10.

文字数 9,288文字

 あっという間に二日が過ぎ、いよいよグループワーク当日となった。
 明け方すぐに正門前の広場に集められ、グループワークの心構えと班分け、そして各班で取り組む課題の発表がされ――担任が普段の学校での様子を見て気を利かせたのかは知らないが、なんと俺とタンケルとユリィは一緒の班になってしまったのだ!
「うわあ。またあんたらと同じなの?」
 ユリィはあからさまに嫌な顔をしてそう言った。
 一昨日まで学校には絶対に知られてはならない作業を行っていた面々がまた一緒か。
 その後上級生とも顔合わせをし、一年生は俺達三人、二年生は男女の先輩が一人ずつ、三年生は男子の先輩一人という六人構成の班に決められていたようだ。
 そして課題は、薬草を山に行って入手すること。その薬草とは、ゴーレムを生成する時にこねた土に混ぜ込む薬品の原料となる草らしい。
 これを班のメンバー、そしてゴーレム達と力を合わせて行うというのだ。
「よろしくね。私は二年のミチカット・グラスよ」
「こちらこそ! 私は一年のユリィ・ドルフーレンっていいます」
「ターロ・アレクシオです。よろしくお願いします」
 女子の先輩から挨拶を受ける。ミチカット先輩は見た目も話し方も穏やかな人で、なかなかの美人だ。
「あーあ、去年の町での奉仕活動の方が全然よかったよ……」
「えっ? そうなんすか?」
「おう。いわゆる大自然の中での作業系はどこもキツいって評判なんだよ。来年以降のために覚えておいた方がいいぜ」
 二年の男子の先輩は俺達と顔を合わせるとすぐにディアゴと名乗り、軽いノリの人だが悪そうな人ではない。すでにタンケルと話を弾ませていて、意気投合している感じだ。
 そして三年の先輩は――
「よし、積み込み完了だ。あっ、君達のゴーレムも早く載せちゃいなよ」
 身の丈は俺達の三倍はありそうな大型のゴーレムを魔法でコンパクトサイズにし、荷台に乗せていた。彼はトミオ先輩といって、ゴーレム科三年でも上位の成績を誇る優等生だ。
 トミオ先輩の指示で俺達は自分のゴーレムを大きな荷台に乗せた。真面目そうな先輩で、班のリーダーにはぴったりである。
 こうして俺達の班は、四足獣の形を模し脚部が車輪となったゴーレム三体に荷台を引っ張られ、学校を出発したのだった。

