6.

文字数 6,359文字

 もう夕食時になっていて、寮の中に人通りはあるがあまり人とすれ違わない。みんな、学食に行っているのだろう。
 タンケルと俺の部屋は階が違って、俺が三階でタンケルは一階だ。
 階段に差しかかった時、急に出て来た人影にぶつかり俺は倒れた。
「いってえ……」
「あいたあ……」
 ぶつかったのは女生徒。その隣にも誰かいるみたいだ。
「あーっ! ターロ? なんでクローブと一緒に?」
 その女生徒とはユリィだった。当然、その横にいるのは彼女のゴーレムのパクチ。
 ここは男子寮のはずだがどうして?
「俺は今からタンケルの部屋に行くんだよ。それより、お前がここにいる方がおかしいだろ!」
「うっ! それは……」
 日が完全に沈んで以降は、異性の寮を出入りすることは固く禁じられている。
 今はまだその時間ではないが、それでも異性の寮を行き来するのは魅力的なことではあれどあまり教師達からは感心されない。
「ははーん。お嬢ちゃん、少年に謝りに来たといったところか?」
「――なっ! ちょっ! ち、違うわいやっ!」
 クローブの一言にユリィは顔を真っ赤にして反論した。いや、何を言っているかわからなくてちゃんと反論になってない。
「なら今は急いでいるので失礼するぞ。少年の言ったように、私達はダーリンの部屋に行かなきゃならないのだ」
 クローブと俺が立ち去ろうとすると、慌ててユリィが駆け寄ってきた。
「私もついてくわ!」
 もう、勝手にしやがれ。
「ん? なんだあれ?」
「どうしたの?」
 それからは特に言葉もなく階段を降りていくと、踊り場にある窓からおかしな光景が見えた。
 ここから見えるのはサモン科とゴーレム科の寮の間にある中庭なのだが――
「げっ!」
「なにあれ……やばくない?」
 中庭に、しっぽの生えた毛むくじゃらの生物が走り回っている!
 その数は三匹……いや、四匹か?
 あまり大きくない生物だが、生徒達はそいつらから逃げ回っている。
「おーい! 大変だあ!」
「タ、タンケル?」
「おお、ダーリンか。いったい何があったというんだ?」
 タンケルが慌てた様子で階段を駆け上がってきた。
 その後ろには――キェーンの姿もある。
「あれ? なんでユリィがここに? ――って、今はそんなことじゃなくて! 大変なんだよ! 大変だ!」
「なんか、サモン科ってところで事故が起きたみたいなの! 人が少なくなったのをいいことに、こっそり召喚魔法を使った奴がいたらしくて!」
 上手く説明できないタンケルだったが、そこにキェーンが割って入った。
「サモン科で事故ぉ? またあそこなの?」
 それを聞いて声を上げたのはユリィ。
 だが、俺もまったく同じことを思った。
 サモン科は、この世界、もしくはまだ完全にわかってない異世界から召喚獣を呼び出す召喚魔法、そして呼び出した召喚獣を使役することに特化した授業が中心の学科だ。
 近年人気を博している学科なのだが、元々難しい魔法であることと生徒の増加が質の低下を招いている影響もあるのか、事故が多い学科という印象がある。
 サモン科が起こした事故であの生物達が暴れているということは、あの猿のようなやつらも召喚獣なのだろう。
「ちょっと! どうするの?」
 キェーンが俺に、というかここにいる全員に対して声を張り上げた。
「ど、どうするって?」
「だって、目の前であんなことが起きてるのよ? 黙って見ているわけにはいかないでしょ?」
 あんなこと……
 猿に似た毛むくじゃらの生物はいまだに中庭で暴れている。木によじ登ったり、植え込みを破壊したり……うっ、よく見ると怪我人らしき人も……
 たしかに緊急事態だが、俺達に何かできるっていうのかよ? こういう事態は普通、学校の治安を守る腕っこきの警備員がどうにかするはずだが……
 もしかして、夕食時で不在だとでもいうのか?
「そうよね! どうにかしましょうよ!」
 そう言ったのはユリィだった。
「ふむ。あの生物達を放置していたら、いつこの寮に入ってくるかわからないな。
 その場合、ダーリンに危害が及ぶ可能性がある……」
 ユリィに続いたのはクローブ。実に神妙な面持ちで窓の外を見つめている。
