13.(END)
文字数 3,734文字
結局あの後に俺は、その場に倒れてしまったそうだ。
キェーンもボロボロだったらしく、俺の横に同じく倒れていたらしい。
失神状態から目を覚ましたミチカット先輩がタイムを使って大人達を呼んだそうで、連絡が付き次第すぐさま国お抱えのマジックファイターや捜索隊が俺達の所へ向かったそうだ。
怪我人は多数だが、死者は出ていないのが不幸中の幸いだった。ゴーレムにもかなりの被害が出たみたいだが、キェーンとクローブは無事だったらしく、ゴーレム科三年の優等生や専門の研究家達の手で綺麗に回復してもらっているらしい。
ユージンも重症のようだったが、犯罪者として回復したら国にしょっぴかれてしまったそうだ。ユージンから引き出した情報により、近々付き合いのあった犯罪組織を叩く予定だと聞いたが、これ以上は俺には関係のない話である。
あと、国からは今回の事件での活躍が認められ感謝状が後日送られるとのこと。
しかし学校の方は容赦がなく、たとえ名誉を上げたとしても入院の分を穴埋めする補習が用意されている。ゴーレム用の回復魔法を覚えるという内容の講義が待っているそうだ。
――とまあ、そんなことを俺は病院のベッドの上で聞いたのだった。
怪我人の中で唯一俺だけが入院が必要とのことで、まあ、自分でもよく死ななかったと思ってはいるが……
「んにしても、あの人はなんで……」
ユージンの背後にあった犯罪組織なんて、俺にはどうでもいい話だ。
しかし、ユージンがなぜそんな連中と付き合うような道に走ったのかについては、色々と考えさせられるものがあった。
経歴を見ても超が付くほどの優等生がなぜ――いや、そんな人だからこそ、自らの体をゴーレムとすげ替えるなんていかれたことに手を染め、黒い付き合いを始めてしまったのかもしれないな。
あの人もあの人で、学校生活の中で不満を募らせていたんだよな。少なくとも、学校にいる目的を失ったとか言っていたし。
そして、そんな中で目をつけた先にあったのが、非合法な道で――
「いや、やっぱしそれはいかんだろ。ともかくそんなことはダメに決まってる」
色々頭を働かせてみたが、結局俺が行き着いたのはそんな単純な結論だった。
考えることに疲れた俺は、不気味なくらいに清潔で真っ白な病室を見回す。
ここはエクスペリオン高等魔法学校付属扱いで、全学科中最も特殊な位置にいるホーリー 科の管轄にある魔法病院である。
将来神職に就くことを目的に過ごす生徒がほとんどのホーリー科の施設というのだから、俺みたいな人間には空気が合わないかと思っていたが、病室は個室だったのでそこまで不満もなかった。が、
「あー、やることがねえ……」
ともかく入院中は暇だった。
こうして俺は、授業が休みの日に退院の日を迎え、午前中のうちに全ての手続きは終わらせ、久しぶりに寮の自室に戻ることになった。
寮の前にはユリィとパクチが待っていた。
「ほら、ユリィ様! 恥ずかしがらないで!」
「うっさいわね! 変身解除!」
「ああ、そんな――」
パクチはコースケット先輩の姿をしていたが、変身前の卵型に戻されてしまった。
ユリィは紙袋を手にしていて、無言でこちらに歩み寄ってくる。うっ、凄い形相だ。
「な、なんだよ?」
「これっ! 退院祝いだから――それだけっ!」
それだけ言うと紙袋を押し付け去っていった。
中を開けるといつぞやのマフィンがまた入っていた。
そして、メモも同封されていた。
『少し見直した。補習さぼるなよ』
あいつ……
でも、好きな先輩をあんな形で失った割には元気そうでよかった。
そして何より、あいつ自身が無事でよかったと素直に思う。
「フッフッフッ。戻ってきて早々に青臭い光景を見せつけてくれるじゃないか。
困ってしまうよなダーリン?」
「ああ。まだ昼飯食べてないのにお腹いっぱいだぜ」
「タンケル! それに――クローブ!」
そんなことを言いながらひょっこり姿を現したのはタンケルとクローブだった。
タンケルは何回か見舞いにきてくれていたが、クローブは久々にその姿を見る。
「クローブ、無事だったんだな」
「おかげ様でな。この通り千切れた腕も元通りになったよ。
腕が良いのに加え、下心全開の連中が手厚く直してくれたのでな」
そう言ってクローブは元通りになった腕をグルグルと回す。
そして、不敵ながら魅力的な笑顔は健在だった。
「よし、ダーリン。今から私達も二人で祝勝会をやろうじゃないか。
主な内容はそうだな……ゴニョゴニョゴニョ――」
「うわわわわわ! クローブ! お前よくそんなことを口に出来るな!