 目的地に着くのは昼頃になるそうなので、俺達は揺れる車内で会話をしていく。
 まずはトミオ先輩が今回の課題の詳細と注意点の書かれた紙を読み上げ、簡単な打ち合わせのようなものを行った。この紙は、三年生の生徒が班の発表をする時に教師から渡されたものだそうだ。
「まあ、薬草の採取以外の部分はキャンプと思ってもらって構わない内容だね」
 トミオ先輩の言う通り、今回の課題は薬草を明日の昼までに各自が袋いっぱいになるまで採取することで、それ以外は山中で一夜を過ごすという点ではキャンプと同じだ。
「でも、学校から支給されたのはテントと鉄の鍋とパンと塩だけですよね? あとは簡単な生活用マジックアイテム数個だけって」
「そこがグループワークなんだろ。水源や野菜、木の実の類は現地にあると紙には記されているし、僕達でどうにかしろってことだな」
「うえー。面倒くさいなあ……」
 トミオ先輩の説明をあらかた聞き終えると、ディアゴ先輩は不満を口に漏らした。
「そうっすよね。俺、食事なんかろくに作ったことないっすよ」
 ディアゴ先輩とすっかり仲良くなったタンケルもそれに続く。
「だっさいわねえ……私なんか昔っからこういうことには慣れっこだし、現地では私の指示に従ってもらうわよ?」
 タンケルの言葉を聞いて、ユリィが呆れ口調でそう言った。
 ユリィの実家は魔法石の採掘業、通称「掘り屋」だったんだよな。魔法の儀式やマジックアイテムの材料に使われる、魔力を含んだ鉱石である魔法石の採掘を生業とし、それを業者に売って生計を立てているのが掘り屋なわけだ。中には採掘場から採掘場をあちこちと移動しながら生活している人もいるらしく、ユリィもそういった移動生活を続けてきたのだろうか。
「ドルフーレンさんは頼りになりそうね。私なんか女だけど人並みにしかできないわ」
「いやあ。強制的に手伝わされてたんですよ! 母さんが怖い人で……」
 きっとユリィに似ているんだな。と、口から出かけたが寸前で止めておいた。
「まさか、一年女子の中でも抜群に可愛いって評判のユリィちゃんと同じ班になれるとは嬉しいね。あらためてよろしく頼むよ」
 ディアゴ先輩はずいと体を乗り出してユリィに迫った。
 そういやユリィは、同学年だけでなく先輩達からもよく声をかけられてるんだよな。
 いざ接してみるとキツい性格に圧倒されると思うのだが、まったく理解に苦しむ人気っぷりである。パクチをマジックファイター科のコースケット先輩の姿によく変身させているが、この人気を利用して何人も変身のストックを増やしていると思うと少し怖い……
「あら、ディアゴ君。さっきは美女ゴーレムと一緒で最高だ! とか言っていたじゃない」
「うぐっ! それは言わないでくれよ……」
 ミチカット先輩の突っ込みにディアゴ先輩はたじろぐ。
「美女ゴーレムって――ああ、クローブのことか」
 俺は思わずうなずいた。一年の間でもその美貌と素晴らしいボディラインで注目を集めるクローブだが、どうやら上級生の間にも知れ渡っているみたいだ。
「俺のゴーレムってそんなに知られてるんですか? いやあ、まいったなあ」
「見た目が人間と寸分違わないゴーレムはやっぱり目を引きやすいからね。それで美しいときたら話題になるのもしょうがないさ」
 戸惑うタンケルにさらりとそう投げかけるトミオ先輩。
「――だから、ターロ君のゴーレムの話もけっこう耳に入ってくるよ。タンケル君のゴーレムとはタイプの違う美少女ゴーレムだってね」
「そうそう! 背が小さくって、銀色の綺麗な髪をしたあの子! あっちもじっくり見てみたいなあ……」
「ディアゴ君は見境がないのね」
 うわ。キェーンの奴も話題なのかよ。そして、ミチカット先輩は一見穏やかそうだが容赦が無い人だぞ……
「いやいや。あいつ、ゴーレムのくせにすごく反抗的で困るんですよ。生成者である俺を最初の頃は『お前』とか言ってきたし……」
 今では少し落ち着いてきたが、それでも俺に対する敬意などまったく持っていそうもないのがキェーンというゴーレムだ。
 俺がため息を吐くと、トミオ先輩がこう言ってきた。
「僕のゴーレムも最初はなかなか言うことを聞いてくれなかったよ。喋ることはできない代わりに、無視したりそっぽを向いたりで大変だったものさ。でも、気持ちを込めて接すれば次第に通じ合うようになるもんだよ」
 優等生と名高いトミオ先輩が言うと説得力があるように思える。しかし、あのデカいゴーレムが反抗的だったなんて、よっぽど大変だったんじゃ?
「へえ。あの美女ゴーレムの名前はクローブっていうのか! よし、現地に着いたら早速俺のことを紹介しろよな!」
「いいっすけど……でも、俺はあいつの見た目に関しては好みじゃないけどなあ。なんでみんなそんなに良いと思うんだろ?」
 さすが美女より美少女のタンケルだ。あのクローブの大人の魅力たっぷりの美貌も、こいつにはむしろ苦手な部類に入るのだった。
 しかし、傍から見たらうらやましい限り。贅沢を言い過ぎだと引っぱたきたくなるのも事実である。

