界の内情、ったってなあ……俺が堕天したのもう何千年も前だぞ……」
 その後、なんとかネイクスを説き伏せて、俺たち五人は冥界行きの幽霊列車に乗り込んだ。真っ暗な夜道を、機関車のライトが照らしながら走っていく。俺と鈴は、窓から風景を見ていた。
 ふわりと列車が浮き上がり、夜空を駆けていく、幻想的な光景。筒のようなトンネルも浮いている。――トンネルとは本来山などの障害物をくり抜いて作るものだが、夜空にトンネルを作って何の意味があるのだろう。そう思っていた。
 ――トンネルを抜けると、そこはもう異界だった。
『冥界~。冥界~。お忘れ物のないようにご注意願います』
 どうやらあのトンネルは人間界と冥界をつなぐものらしい。
 俺たちは忘れ物がないことを確認してから、幽霊列車を降りた。
「ええと、ここから天界に行く方法は、と……」
 俺はチェシャ猫から預かった大きな封筒の中を探る。
 中身はA4サイズの紙が数枚と、なにかのパスカードのようなもの。
「へえ……さすが弁天様。天界行きのパスカードをくすねたまま地上に逃げてきたわけか」
 ネイクスは何かを察したようにニヤッと笑う。
 パスカードはちょうど五枚。チェシャ猫がこんなこともあろうかとコピーしてくれたのだ。あの妖猫には未来予知能力でもあるのか?
 ――あるいはアリス、君がいつか天界へ行く日のために、彼女は僕にこの鍵を預けたのかもしれないね。
 チェシャ猫がそう言っていたのを思い出す。
 パスカードをホルダーに入れて、俺達は首からパスを下げた。
「さて、と……」
 俺は封筒の中に入っていた紙の内容を確認しながら冥界駅の中を歩く。冥界の駅はどこぞの都会の駅のように入り組んでいて、まるでダンジョンだ。より厳密に言えば、魔界――あるいは地獄へは簡単にすぐ行ける。だが、天界へ向かうための道は妙にややこしい。わざとこういう道のりにしているとしか思えない。
 途中から、急に道が真っ直ぐになった。果てしなく続く階段を上り詰める。
「も~、どこまで行ったら着くねん!」
 体力が少ないらしい幽子さんがぶつくさと文句を言う。
「天界っていうのは確かに空の上にある。ただし、空の上の異界だ」
 ネイクスが不意に口を開いた。
「異界だから、飛行機に乗って雲の上まで行ったとしても人間には見えない。天使たちは異界のゲートを通じて地上に派遣される」
「つまり、この階段を昇りきったところでこのパスカードを使えば天界への門が開かれるってことか?」
「俺の記憶が正しければな」
 俺の言葉に、ネイクスは肩をすくめる。
「ったく、天使や神様どもは翼があるからこんな長い階段作りやがるんだ。お前らに合わせる必要ないし、お先に行かせてもらうぜ」
 ネイクスは店長が神気を集めて翼を作るように、妖気を練り固めて悪魔の翼をつくり、ひょいと飛んでいった。
「あっ、その手があったか! 鈴、竜形態いけるか?」
「うん」
 鈴が黒竜に変身すると、俺と幽子さん、クラウドが鈴の背中に飛び移った。
「重くないか?」
「平気。この姿になると力が増すんだよ」
 壁を壊したりしてたからそれは知ってる。
 俺たちは鈴に乗って一気に階段を昇りきった。
 階段の頂上にはネイクスが待っていた。
 ――そしてネイクスの奥には、異界のゲートが俺たちを待ち構えるように渦を巻いている。
 俺は緊張でつばを飲み込み、パスカードを握りしめる。手がじっとりと汗ばんでいた。
「――行こう!」
 俺たち五人は天国へのゲートをくぐったのである。

〈続く〉
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