あと、離れろ!」
「いいじゃないかダーリン!」
クローブはタンケルを抱き締めて耳元で何やら囁いたようだが、俺には一部が聞き取れなかった。タンケルは相変わらず全力でクローブの熱烈な愛情表現から離れようとしている。
ああ。これで巨乳、大人の女性が苦手とか本当にかわいそうだ……
「じゃあ、俺は部屋に行くから」
「そうだ少年。二人っきりの祝勝会なら、少年も開くべきだと思うぞ。
なんせお嬢ちゃんってば、少年が入院中の間はずっと落ち着かない様子だったからなあ」
「キェーンが? まさかそんなこと……」
ホーリー科の病院はホーリー科の厳格なルールの下で運営されているため、普通のお見舞いにも制限が厳しく、他の学科のゴーレム、マジックアイテム、召喚獣等をホーリー科の管轄内に持ち込むことが禁止されている。
それ故、俺は川原で意識を失って気が付いたら病院のベッドに寝ていたという感じだったので、しばらくキェーンに会っていないのだ。
キェーンのことだから、俺がいない間はやりたい放題暴れていたと思うのだが……
そんなことを考えていたらあっという間に部屋の前に着いた。
どれ、中にキェーンはいるかな――
「――ぬあっ! な、なによ! いきなり帰ってきたら驚くじゃないの」
ドアを開けたらキェーンが床をホウキで掃いていた。俺が実家から持ってきたマジックアイテムのホウキだ。
「ま、まあともかくっ! その、お、お帰り……」
「ただいま……」
そんな挨拶の後、部屋は沈黙に包まれた。
あれ? 会話が続かないぞ?
本当は俺の方からもなんか言ってやろうかと思ってたのだが、上手く言葉が出てこない。
俺、照れてるのか?
「あー、そうだ! ほら、これこれ! これの話をしないとねっ」
キェーンは突然何かを思い出したようでベッドの上に飛び乗った。
ベッドと言っても、今まで俺の部屋にあったベッドの隣に設置されたピカピカの新品である。
そういえば、すっかり忘れていたがこれは国からの今回の件に関するご褒美の品らしい。本当は様々な品の中から選んでよかったそうなのだが、ユリィが俺とタンケルの分はベッドだと強引に決めてしまったらしい。
なんでも、タンケルの部屋を訪れた時にベッドが一台しかないことに唖然とし、さらに俺の部屋もそうであると知って「不潔だから!」との理由だそうだ。
俺は入院中でほとんど連絡が取れなかったため、知らず知らずのうちにそう決まっていたというのだからひどい話だ……
それでいて、タンケルは二台目のベッドを歓迎していたというのだからなあ……あいつはクローブと今までどんな夜を過ごしてきたのだろうか……
まあ、俺としても二台目のベッドが来ること自体は歓迎だ。
キェーンとの生活が始まって以来、色々な理由を付けられてベッドを追い出され床で寝ていたわけで、それが無くなるなら喜ぶべきことである。
それに、新しいベッドは見た目にもそれまでの物よりグレードが高そうで寝心地もよさそうだし――
「新品のベッドはアタシがもらうわよ!」
「えっ?」
キェーンのやつ、信じられないことを口走ったぞ。
「だってユージンをやっつけたのはアタシの力のおかげじゃん?
なら、そのご褒美をもらうのはアタシってことになるでしょ!」
「はあああ? 最後に決めたのは俺なんだよ! 俺がいてこその勝利だろ!」
「なによー!」
「うるさい! もっとゴーレムらしく振る舞え!」
こうして俺とキェーンは、またも掴み合いの喧嘩となってしまった。
――もしかしたら、これが一番俺とキェーンの間においては自然な状態なのかもしれない。
喧嘩はするが、それもこいつとの生活の一部であって、本当は不快じゃないのだ。
キェーンという名の、俺が生成してしまった生意気なゴーレム……
こいつのおかげで、俺はゴーレム科で学ぶ意義を見つけ出せるのかもしれない。
そう思えてならないのは、今回の一件をキェーンと共に乗り切れたからなのだろう。
――うん。明日からの補習、真面目に受けないといけないな。
だって、自分のゴーレムくらい自分で治せるようにならなきゃいけないだろう。
え? 俺には魔法の才能がないから大丈夫かって?
