第30話:人間に戻るための一筋の光明
文字数 1,802文字
「うん、この書類は受け取っておくよ。これで治療薬の開発も進むかもしれない」
稲荷神社。鳳仙神社のように社務所に居住スペースがあり、その地下には実験室も広がっているらしい。
ピクシーさんは店長から書類を受け取り、うなずいた。
「あの怪物――ヴァン、という名前だったか。その死体から血清を作ろうとしているんだが、死体の腐敗が早くてなかなか進まなかったんだ」
それもそうだろう、あの怪物を殺してもう一年以上経っている。
「あの怪物の死体を調べるのはこれ以上は難しいだろうな。それで、私の血を採取して何かに役立たないだろうか」
「君の血?」
店長の言葉に、ピクシーさんは疑問を返す。
店長は、海浜公園で起こった出来事を話す。
「なるほど、『女神の血』にはアヤカシの浄化作用があるかもしれない、と」
「私の血から成分を抽出して治療薬を作れれば、虎吉の吸血鬼の血だけを浄化することが出来るかもしれない」
つまり、人間に戻れる可能性が出てきた、ということだ。
ようやく見えてきた一筋の光明に、俺の胸が高鳴る。
しかし、まだ葛藤はあった。
人間に戻れば、普通の生活が送れる。しかし、店長とはそれで契約が切れる。非力な人間に戻った俺はバイトをクビになるかもしれない。
それに、人間としての寿命は短い。店長を置いて逝くのは悲しい。
――まあ、まだ治療薬が作れるとは確定していないので、考えても仕方ない。人間に戻れる道筋がきちんとできたときに、改めて考えればいい。
俺はネガティブな感情を払拭しようと努めた。
「っていうか、店長マジで女神だったんすね……」
「だから何度もそう言ってるだろう」
店長は呆れた目を俺に向ける。
「いや、女神にしてはあまりにも性悪すぎるもので」
「お前は本当に失礼なやつだな!」
俺の憎まれ口に、店長はシュッシュッとパンチする真似をするが、顔は笑っていた。
店長も、俺が人間に戻れることに、純粋に喜んでいることがよくわかる。
――店長は、俺が人間に戻ることを望んでいる。
嬉しいことのはずなのに、何故か複雑な気分が自分の中に渦巻いていた。
翌日。
鳳仙神社の居住スペースには、俺と店長と鈴と……イービルが居座っていたのであった。
「なんでまた来たんだお前……結界を張り直したはずなのに……」
「子供ってお菓子と現金あげれば何でも言うこと聞いてくれるよねえ」
イービルは全く悪びれない。
「店長……この神社のセキュリティ見直したほうがいいっすよ……」
「ああ、すぐ検討しよう」
店長は痛む頭を押さえながらうめいた。
「ひどいなあ、たとえ血がクソまずくてもボクは店長さんを寵愛してあげるって言ってるのに」
「余計なお世話だ」
「そうそう、ボクたち雑誌に写真載ったみたいだよ」
「は……?」
疑問符を浮かべる店長に、イービルは雑誌を取り出す。
女性週刊誌だった。
「なになに……『モンスターサーカスのボーカル、イービル・ダーク、謎の美女と夜の公園で密会!?』……なんだこれは」
週刊誌にはイービルが店長の首筋に顔をうずめている写真がモノクロで載っていた。
「え? 超人気バンド『モンスターサーカス』知らないの? 結構有名だと思ってたのにショック~」
自分で「超人気」とか「結構有名」とか言える胆力がすごい。
彼の話によると、モンスターサーカスはイービルとその従者たちで結成されたバンドらしい。自分で「魔界から来た王子様」を名乗っており、あまりに堂々としているので「そういう設定」として人間たちに受け入れられているらしい。
「えーと、『謎の美女についての情報は現在調査中』……これ、正体バレたら店長の身が危ないのでは?」
モンスターサーカスの人気がイービルの言葉を信じて超人気だとすると、そのボーカル兼リーダーと密会をした店長はファンの敵ということになってしまう。
「じょ、冗談じゃないぞ! 完全にとばっちりじゃないか!」
店長の顔が青ざめている。女性ファンに袋叩きにされている自分の図が浮かんでしまっているのだろう。
「大丈夫、大丈夫。このまま結婚しちゃえば問題ないって」
「今この場で抹殺するしかないな」
能天気なイービルの言葉に、店長は冷ややかな目で御札を広げ始めた。
「おっと、殺されるのは勘弁だからそろそろ退散しようかな。じゃあね店長さん、愛してるよ」
「二度と来るな!」
