8.

文字数 6,352文字

 色々とあった日も終わり翌日。この日はゴーレムの能力を調べる課題の最終日だ。
 俺はすでに提出するレポートは書き終えてしまったため、今日は一日ゆっくりするつもりだ。
 購買部の横にあるベンチで、俺とタンケルはゴーレムを加えて会話を弾ませていた。
「はあ……今日はゆっくりできるからいいけど、あと何日かすれば『グループワーク』ってのが始まるんだろ?」
「ああ、けっこう厳しいスケジュールだよなここって……」
「ダーリン、そのグループワークというのはなんだ?」
 俺とタンケルがぼやいた内容に、クローブが首を突っ込んできた。
「そういやまだ教えてなかったな。ゴーレム科では、生成者とゴーレムが力を合わせて色んな課題に挑戦する『グループワーク』って名物行事があるんだよ。泊りがけで、けっこう大変な行事なんだぜ」
「ほうほう。それは楽しそうだな」
 周囲の評判を聞くには、どうやら楽しいだけのイベントではないみたいだ。
 一年生から三年生まで、各学年から数名ずつで一つのグループが作られ、それぞれのグループには課題が与えられる。その課題を、班のメンバーやゴーレムと力を合わせて達成することで生徒同士、またはゴーレムとの結束力が高めるのが目的だという。
 うん、正直大変そうだ。
「ところでターロ! お前、今日はやけに機嫌がよさそうだな。なんかあったのか?」
「ダーリン、きっと少年はお嬢ちゃんと上手く仲直りできたのだよ。
 それによりゴーレムとの絆が深まったというなら、それは気分もよくなるさ」
「うーん。うらやましいなあ……」
 こいつら、また勝手に言ってやがる……
 だが、あながち間違っていないんだから困るんだよな。
 昨日のキェーンとのやり取りが、俺の心のモヤモヤを払ったような気がしたのだ。
「そういえば――今日はユリィを見かけないけど、どうしたのかしら?」
 キェーンが唐突にそんなことを言った。
 ああ、たしかに言われてみればそうだ。今朝の朝礼でも姿を見せなかったし、どうしたんだろう。
 まさか――
「おかしいな。ターロとユリィもなんだかんだで仲直りしたと思ってたんだけどな」
「そうだなダーリン。不器用ながらも微笑ましいやり取りをしていたのだし、まさか今更顔を見せるのが恥ずかしいなんてこともないだろうに」
「うわっ! もしかして、お前ら見てたのか?」
 昨夜、寮の前でユリィと会ってたのをこいつら見てたのかよ! 
「まあ、俺の部屋は寮の一階だし、そりゃあ見ようと思えば……」
 最悪だ……
「ああいう初々しい光景を見ていたら私の胸もキュンキュンしてしまうぞ。
 ダーリン、私達もがんばろうじゃないか!」
「頑張るって何をだっ! うわっ、どこを触って――」
「ちょっと! 今はユリィの話をしてるんでしょ!」
 キェーンが一喝をした。これにはクローブもぴたりと動きを止め、おとなしくなる。
「――すまなかった。
 じゃあ、話を戻すがな。私は、たかだか朝礼を一回休んだくらいでそこまで気にすることはないと思うぞ。女には女の都合という物もあるし、それの前では学校のルールなど……」
 クローブは朗々と語る。たしかに女子の中には、しばしば理由を付けて遅刻をしたり無断で欠席したりするのもいるけどなあ。
 とはいえ、クラスでもユリィは真面目な方だし………
「ねえ、ターロ。心配だからユリィのところに行ってみましょうよ!」
 思考中の俺に、キェーンがそんなことを持ちかけた。
「おいおい。行くって、どこにだよ?」
「ユリィがいるところ! わかんなきゃ探すの!」
 胸を張ってキェーンは答える。
 思ったことをすぐ口にするキェーンらしい言い方だった。
「――よし、探すか! 今日はどうせ終礼まで暇なんだ。お前の思い付きに乗ってやるよ」
 俺はそう言ってキェーンの頭に手を置いた。そして、ベンチから立ち上がる。
 不思議と、今はやってみようと思ったのだ。
「なんだなんだ? ターロもキェーンちゃんも行っちゃうのかよ」
「ダーリン、せっかくだから私達も少年とお嬢ちゃんに付き合おうじゃないか。
 級友との付き合いは大切にしたいものだろう?」
「まあな。昨夜のやり取りを覗き見した以上は俺も関係者だ! ユリィを探すの、手伝ってやるよ」
「さすがダーリンだ! 最高に格好いいぞ!」
 どうやらタンケルとクローブも付き合ってくれることになった。
 こうしてユリィの探索が始まったのだった。