 揺られ続けて森の入り口に到着。荷物と各自のゴーレムを後ろの荷台から降ろすと車は自動で去って行った。さすが魔法立国のゴーレム車だ。
「うむ。君達が今年の生徒か」
 入口には小屋が建っており、ここら一帯の山を管理する中年の男性が中から現れた。
 このおじさんは国から山林の管理を任された人間らしく、学校行事にここら辺の土地を利用する際も学校側は彼に生徒を任せるらしい。もっとも、よっぽどの一大事でない限りこのグループワークの間は一切の手出しをしないそうだが。
「ここをしばらく歩くと、川原に辿り着く。そこを拠点にするといいよ。
 では、気をつけてな」
 おじさんから出された昼食を小屋の中で食べてから、いくつかの注意を聞いて俺達は出発した。ここからは徒歩で川原へと向かうが、トミオ先輩の大型ゴーレムは魔法で宙に浮かせ、木の上の飛びながら後ろをついてくることになった。その背中にはテントとその他の荷物がまとめて積まれている。
「先輩、俺らも先輩のゴーレムの上に乗って行くのってダメなんですか?」
「そうしたいのは山々なんだけど、荷物一式を持たせるので限界みたいなんだ。あいにく、僕の魔力じゃそれが限界さ」
 トミオ先輩がゴーレムを飛ばしているのはゴーレム自身の能力ではなく先輩が唱えた魔法によるものだ。俺達一年はまだ習っていないが、ゴーレム科ではゴーレムを扱う上で必要、または便利な魔法をいくつも覚えることになっている。
 魔法が苦手な俺としては、これから苦労をしそうで気が重くなるが……
「わあ! アタシも飛べるようになるわけ? じゃあ、頼むわよターロ!」
 キェーンは目をキラキラとさせてそう言いながら、俺の背中を叩いてきた。
「飛べるのか……いつかは大空のデートと洒落込みたいものだな」
 クローブはそう言ってタンケルにすり寄った。うーむ……
「うらやましいぜ」
 そうぼやいたのはディアゴ先輩だった。先輩の後ろには、灰色の甲冑で全身を包んだといった感じのゴーレムが三体もついてきている。
 そして、しばらく歩くと森が開けてきて川原が姿を現した。

「おーし、こんなもんかな?」
「ダメ! 一見きちんと形になっているようだけど、風が吹いたら倒れるわよ!」
 テントは二人から三人用のが三つで、俺とタンケルのテントを張り終えたが横からユリィが口を出してきた。
 よく見ると、彼女とミチカット先輩のテントは俺達のに比べて綺麗に張られている気がする……
 ダメ出しを食らいながら何度か張り直した後、俺達はトミオ先輩から採取する薬草について話を聞くことにした。
 ダンデーラ草と言われるその草は他の木に絡み付くツタ状をしており、これをすり潰した後に煮詰め、さらに魔法による処理を行うとゴーレムの生成に使われる薬品の材料として使えるらしい。
 つまりは、キェーンやクローブがあるのもこの草のおかげなのだ。
 そのダンデーラ草のサンプルをトミオ先輩が見せてくれたのでよく見た目を覚え、俺達は森の中へと入りいよいよ薬草探しが始まる。
 なるべく固まっての行動を取り、しばらく森の中を歩くと次第に木々に緑の紐のような物が絡まっている姿を散見できるようになった。それが、ダンデーラ草だった。
「これはラッキーだね。いきなり群生地帯と呼んでいい場所にぶち当たったようだ」
 トミオ先輩がそう言うと、キェーンやユリィの元気組は急いで木に駆け寄って行った。
「おっしゃあ! 採るわよお!」
「うりゃあああ!」
「元気だなあ。あいつら……」
 