霧になって逃げ去っていくイービルに、店長は塩をまいたのであった。
〈続く〉
稲荷神社。鳳仙神社のように社務所に居住スペースがあり、その地下には実験室も広がっているらしい。
ピクシーさんは店長から書類を受け取り、うなずいた。
「あの怪物――ヴァン、という名前だったか。その死体から血清を作ろうとしているんだが、死体の腐敗が早くてなかなか進まなかったんだ」
それもそうだろう、あの怪物を殺してもう一年以上経っている。
「あの怪物の死体を調べるのはこれ以上は難しいだろうな。それで、私の血を採取して何かに役立たないだろうか」
「君の血?」
店長の言葉に、ピクシーさんは疑問を返す。
店長は、海浜公園で起こった出来事を話す。
「なるほど、『女神の血』にはアヤカシの浄化作用があるかもしれない、と」
「私の血から成分を抽出して治療薬を作れれば、虎吉の吸血鬼の血だけを浄化することが出来るかもしれない」
つまり、人間に戻れる可能性が出てきた、ということだ。
ようやく見えてきた一筋の光明に、俺の胸が高鳴る。
しかし、まだ葛藤はあった。
人間に戻れば、普通の生活が送れる。しかし、店長とはそれで契約が切れる。非力な人間に戻った俺はバイトをクビになるかもしれない。
それに、人間としての寿命は短い。店長を置いて逝くのは悲しい。
――まあ、まだ治療薬が作れるとは確定していないので、考えても仕方ない。人間に戻れる道筋がきちんとできたときに、改めて考えればいい。
俺はネガティブな感情を払拭しようと努めた。
「っていうか、店長マジで女神だったんすね……」
「だから何度もそう言ってるだろう」
店長は呆れた目を俺に向ける。
「いや、女神にしてはあまりにも性悪すぎるもので」
「お前は本当に失礼なやつだな!」
俺の憎まれ口に、店長はシュッシュッとパンチする真似をするが、顔は笑っていた。
店長も、俺が人間に戻れることに、純粋に喜んでいることがよくわかる。
――店長は、俺が人間に戻ることを望んでいる。
嬉しいことのはずなのに、何故か複雑な気分が自分の中に渦巻いていた。
翌日。
鳳仙神社の居住スペースには、俺と店長と鈴と……イービルが居座っていたのであった。
「なんでまた来たんだお前……結界を張り直したはずなのに……」
「子供ってお菓子と現金あげれば何でも言うこと聞いてくれるよねえ」
イービルは全く悪びれない。
「店長……この神社のセキュリティ見直したほうがいいっすよ……」
「ああ、すぐ検討しよう」
店長は痛む頭を押さえながらうめいた。
「ひどいなあ、たとえ血がクソまずくてもボクは店長さんを寵愛してあげるって言ってるのに」
「余計なお世話だ」
「そうそう、ボクたち雑誌に写真載ったみたいだよ」
「は……?」
疑問符を浮かべる店長に、イービルは雑誌を取り出す。
女性週刊誌だった。
「なになに……『モンスターサーカスのボーカル、イービル・ダーク、謎の美女と夜の公園で密会!?』……なんだこれは」
週刊誌にはイービルが店長の首筋に顔をうずめている写真がモノクロで載っていた。
「え? 超人気バンド『モンスターサーカス』知らないの? 結構有名だと思ってたのにショック~」
自分で「超人気」とか「結構有名」とか言える胆力がすごい。
彼の話によると、モンスターサーカスはイービルとその従者たちで結成されたバンドらしい。自分で「魔界から来た王子様」を名乗っており、あまりに堂々としているので「そういう設定」として人間たちに受け入れられているらしい。
「えーと、『謎の美女についての情報は現在調査中』……これ、正体バレたら店長の身が危ないのでは?」
モンスターサーカスの人気がイービルの言葉を信じて超人気だとすると、そのボーカル兼リーダーと密会をした店長はファンの敵ということになってしまう。
「じょ、冗談じゃないぞ! 完全にとばっちりじゃないか!」
店長の顔が青ざめている。女性ファンに袋叩きにされている自分の図が浮かんでしまっているのだろう。
「大丈夫、大丈夫。このまま結婚しちゃえば問題ないって」
「今この場で抹殺するしかないな」
能天気なイービルの言葉に、店長は冷ややかな目で御札を広げ始めた。
「おっと、殺されるのは勘弁だからそろそろ退散しようかな。じゃあね店長さん、愛してるよ」
「二度と来るな!」
霧になって逃げ去っていくイービルに、店長は塩をまいたのであった。
〈続く〉