 まず一番いる可能性があるのは、ゴーレム科女子寮のユリィの部屋だ。
 しかし、そこまで行くというのはなかなか難しいものがある。
 日が沈むまでは異性の寮に行くことは許可されているが、年頃の俺達にとってはいささか抵抗のある行為だ。
 特に、男子が女子の寮に行くとなると、個人的にその重圧に耐えられそうにない……
 基本的にお気楽なキャラのタンケルも、それは同じだったみたいだ。
「なによあんたらは! そんなのいちいち気にしてたらこの先どうするの!」
「まあそう言うなお嬢ちゃん。ダーリン達は複雑なお年頃なんだ」
 ゴーレムにいいように言われてしまっている俺達。
 しかし、次にクローブがこんな提案をしてきた。
「ならば、私とお嬢ちゃんの二人で女子寮に入ろうか?
 私達の見た目は女なのだし、問題はないだろう。何か聞かれても、ダーリンや少年の名前は出さないから安心してくれ」
 なるほど! それは名案だ。
「ありがとう、クローブ。是非お願いするよ。
 キェーン、お前にも頼めるか?」
「任せときなさいよ!」
 キェーンはどんっと胸を叩き即答。
 こうしてキェーンとクローブはゴーレム科の女子寮に潜入することに決定。
 俺とタンケルは、学食や実験場、格納庫などの寮以外でゴーレム科の生徒がいそうな所を回ることに決めた。
 
「うへえ……疲れたな……」
「おまけにユリィは見つからないし……」
 俺とタンケルは色々な場所を当たったがユリィを見つけることはできなかった。
 広大な学校内を急いで回ると本当に疲れる……
 一通り回ったら女子寮の前に行って、キェーンとクローブに合流しお互いの成果を教え合うことに決めていたので俺達はヘトヘトになりながらも向かった。
「おっ、いたいた」
 キェーンとクローブが女子寮の近くに立っていた。ユリィの姿はない。
「よう少年、そしてダーリン」
 クローブの声のトーンは低かった。そして、その横にいたキェーンの顔もどこか浮かない。
「こっちは見つからなかったけど、ユリィは寮にいたのか?」
「――ああ、いたよ。あのお嬢ちゃん、自室に閉じこもっていてな」
 やはり、クローブはどこか引っかかった感じで答える。
「クローブ、なんかあったのか?」
 タンケルがクローブに聞くと、クローブは仕方ないといった感じで寮のドアを指差した。
「それを知りたいなら、中へ行こう。はっきり言って、彼女に直接聞かないときちんと把握できない問題が発生している」
 問題が発生? いったい何があったっていうんだ?
 俺とタンケルは無言でうなずくとキェーンとクローブの後に続いて女子寮へと足を踏み入れた。