 採取作業は順調に進み、雑談をしながら可能なくらいであった。
 俺は近くにいたトミオ先輩に話かける。
「よく考えたら、この課題って生徒を使って薬品の材料を手っ取り早く集めるってことなんすよね?」
「まあねえ。でも、僕達の班が集めたダンデーラ草の量ではゴーレム一体分に使う量しかできないよ。三年になると生成用の薬品も作るからそこはよくわかる」
「うへえ……」
 ゴーレム科の生徒は薬草まで扱えるようにならなきゃダメなのか……
「僕は卒業したらゴーレムを生成したい人用に生成用の薬品を売る仕事をしようと思ってるからね。その時は贔屓にしてくれよ」
 マイナーな商売になりそうだから在学中に少しでも名前を売っておかないとね。と、先輩は苦笑しつつ続けた。
 さすがは三年生。もう卒業後のことを決めていたのか……
「ターロ君はどんな道に進もうか考えているのかな?」
 俺は一瞬、手が止まってしまった。
「いや、今は、その……ははは」
 すぐにまた手を動かし始めるが、先輩への返事はそんな曖昧なものになった。
 ――なんてことはない。ただ、俺はその答えを持っていなかったからだ。
「さーて、薬草採取以外にもまだやることはあるよ! 日が暮れるまでに袋いっぱいにしないとね」
 俺の心境を察したわけではないだろうが、トミオ先輩はポンと俺の肩に手を置いて元気にそう言ってくれた。
「うおりゃああああ!」
 少し離れた場所ではクローブが見上げてしまうような高さの木に向かって飛び上がり、一気に木に絡まったダンデーラ草を引き剥がしている。タンケルや先輩達は唖然とするばかりだ。
 ユリィはコースケット先輩に変身させたパクチを木に登らせ、普通では手の出せない場所に生い茂っているものをむしらせている。
 そして、俺のゴーレムのキェーンは――
「んしょ。よいしょ……」
 地味にプチプチと手摘みをしているだけだった。