「ダーリンを襲い得る危険は、さっさと排除しておくとするか」
 彼女もまた、どうにかしようとする側のようだった。
「ど、どうするって言ったって、いったいどうするんだよ?」
 俺が言おうとしていたことをタンケルが代弁した。
「私がやる。――主に腕力を使ってな」
 クローブは即答する。
「私達はゴーレム科の生徒! だったらゴーレムを使ってこの場を収めるのが当然のことよ」
 ユリィも意気揚々と答える。
「それは頼もしいことだがお嬢ちゃん。お嬢ちゃんのゴーレムに戦う力はあるのか?」
「ふふふん。大丈夫、私のパクチならばっちりよ」
「よし。ならば行くとしようか! ダーリン、許可を!」
 クローブは生成者であるタンケルに召喚獣の暴れる現場へと向かう許可を得ようとした。
「わ、わかった。お前の怪力ならどうにかなるだろうし、行って来い!」
 タンケルは多少戸惑いながらも許可を出した。
「パクチ、いよいよあんたの活躍の時が来たわよ!
 コースケット先輩の姿になりなさい!」
 ユリィは自分のゴーレムであるパクチに命令を出す。
「よしっと。さて、行くとしますかね。ユリィ様、ボクってばちょっとわくわくしちゃってます!」
 パクチは見慣れない男性の姿に変身し、軽快な口調で生成者の命令を引き受ける。
 そして、俺は――俺とキェーンの場合は、
「ちょっと! アタシ達も行くんでしょ? まさか、逃げるとか言わないわよね?」
「――お、おう!」
 ゴーレムに叱咤され、生成者は恐怖を感じながらも現場に行くことを決めてしまった――
「よしっ! じゃあ面倒だからここから一気に行くわよ!」
 そう言うとキェーンは、自分の髪の毛を一本、指でつまんだ。
 人間のそれとは質感がまったく違う、銀色をした髪の毛だ。
 つまんだ一本をぷつんと引き抜くと、それは長い針のように見えた。
「はああああ!」
 キェーンは小さな身体をいっぱいに動かし、その髪の毛の先端で踊り場の窓枠をなぞる。
 そして、キェーンが最後に窓をちょんと押すと、窓がガタンと音を立てて外れてしまった!
「ええええ? なんだそれえ?」
「説明は後で! さあ、早くここから!」
 キェーンはそう言うと窓が外れた所から飛び出た。
 ここは二階から一階への踊り場だし、飛び出しても大丈夫ではあるが……
「お先に!」
「ああ、ユリィ様! 危険ですからゴーレムが先に行きますのに!」
「ダーリン、見ていてくれ!」
「お、俺も行くぞ!」
 みんな次々に飛び出して行き、俺も仕方なく続いた。
 ――さて、中庭の召喚獣達は窓が外れたことによる音と、自分達に向けられた敵意で、俺達に気付いた様子。
 ばっちりこちらに注目をしているようだ。
「ふーむ。野生の本能という奴かな? すっかり臨戦態勢といったところだ」
 クローブは不敵な笑みを浮かべながら言った。
 召喚獣の数は四匹。体長は俺よりも少し小さいくらいだが、異常に発達した手足は見るからに怪力を有してそうで、ギョロリとした真っ赤な瞳も異様だ。
「まずは一番対抗できそうな私が向かおう。こちらが合図したら――そうだな、お嬢ちゃんのゴーレムが来てくれ」
「パクチですってば。覚えてくださいよクローブ姉さん!」
「わかったわ。コースケット先輩になったとはいえ、腕力はクローブの方がありそうだもんね」
「き、気をつけろよな……」
 ここで指示を出し始めたのはクローブ。みんな、それに次々と呼応する。
「ちょっと! アタシはどうすればいいのよ!」
 キェーンだけ特に指示は出なかった。いや、何もすることがないのは俺も同じだが……
「そうだな。お嬢ちゃんは――むっ、来たか!」
 クローブが考えている間に召喚獣がこちらに向かって来た!
 それに反応したクローブは逆に一気にやつらとの距離を詰める!
「ウキャアッ!」
 飛び込み様の蹴りで召喚獣のうちの一匹が吹っ飛び、木に激突した。
 さすがクローブ。予想通り、いや予想以上の攻撃力である。
「そらっ!」
 クローブは続けてもう一匹に拳を振るうが召喚獣も俊敏で、回避されてしまった。
「クローブッ!」
 タンケルがそう叫ぶのと同時に、彼女が殴ろうとしたのと別の召喚獣がクローブに体当たりをした。地面を転がるクローブ。