 女子寮の内装は男子寮と変わらないものだった。しかし、どこか甘い匂いが全体に漂っているのがムズムズ感じる。
 そんなことを思いつつ、周りの目を気にしながらも四階の奥に到着した。ユリィの部屋はここにあるようだ。
 クローブはドアをノックし、
「お嬢ちゃん、私だ。開けてくれるか?」
 そう優しく呼びかけるとしばらくしてドアが開く。
「何? また来たの――って、なんであんた達がいるのよ!」
 ユリィはクローブの姿を確認した後、その後ろにいた俺とタンケルの姿に驚いた。
「さっき言っただろう。ダーリンと少年もお嬢ちゃんのことを心配していたと。
 だから、ダーリン達にも例のことを教えてやってくれないか?」
 ユリィは少し戸惑った様子を見せた後、こくんとうなずいた。
「わかったわ。入って……」
 いつもとは違うどこか弱ったか細い声で、ユリィは俺達を招き入れる。
 部屋のカーテンは閉められ、昼間から薄暗い状態……
 やばい。これだけでかなり不安だ……
 薄暗いながらも確認をするが、ユリィの部屋は小ざっぱりしていて、あまり女の子らしさを感じさせるものではなかった。
「――いてっ!」
「なにキョロキョロ見てんのよ!」
 部屋を見回す俺の背中をキェーンは叩いた。
「悪い……」
 部屋の隅には、コースケット先輩に変身しているパクチがいた。
「どうも。ユリィ様のお部屋へようこそ」
 いつもの軽快な口調にもどこか勢いがない。
 ユリィは部屋のドアを閉めた後に、神妙な面持ちで口を開いた。
「まさかあんたらが来るとは思わなかったけど……
 まあ、いいわ。今は誰かに少しでも話しておきたい気分だし。
 いや、話すのは危ないかな……アハハ」
 それは弱り切った感じで、非常に投げやりな物の言い方だった。
 こんなの、いつものユリィじゃない。
 いったい、昨夜俺と別れた後に何があったって言うんだ?
「――かまうもんかよ。いいから話してみろって。
 いつも俺に突っかかってズケズケ言ってるお前らしくねえぞ」
 俺がそんな風に言ってやると、ユリィは苦笑する。
「あーあ。ターロにそんなこと言われるなんてショックね。
 わかった。昨日、あんたと別れてからのことを話すわ」
 一瞬、ユリィの目にいつもの精気が戻ったように感じた。
「男子寮から自分の部屋に戻る前、格納庫の横でユージン先輩に会ったの。
 驚いて話しかけたら、ペッパード六式の調整を忘れてたから急いでやってたんだって先輩は言ったわ。本当なら、もうあの時間は格納庫への出入りは禁止のはずなのにね」
 なるほど、あの後ユージン先輩に出くわしたのか。
「でも、先輩って基本的に自由な人だから、そんなことしょっちゅうなんじゃねえの?」
「私もそう思ったわ。それで、こんな夜に偶然会えてラッキーって感じながら私は部屋に戻ったの。――その思いもよらず会っちゃったのが悪かったのかなあ。
 私ったら、部屋に戻ってからドキドキが止まらなくてさ……月明かりの下で見た先輩ったらいつもよりちょっと雰囲気が違ってて……」
 ああ、そういえば。ユリィはユージン先輩に思いを寄せているんだったよな。
 あの人の前だといつもの勝ち気な態度から一変、急に猫を被るんだった。
「だから私は、パクチを先輩に変身させちゃったの」
 そう言うとユリィは、うつむいて黙ってしまった。
「なあ、ターロ」
「なんだ?」
「俺ら、なんかすごい話聞いてるんじゃね?」
「いや……うん」
 俺とタンケルはそんな内緒話をした。
「――ここからはちょっとボクが説明しましょう」
 うつむいたままのユリィをフォローするように、横からパクチが出て来た。
「突然ですが、ボクの変身能力の詳細についてまず話させてもらいます。
 これは、ユリィ様がこの二日間で丹念に調べ上げた成果とも言えますね。
 ――おっと、それには例のユージンさんの手も借りましたが……」
 そんな軽快な口調で、時折寒いジョークをかましつつされたパクチの変身能力の説明を要約すると次のようになる。
 
 パクチが誰かに変身するための条件は、パクチの生成者であるユリィが顔を認識しており、一度でも触れたことがある人間に限られる。
 変身時には、ユリィが変身させたい人物の名前を呼んでその人に変身するようにパクチに指示をしなければならない。ゆえに、対象の名前を知ることも変身の条件に加わる。
 変身をすると、その人物と同じ身体能力を発揮することが可能。ただし、魔法を使用することはできない。
 変身時、再現されるのは人体の部分のみで、服飾品や装飾品は再現されない。なので、周囲への配慮のためユージン先輩からもらった特殊な素材の服が必須。