 夕日が眩しくなってきた頃、俺達は森を出て川原に戻る。スタンド式の照明をセットし、次の作業に移ることにした。
 これからすることといえば、夕食の支度である。
 ミチカット先輩とユリィ、パクチが薬草採りを途中で抜けて夕食で使う木の実や野生の野菜を採ることに精を出してくれたので、これと持参した鍋と塩でスープが作れるわけだ。
「おらあ! 均等な大きさで切らないとダメでしょうがあ!」
 俺とタンケルは調理班だが、後ろからユリィにどやされながらの作業となった。
 一方、川辺の方も何か騒がしかった。
「本当に獲れるの?」
「お嬢ちゃん。少し黙っていろ」
 ボロ布と腰巻を外して刺激的な格好になったクローブが、川に足を浸けて水面と向き合っていた。
「――きた」
 その刹那、彼女は水面に拳を振り、続けざまに水を弾き飛ばした。
 いったい何を――
「うわあっ!」
 川辺から何か飛んで来たのかなと思ったが、気が付くと俺達が野菜をきざんでいたまな板の上に生きた魚が跳ね回っていたのだ!
「お、ちょうど少年のところへ飛んで行ったか。もう五、六匹獲るからちゃっちゃと調理してくれ」
 クローブはそう川の方から声を上げた。さ、魚を素手で獲っていたのか……
「おいターロ。俺、魚なんて捌けねえよ……」
 タンケルは飛んできたもう一匹の魚を掴みながらそうつぶやいた。俺だってそんなことはできないし、第一魚はまだビクビクと動いている……
「だらしないわねえ。ちょっと貸しなさい! 私がやるからどいてっ」
 横からユリィが手を伸ばしてきて、タンケルの持っていた魚を奪い取った。
「うわあ……」
 魚をまな板の上に押さえつけたユリィは、手にした包丁でドンと魚の頭を胴体から切り離す!
 そして今度は素早い手付きで魚の腹を開き内臓を――
「もういいわよ。あとは私がやっとくから、あんたらは鍋の準備をしてなさい」
「わ、わかった……」
 俺とタンケルは言われるがままにその場から離れ、次の作業に移った。
 俺は手頃な石を積み上げカマドを作り、そこにタンケルが拾ってきた乾いた枝を放り込む。
「上出来ね。次は火だけど――」
 そこに水と具の入った鍋を置いたユリィがやってきた。辺りを見回し、着火しようとするのだが着火装置が見つからないようだ。
「これでしょー」
 キェーンが黒い筒を片手に駆け寄ってきた。その後ろには数匹の魚を手にしたクローブもいる。
 先端からシュボッと炎が出たその筒は、炎の魔法を放つ魔法石を埋め込んだ万人用の着火装置だ。棒の中間にあるスイッチを押すと手のひら大の火球が発生するという仕組みで、広く流通しているマジックアイテムである。
「おおー!」
「アクが出たらちゃんと取らないとね」
 カマドに具材が入った鍋を置いた後に着火。グツグツと音を立てて、いい感じに今日のメインディッシュが出来上がっていく。
 その横ではもう一つ作ったカマドでクローブが獲ってきた魚を焼く。真っ直ぐな枝に突き刺してから軽く塩を振り、こちらも実においしそうだ。
 口やかましいが腕はたしかなユリィ、素手で泳いでいる魚を捕まえてしまったクローブの活躍もあり、今日の夕食は予想以上に満足行くものになりそうだ。
「いただきまーすっ!」
 みんなでカマドを囲む形で座り夕食が始まった。
 食事を取らないゴーレム達は少し離れた所で遊んでいるようだ。トミオ先輩の大きなゴーレムの体にキェーンやクローブが飛び乗って大はしゃぎである。
「ミチカット先輩のゴーレムは一番変わってますよね。蝶々の姿をしているなんて」
「ええ。私のゴーレムのタイムは、ああやっていつもパタパタ飛んでるの」
 そのゴーレム達が遊ぶ光景を見ながらの食事となったので、自ずと食事中の会話の内容も互いのゴーレムの話題となる。
 ミチカット先輩のゴーレムは両手のひらでも余るくらいの大きさをした蝶々のような姿だ。
 羽根の模様は大きな目のように見え、少し不気味でもある。
 先輩がすうっと手を伸ばすと、羽をキラキラと光らせながら指先に止まった。
「そして、こういう力もあるわ」
 指先から飛び立ったタイムは俺達の頭上を飛ぶ。すると――
『私の心の声を、こうやって羽ばたきに乗せて送ることができるのよ。
 あと、タイムと視覚を共有することもできるからとっても便利』
 ミチカット先輩の声が、直接頭の中に響いたのだった。
「すげえ! 色々使えそうじゃないですか」
「あの目って本当に物を見てるのか……」
 俺達の反応にミチカット先輩はクスクス笑う。
「悪用はしていないから安心してね。でも、私って昔から内気で、思ったことを口にする勇気が持てなかったらタイムがこういう能力を持っちゃって最初は戸惑ったわ……」
「あ――」
 もしかしたら、俺やタンケルと同じように、先輩のゴーレムも心理反映説に当てはまるのかも知れないな。
「けれど、タイムの能力を使っているうちに自然と言いたいことを言えるようになってきているのかも……なーんてね」
「しかも毒舌の才能が芽生えたみたいだけどな――うっ! すまん、なんでもない……
 だからそんな声を送って来ないでくれ!」
 しんみりと語ったミチカット先輩にディアゴ先輩がそう茶々を入れると、タイムがディエゴ先輩の頭の上を旋回。すると、ディアゴ先輩は急に縮こまってしまった。
 いったいどんな心の声を送り込まれたんだ……
「そういや、ディアゴ先輩のゴーレムって同じ見た目のが三体もいますよね。いったいどんな能力を持ってるんすか?」
 タンケルが魚をかじりながらそう聞くと、ディアゴ先輩は頭上のタイムを気にしながらこう答えた。
「あれは、二年の授業で作る汎用ゴーレムさ。生成者の血を混ぜないで、決まった形の物を生成するタイプなんだ。甲冑風の人型は汎用ゴーレムの基本形だから覚えておくといいぜ」
「へえー。勉強になります」
 ああ、汎用ゴーレムか。そういえば教科書とか校内で同じようなのを何回か見たことがあったかもしれない。ディアゴ先輩の言った通り、汎用ゴーレムとは大別した二種類のゴーレムの生成方法のうち、生成者の血を混ぜないで作るゴーレムのことだ。その姿形は決まった形をしていて無個性、キェーンやクローブのように基本的に人格が芽生えることもない。しかし、型通りに作れるため応用が利き、生成した人間でなくても使役できる点が大きいとか。
「あれ? じゃあ初生成で作ったゴーレムはどうしたんすか?」
 タンケルが続けて聞くと、先輩は少し表情を曇らせた。
「一年の二学期にぶっ壊れちまったよ。まあ、俺の不注意でな……」
 一瞬気まずい空気が流れたが、ディアゴ先輩は笑って続ける。
「ウサギみたいな姿して人間の言葉話せるゴーレムだったんだけど、機動力上げる魔法かけてやったら勢いよく資材置き場に突っ込んで……修復不能なくらい壊れたんだよ。
 俺も魔法を覚えたてで加減ができなくて、あいつもゴーレムのくせにかなり調子に乗る性格だったからなあ」
 それだけ言うと先輩はスープをズズっと飲み干した。
「あの、なんかすいません……」
 先輩の表情を見たタンケルは、辛いことを思い出せてしまったと感じ取ったのか謝罪の言葉を述べた。
「だっはっは! 気にすんなって」
 先輩はスープのおかわりをよそってまた食べ始めた。
「でもよ。その代わりに俺は、一年の内から汎用ゴーレムを作り始めたんだけど、これが予想以上にハマっちゃってさ。将来は汎用ゴーレムの製造工場で働くのもいいかなあって思っちゃったり? ハハハ」
「いーっすねえ。そういや先輩、汎用ゴーレムって――人間そっくりな容姿にできます?
 例えば、自分の好みに……その――」
「おう。すげえ高度な生成技術がいるらしいけど、できるみたいだぞ。金持ちが超美形の汎用ゴーレムをオーダーメイドしてるとか聞くし」
「やっぱりできるんっすね? おーっし!」
 タンケルはガッツポーズを見せた。そういやこいつがゴーレム科に入った目的は美少女ゴーレムのハーレムを作ることだったんだよな。
 その夢が実現可能なものだと確認できて、大喜びみたいだ。
「まあ、お前らも初生成で作ったゴーレムは大切にした方がいいぜ。
 特に、キェーンちゃんやクローブみたいな美し過ぎるゴーレムならなおさらだ!」
 そう言われると、俺はふとキェーンの方を見た。
 大切に――か。
 キェーンはディアゴ先輩の汎用ゴーレムをぺしぺし叩いていた。汎用ゴーレムはそんなことをされているのに無反応だ。たしか、汎用ゴーレムは命令を受けなければ動かないんだったな。
 もちろん、話すようなこともないし、まさに心を持っていないゴーレムだ。
 それに比べキェーンは、ディアゴ先輩の言葉を借りればたしかに唯一無二の存在だ。
 生成者に対して反抗的で、寝床を強奪までするゴーレムなんてキェーンしかいないだろう。おまけに、生成者が命令をするより前に突っ走ろうとすることまであって……
「ん? どうしたんだよターロ。そんな顔して」
「なんでもない」
 俺はタンケルに聞かれたのを誤魔化すかのように夕食を詰め込んだ。
 