「ええい、いてもたってもいられない! ユリィ様、ボクも行きますよ!」
「よし、頑張ってきなさい!」
 今度はこちらからパクチが召喚獣に向かって行った。
「おいユリィ。パクチって戦えるのか?」
 パクチの背中を見ながら、俺はユリィにそんなことを聞いた。
「もちろん。あの姿をしていれば大丈夫よ」
 ユリィは堂々と宣言する。
「どういうことだ?」
「私のパクチの変身能力って、見た目以外にも変身した人と同じ能力を得ることができるの。
 魔法は唱えることはできないみたいなんだけど、身体能力や戦闘におけるセンスはばっちりコースケット先輩のものよ」
 ユリィの説明の途中でコースケット先輩の名を聞いたことがあるのを思い出した。
 そう、彼は――
「マジックファイター科二年生で五本の指に入る凄腕、あのコースケット先輩か!」
「そうよ!」
 パクチに噛み付かんと飛びかかる召喚獣であったが、パクチはスライディングで避けた。
 そして、召喚獣の後ろに回り尻尾を掴み、
「ギャオオッ!」
 そのまま振り上げ、召喚獣を地面に叩き付けた!
 一方、クローブの方はすでに起き上がり戦闘を再開していた。
「はあっ!」
 拳を召喚獣の腹部にめり込ませ、続けざまに顔面への膝蹴りを放つクローブ。荒々しくも、凄まじい威力のありそうな攻撃の連打だ。
「よーし、もたもたしてたら獲物がいなくなっちゃうわ!」
 他のゴーレム達の活躍を目の当たりにして刺激を受けたのか、我がゴーレムのキェーンも召喚獣に飛びかかろうとする。
「キェーン! お前、本当に大丈夫なのかよ?」
「愚問ね。アタシがやれないわけないわ!」
 俺は走って行くキェーンに呼びかけるが、正直不安が絶えない。
 あいつのマジックアイテムを扱う能力は確かにすごい。しかし、それ以外の身体能力などは並の人間以下といったところだろう。
 だって、俺に押し負けるし……
「きゃあー!」
 戦闘が行われている現場では、クローブが二匹、パクチが一匹の召喚獣を相手にしており、すでにクローブによって失神させられ動かないのも一匹いる。
 キェーンときたら、クローブが相手にしているうちの一匹に向かって行ったのだが、眼前で尻尾を一振りされたのに驚いて転んでしまったのだった。
「お嬢ちゃん、君は少し下がっていろ!」
「くっ……」
 戦闘中のクローブに一喝されるキェーン。
 ああ、こいつ本当に弱いな。威勢だけかよ……
 我がゴーレムながら情けなくなるが、それでもキェーンは立ち上がるとまだ何かやる気だった。
 服の下に手を入れ、何かを取り出す仕草を見せた。
「ん? あれって……」
「武器?」
 それが目に入ったのか、自分のゴーレムの戦いを見守っていたユリィが声を出した。
 黒い色をした細長い物体。一見すると剣の柄のように見えるのだが……
「ぐっ! しまった――お嬢ちゃん、逃げるんだ!」
 クローブが召喚獣を一匹押さえつけている間に、もう一匹がキェーンに向かって行く!
「キェーンッ!」
 俺が叫んだ瞬間、キェーンが持っていた武器らしき物を掲げた。
 ――その刹那、視界が真っ白になった。
「ウギャオゥ!」
 しばらくして視界が戻ると、顔を押さえて転がる召喚獣の姿があった。
「おいおいおい、なんだあ今のは? 閃光魔法でも使いやがったのか?」
 野太い声と共に槍を持った中年の男性が現れた。
 あっ、この人うちの学校の警備員さんだ。
 警備員さんの言う通り、俺の視界を真っ白にしたのは強烈な閃光だった。
「なっ、くそっ! おとなしくしなさいコラッ!」
 キェーンは転がる召喚獣に駆け寄り、またも服の下から取り出したロープで拘束しにかかった。
 あのロープ、俺があげたマジックアイテムだ。
「なんだよ。騒ぎを聞いて駆け付けたら、もう終わってるじゃねえか……」
 警備員さんは中庭を見渡しそう言った。
 たしかに、戦闘は終了していた。
 クローブは召喚獣をボコボコにし終えたみたいだし、パクチも組み合っていた召喚獣の首を絞めて気を失わせた模様。そして、キェーンも気が付けば拘束を完了させて歓喜の小躍りを始めている。
「お前らゴーレム科の生徒か。つーことは、あれはゴーレムなのね」
「あ、そうです……」
「お手柄だったけど、危ないから今度からは手を出さない方がいいぞ。