そこは問題ない。やる気を持って挑めばなんとかなる。
大事なのは、心の有り様だ。
〈了〉
キェーンもボロボロだったらしく、俺の横に同じく倒れていたらしい。
失神状態から目を覚ましたミチカット先輩がタイムを使って大人達を呼んだそうで、連絡が付き次第すぐさま国お抱えのマジックファイターや捜索隊が俺達の所へ向かったそうだ。
怪我人は多数だが、死者は出ていないのが不幸中の幸いだった。ゴーレムにもかなりの被害が出たみたいだが、キェーンとクローブは無事だったらしく、ゴーレム科三年の優等生や専門の研究家達の手で綺麗に回復してもらっているらしい。
ユージンも重症のようだったが、犯罪者として回復したら国にしょっぴかれてしまったそうだ。ユージンから引き出した情報により、近々付き合いのあった犯罪組織を叩く予定だと聞いたが、これ以上は俺には関係のない話である。
あと、国からは今回の事件での活躍が認められ感謝状が後日送られるとのこと。
しかし学校の方は容赦がなく、たとえ名誉を上げたとしても入院の分を穴埋めする補習が用意されている。ゴーレム用の回復魔法を覚えるという内容の講義が待っているそうだ。
――とまあ、そんなことを俺は病院のベッドの上で聞いたのだった。
怪我人の中で唯一俺だけが入院が必要とのことで、まあ、自分でもよく死ななかったと思ってはいるが……
「んにしても、あの人はなんで……」
ユージンの背後にあった犯罪組織なんて、俺にはどうでもいい話だ。
しかし、ユージンがなぜそんな連中と付き合うような道に走ったのかについては、色々と考えさせられるものがあった。
経歴を見ても超が付くほどの優等生がなぜ――いや、そんな人だからこそ、自らの体をゴーレムとすげ替えるなんていかれたことに手を染め、黒い付き合いを始めてしまったのかもしれないな。
あの人もあの人で、学校生活の中で不満を募らせていたんだよな。少なくとも、学校にいる目的を失ったとか言っていたし。
そして、そんな中で目をつけた先にあったのが、非合法な道で――
「いや、やっぱしそれはいかんだろ。ともかくそんなことはダメに決まってる」
色々頭を働かせてみたが、結局俺が行き着いたのはそんな単純な結論だった。
考えることに疲れた俺は、不気味なくらいに清潔で真っ白な病室を見回す。
ここはエクスペリオン高等魔法学校付属扱いで、全学科中最も特殊な位置にいる
将来神職に就くことを目的に過ごす生徒がほとんどのホーリー科の施設というのだから、俺みたいな人間には空気が合わないかと思っていたが、病室は個室だったのでそこまで不満もなかった。が、
「あー、やることがねえ……」
ともかく入院中は暇だった。
こうして俺は、授業が休みの日に退院の日を迎え、午前中のうちに全ての手続きは終わらせ、久しぶりに寮の自室に戻ることになった。
寮の前にはユリィとパクチが待っていた。
「ほら、ユリィ様! 恥ずかしがらないで!」
「うっさいわね! 変身解除!」
「ああ、そんな――」
パクチはコースケット先輩の姿をしていたが、変身前の卵型に戻されてしまった。
ユリィは紙袋を手にしていて、無言でこちらに歩み寄ってくる。うっ、凄い形相だ。
「な、なんだよ?」
「これっ! 退院祝いだから――それだけっ!」
それだけ言うと紙袋を押し付け去っていった。
中を開けるといつぞやのマフィンがまた入っていた。
そして、メモも同封されていた。
『少し見直した。補習さぼるなよ』
あいつ……
でも、好きな先輩をあんな形で失った割には元気そうでよかった。
そして何より、あいつ自身が無事でよかったと素直に思う。
「フッフッフッ。戻ってきて早々に青臭い光景を見せつけてくれるじゃないか。
困ってしまうよなダーリン?」
「ああ。まだ昼飯食べてないのにお腹いっぱいだぜ」
「タンケル! それに――クローブ!」
そんなことを言いながらひょっこり姿を現したのはタンケルとクローブだった。
タンケルは何回か見舞いにきてくれていたが、クローブは久々にその姿を見る。
「クローブ、無事だったんだな」
「おかげ様でな。この通り千切れた腕も元通りになったよ。
腕が良いのに加え、下心全開の連中が手厚く直してくれたのでな」
そう言ってクローブは元通りになった腕をグルグルと回す。
そして、不敵ながら魅力的な笑顔は健在だった。
「よし、ダーリン。今から私達も二人で祝勝会をやろうじゃないか。
主な内容はそうだな……ゴニョゴニョゴニョ――」
「うわわわわわ! クローブ! お前よくそんなことを口に出来るな!