 ゴーレム科での三年間に俺は目的を持っていない。そんな俺が、キェーンを大切にして――そして、キェーンと共にどんなことをこの先やろうというのか。
 くそっ。ちょっとは前向きになれたかと思っていたが、根本的なところは変わっていないのだ。
 俺は結局、ゴーレム科にいる意味を見出していない。
 ここは逃げ場所、不本意ながらいる場所で……
 そんな事実が頭に浮かぶと――
「いてっ!」
 魚の骨が口の中に突き刺さった。最悪だ。
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登場人物紹介

【ターロ・アレクシオ】

主人公。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

ゴーレム科に入学したが、とある事情からやる気がない。

【キェーン】

ターロの相方であるゴーレム。

見た目は美少女で、反抗的。

【タンケル・イグニス】

ターロの友人。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

美少女ゴーレムのハーレムを作るという夢の為、入学をした。

【クローブ】

タンケルの相方であるゴーレム。

グラマラスな大人の女性の姿をしている。

タンケルを愛してやまないが、彼の好みではない。

【ユリィ・ドルフーレン】

ターロのクラスメイト。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

勝気な性格だが、クラスの男子からはけっこう人気。

【パクチ】

ユリィの相方のゴーレム。

黄土色の球体に人間の腕が生えたような姿をしている。

【ユージン・ハーリンク】

ターロ達の先輩。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科3年。

変形機能を持ちゴーレム科最強と名高いゴーレム、ペッパード六式が相方。

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