 えーと、怪我人は二人で、今サモン科の先生達も来るし――」
 警備員さんは状況を把握したみたいで、やっと仕事に取りかかったみたいだ。
 さらに、騒ぎの収束と共に人がどんどんと集まって来た。
「このままいたら面倒なことになりそうじゃね?」
「ああ……」
「ちょっと! 私達は化け物を退治したんだし、賞賛の声を浴びるべきでしょ?」
 俺とタンケルはどちらかといえばこの場から早く離れたい気持ちだが、ユリィだけは違うようだ。
「賞賛もされるが、確実に怒られもするけどな。先生の中には、状況がどうであれ生徒が無許可で戦闘を行うことを許さない人もいるし」
 抗議するユリィの後ろから、警備員さんがそう言ってきた。
「ええー? そうなんですかあ?」
「おう。下手したらこの後事情聴取かもな」
 げっ、それは本当に面倒くさそうだ。
「今回は見逃してくれませんかね? お願いします……」
 そう言ったのはタンケル。
「むっ。ダーリンがそう言うなら私からもお願いする」
 タンケルが頭を下げたのを見て、クローブも続いた。
「うはっ! お、おうよ。しょうがないなあ……
 そこまで頼まれたら俺だって鬼じゃねえ。今から来る先生達には俺が上手く言っておくから、お前らのことは出さないよ!」
 クローブの姿を見た警備員さんは少し目のやり場に困った様子でタンケルの申し出を受けてくれた。ああ、クローブの色気にやられたか。
「もうっ! 仕方がないわね」
「しょうがないんじゃないですかね。ユリィ様はいつも真面目ですし、こんなことで名を売らなくてもいつか周りが認めてくれますよ」
 ユリィもこの場は引く様子。すかさずパクチが絶妙なフォローを入れるのだからいいコンビだ。
「まあ、変に名前覚えられるよりはよかったかも……警備員さん、ありがとうございます」
 ユリィはそう言って警備員さんに手を差し出した。
「ん? ああ、どういたしまして」
 二人は握手をした。が、警備員さんはなぜ握手を求められたのか不思議な様子。
「あと、よろしかったらお名前教えてくれますか?」
「コジュロウ・クルスニック。主にゴーレム科、サモン科の施設を担当する警備員だ」
「ありがとうございます!」
 さらに名前まで警備員さんに聞いたユリィは、足早にその場を去って行った。
「なんだあいつ……」
「おいターロ。俺らもさっさと行こうぜ」
 そうして、俺達もコジュロウさんにお礼を言ってからそれぞれの部屋に戻った。
 
 そして、当たり前の話だが――キェーンと二人きりという状況になったのだった。
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登場人物紹介

【ターロ・アレクシオ】

主人公。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

ゴーレム科に入学したが、とある事情からやる気がない。

【キェーン】

ターロの相方であるゴーレム。

見た目は美少女で、反抗的。

【タンケル・イグニス】

ターロの友人。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

美少女ゴーレムのハーレムを作るという夢の為、入学をした。

【クローブ】

タンケルの相方であるゴーレム。

グラマラスな大人の女性の姿をしている。

タンケルを愛してやまないが、彼の好みではない。

【ユリィ・ドルフーレン】

ターロのクラスメイト。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

勝気な性格だが、クラスの男子からはけっこう人気。

【パクチ】

ユリィの相方のゴーレム。

黄土色の球体に人間の腕が生えたような姿をしている。

【ユージン・ハーリンク】

ターロ達の先輩。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科3年。

変形機能を持ちゴーレム科最強と名高いゴーレム、ペッパード六式が相方。

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