あと、離れろ!」
「いいじゃないかダーリン!」
クローブはタンケルを抱き締めて耳元で何やら囁いたようだが、俺には一部が聞き取れなかった。タンケルは相変わらず全力でクローブの熱烈な愛情表現から離れようとしている。
ああ。これで巨乳、大人の女性が苦手とか本当にかわいそうだ……
「じゃあ、俺は部屋に行くから」
「そうだ少年。二人っきりの祝勝会なら、少年も開くべきだと思うぞ。
なんせお嬢ちゃんってば、少年が入院中の間はずっと落ち着かない様子だったからなあ」
「キェーンが? まさかそんなこと……」
ホーリー科の病院はホーリー科の厳格なルールの下で運営されているため、普通のお見舞いにも制限が厳しく、他の学科のゴーレム、マジックアイテム、召喚獣等をホーリー科の管轄内に持ち込むことが禁止されている。
それ故、俺は川原で意識を失って気が付いたら病院のベッドに寝ていたという感じだったので、しばらくキェーンに会っていないのだ。
キェーンのことだから、俺がいない間はやりたい放題暴れていたと思うのだが……
そんなことを考えていたらあっという間に部屋の前に着いた。
どれ、中にキェーンはいるかな――
「――ぬあっ! な、なによ! いきなり帰ってきたら驚くじゃないの」
ドアを開けたらキェーンが床をホウキで掃いていた。俺が実家から持ってきたマジックアイテムのホウキだ。
「ま、まあともかくっ! その、お、お帰り……」
「ただいま……」
そんな挨拶の後、部屋は沈黙に包まれた。
あれ? 会話が続かないぞ?
本当は俺の方からもなんか言ってやろうかと思ってたのだが、上手く言葉が出てこない。
俺、照れてるのか?
「あー、そうだ! ほら、これこれ! これの話をしないとねっ」
キェーンは突然何かを思い出したようでベッドの上に飛び乗った。
ベッドと言っても、今まで俺の部屋にあったベッドの隣に設置されたピカピカの新品である。
そういえば、すっかり忘れていたがこれは国からの今回の件に関するご褒美の品らしい。本当は様々な品の中から選んでよかったそうなのだが、ユリィが俺とタンケルの分はベッドだと強引に決めてしまったらしい。
なんでも、タンケルの部屋を訪れた時にベッドが一台しかないことに唖然とし、さらに俺の部屋もそうであると知って「不潔だから!」との理由だそうだ。
俺は入院中でほとんど連絡が取れなかったため、知らず知らずのうちにそう決まっていたというのだからひどい話だ……
それでいて、タンケルは二台目のベッドを歓迎していたというのだからなあ……あいつはクローブと今までどんな夜を過ごしてきたのだろうか……
まあ、俺としても二台目のベッドが来ること自体は歓迎だ。
キェーンとの生活が始まって以来、色々な理由を付けられてベッドを追い出され床で寝ていたわけで、それが無くなるなら喜ぶべきことである。
それに、新しいベッドは見た目にもそれまでの物よりグレードが高そうで寝心地もよさそうだし――
「新品のベッドはアタシがもらうわよ!」
「えっ?」
キェーンのやつ、信じられないことを口走ったぞ。
「だってユージンをやっつけたのはアタシの力のおかげじゃん?
なら、そのご褒美をもらうのはアタシってことになるでしょ!」
「はあああ? 最後に決めたのは俺なんだよ! 俺がいてこその勝利だろ!」
「なによー!」
「うるさい! もっとゴーレムらしく振る舞え!」
こうして俺とキェーンは、またも掴み合いの喧嘩となってしまった。
――もしかしたら、これが一番俺とキェーンの間においては自然な状態なのかもしれない。
喧嘩はするが、それもこいつとの生活の一部であって、本当は不快じゃないのだ。
キェーンという名の、俺が生成してしまった生意気なゴーレム……
こいつのおかげで、俺はゴーレム科で学ぶ意義を見つけ出せるのかもしれない。
そう思えてならないのは、今回の一件をキェーンと共に乗り切れたからなのだろう。
――うん。明日からの補習、真面目に受けないといけないな。
だって、自分のゴーレムくらい自分で治せるようにならなきゃいけないだろう。
え? 俺には魔法の才能がないから大丈夫かって?
そこは問題ない。やる気を持って挑めばなんとかなる。
大事なのは、心の有り様だ。
〈了〉