 こんな感じだった。うーむ、これを二日で調べ上げたのか……たいしたもんだ。
「なるほど。で、それでユージン先輩に変身したらどうなったんだよ」
 俺がそう聞くと、パクチは一瞬置いてからこう言った。
「はい。それで変身したわけですがね――再現されなかったわけですよ」
「再現されなかったって、人体以外の部分がだろ?」
 ユリィの体がピクッと動いた。
「ええ、人体以外の部分……なんでしょうねえ。服が再現されないのは他の方の時と同じでしたが、先輩の場合それ以外の部分もですね……」
「――それって?」
「両腕と両脚です」
 部屋の中の空気がピーンと張り詰めた。
 え? なんだそれ?
「具体的に言いますと、腕は肩口から先がなく、脚は太ももの半分を過ぎた辺りで――」
「もうやめてっ!」
 パクチの説明の途中でユリィが叫んだ。
 それはとても悲痛な叫び声だった。
 うん、よっぽどショックだったのだろう。憧れの先輩の姿を呼び出してみたら、手足のない姿で現れたというのだから。
 俺なんか話を聞いただけで、すでに理解の範疇を超えてしまっている。
 しばらく誰も声を出せずにいたが、キェーンが沈黙を破った。
「これはもう普通の状況じゃないわよ。ユリィ本人がいるのにこんなこと言うのはなんだけど、ユージンって奴は絶対に裏があるわ」
 キェーンが断言する。たしかに、なんとなくそう思えて来たが……
 ――ちくしょう。ユージン先輩って本当に何者なんだよ?
「なら、あの青年の素性を調べるなんてのはどうだ? 他にも格納庫を見張るとか何かやれることはあるだろう」
 そんな提案をしてきたのがクローブだった。
「いいわね! それ、やりましょうよ!」
 キェーンとクローブは意気投合した様子だがユリィは相変わらずうつむいたまま。
「ちょっとユリィ、あんたが関わっちゃった問題ならあんたが立ち向かうしかないのよ?」
「う――」
 ユリィは答えられない。
「とりあえず、今日はもう勘弁してやってくれませんかね。ユリィ様も精神的にまいっているのです……」
「うーん。それはそうかもしれないな。クローブ、もう今日はやめておかないか?」
「ダーリンが言うならそうしよう」
 俺もタンケルのように意気込むキェーンを諫めることにした。
「おい、今日はもう部屋に戻るぞ。これからどうすればいいか考えるなら、俺達だけでもできるだろ」
 俺はユリィの方に目配せをしつつそう言った。少しはユリィの胸の内を察しろと思ったのだが――
「ああああ! もうっ!」
 キェーンが返答するより先に室内で大声が上がった。
 叫んだのはユリィ。立ち上がり、わなわなと握った拳を震わせている。
「ユ、ユリィ様?」
「もう耐えられないわ! そりゃあ私は落ち込んでたわよ? でもね……
 こうやって周りから心配され通しなんて無理っ!
 怒りが悲しみを凌駕したって状態よ!
 いいわ――ユージン先輩の秘密、暴いてやろうじゃないの!」
 何事かと駆け寄ったパクチを振り払うと、ユリィは顔を真っ赤にさせてそのようにまくし立てた。
「お、おお……いつものユリィに戻ったんじゃないの?」
 タンケルが俺に耳打ちしてきた。
「ああ。そうかもな……」
「ふんっ。あんたらなんかに気を使われるなんて私のプライドが許さないだけよ!」
 憎まれ口まで戻りやがったか……
「よーし、ユリィがやる気になったなら早速話し合わなきゃね!」
「ふふふ。女の決意は固くて強いな」
 そして、我らが女性型ゴーレム二体もやる気満々のようだった。
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登場人物紹介

【ターロ・アレクシオ】

主人公。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

ゴーレム科に入学したが、とある事情からやる気がない。

【キェーン】

ターロの相方であるゴーレム。

見た目は美少女で、反抗的。

【タンケル・イグニス】

ターロの友人。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

美少女ゴーレムのハーレムを作るという夢の為、入学をした。

【クローブ】

タンケルの相方であるゴーレム。

グラマラスな大人の女性の姿をしている。

タンケルを愛してやまないが、彼の好みではない。

【ユリィ・ドルフーレン】

ターロのクラスメイト。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

勝気な性格だが、クラスの男子からはけっこう人気。

【パクチ】

ユリィの相方のゴーレム。

黄土色の球体に人間の腕が生えたような姿をしている。

【ユージン・ハーリンク】

ターロ達の先輩。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科3年。

変形機能を持ちゴーレム科最強と名高いゴーレム、ペッパード六式が相方。

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