9.

文字数 10,684文字

 こうして俺達はユージン先輩の秘密を探るための作戦会議を終礼の直前まで行った。
 その後、本日提出となっているゴーレムの特性に関するレポートを終礼の時に提出し各自の部屋に戻る。
「今日はまず、タンケルとクローブが動くのよね?」
「ああ。あいつらの報告を聞いたら、早くても明日の昼にはスタートだ」
 部屋に戻ると俺とキェーンは作戦についての確認をする。先輩の素性を探る作戦の内容はほぼ決まっているのだ。
 そのためにも今日は早めに寝て、明日以降に備えないとな。
 なにせ俺達は明日、ゴーレム科の資料室に忍び込むのだ。
「よし。夕飯は学食からテイクアウトしたのがあるし、これ食べたら――」
「ぐう……」
 キェーンはすでに眠っていた。もはや言うまでもなく、俺のベッドで……

 翌日。午前中は普通に授業を受け、昼休みにタンケルの部屋に集まった。
「コジュロウさんは夕方以降の担当みたいだから、終礼が終わったらすぐに作戦スタートだ。みんな、準備はできてるか?」
「なんであんたが仕切ってるのよ!」
「いやあ。なんとなく……」
 作戦司令官のごとく振る舞ったタンケルにユリィが突っ込みを入れた。
「お嬢ちゃんよ。ダーリンと私が仕入れた情報なのだからダーリンが説明するのは当然だろう。そして何より、お嬢ちゃんとお嬢ちゃんのゴーレムの準備ができていることが本作戦において重要なのも事実だ」
「う……それなら抜かりはないけど」
 ユリィにそう釘を刺したのはクローブだ。その堂々とした態度から、彼女こそ作戦の指揮者に相応しいのではないかと思ってしまう。魅惑の女指揮官といったところか……
 たしかにクローブの言う通り、ユリィとパクチにちゃんとしてもらわないと今回の作戦に大きな穴があくことになる。
 この作戦では各々のゴーレムが順番に活躍していく予定になっている。
 その目的は、ゴーレム科資料室に忍び込みユージン先輩の学籍情報を知ることだ。
 ちなみに資料室に無断で立ち入ることは厳禁で、バレたらどんな罰が待ち受けているかはわからない……
 さらに、目的達成のための最大のネックはゴーレム科資料室のある建物を見回る警備員だ。
 先日の召喚獣暴走の時に俺達が出しゃばったのを見逃してくれたコジュロウさんを始め、腕利きのマジックファイターがこの学校には雇われているわけだから、その目をかい潜って資料室に入ることは困難だ。
 この警備員を突破するための妙案を、俺達は昨日必死に話し合ったわけだが――
「よし。まずは私とダーリンの最強コンビに任せておくがいい。
 フッフッフッ。放課後が楽しみだな」
 不敵に笑うクローブは、そんな警備員突破の第一手なのだ。

「いたっ! クローブ、どうする?」
「ダーリンが行けと言えばいつでも行くさ」
 放課後。俺達は売店の前でパンを食べているコジュロウさんを見つけた。タンケルとクローブが昨日の内に接触を図っており、よくここの売店を利用していると聞いておいたらしい。
 さらにタンケル達は、それとなくコジュロウさんの警備を担当している場所と時間を聞いておいたのだ。
 その結果、彼は夕方以降にゴーレム科資料室のある建物の警備を担当していることがわかった。
 だが、俺達は今日、それをさせない。警備員不在の状況を作り出し、資料室に忍び込むためである。
「よし。タンケル、心の準備はできてる?」
「大丈夫だよキェーンちゃん……俺の活躍、見ていてくれ」
「活躍するのはクローブだけどな……」
 タンケルがクローブを引き連れてコジュロウさんのもとへ向かって行った。クローブはおもむろに羽織っているボロ布を外し、その豊かな胸を最大限に強調できる状態になる。
 これにより、いよいよ作戦開始となったのだった。
「おじ様! 何をされているのですか?」
 まず、クローブは強烈な笑顔と共にコジュロウさんに声をかける。
 彼女の姿が目に入ったコジュロウさんの表情は途端に緩む。いや、緩むというか鼻の下がこれでもかというくらい伸びたというか……
 ――やはり腕利きのマジックファイターであっても男だ。コジュロウさんは召喚獣暴走の件で出会って以来、クローブの魅力にやられてしまっている。
 俺達は、今回そこを突かせてもらうことにした。
「おおう。クローブちゃんじゃないか! 相変わらずいい体をしているね」
「おじ様こそストレートな物言いで好感が持てますね」
「はっはっは!」
「フッフッフッ……」
 目のやり場に困りながら鼻の下を伸ばして喋る男性と、その外見的魅力に加えわざとらしいくらいの猫なで声で喋る美女の姿をしたゴーレム――少し異様だ。
 その様子をうかがっていたキェーンとユリィはなんとも言えない表情をしている。
「まったく男って……」
「男ってやっぱり肉付きが良い異性を好むものなの?」
「いや、それは人によるが……」
 俺はキェーンの問いにそう返した。まあ、大多数の男は当てはまるのだろうが――
「あんな光景を見ている場合じゃないわね。そろそろ交代の時間が来るんじゃない?
 行くわよ!」
 キェーンがはっと気付いたようで俺達に命令する。
「そうね。パクチ、次は私達の出番よ!」
 ユリィの声に、まだ誰にも変身していないため球形をしたままのパクチが無言でうなずく。
 こうして、俺とキェーン、ユリィとパクチはゴーレム科資料室のある建物へと向かった。
 作戦は第二段階に移行する。
 
 建物が見えて来ると、俺達は物かげに隠れてパクチを囲んだ。
「パクチ――コジュロウさんの姿に!」
 ユリィがそう指示をするとパクチの体がぐにゃぐにゃと歪み出す。
 パクチの姿はたちまち我が学校の警備員、コジュロウさんに変化した。
 そう。コジュロウさんに化けたパクチを今警備を担当している警備員と交代させることで、建物周辺に警備員不在の状況を作り出すのだ。
 これにはコジュロウさんに関してパクチの変身のための条件を満たしている必要があったのだが、先日の召喚獣の件の時にユリィはすでに満たしていたというのだから驚きだ。
 ともかく、この警備員突破法は、各警備担当の場所に警備員は一人というこの学校の警備のシフトと、何より本物のコジュロウさんをクローブが足止めしていることがあるからできる芸当なのだ。
「早くこれを着なさい!」
 続いてユリィはパクチに服を着せる。購買で購入した成人用の作業着で、これによりパクチのことがより怪しまれずに済むだろう。なんせ、パクチが普段見に着けているのはピッチリした魔導素材の服なのだから……
「あっ! あれって警備員じゃない?」
「本当だ! パクチ、行くのよ!」
 キェーンは物かげから顔を出し、建物から出て来る人物の姿を発見。
 それは夕方までの担当の警備員さんらしく、ユリィは急いでパクチを向かわせた。
「おおい! 交代に来たぞ」
「あれ? 先輩じゃないっすか」
 コジュロウさんに化けたパクチは、コジュロウさんよりもだいぶ若く見える警備員さんに声をかけた。
「先輩ってば、まだ交代までちょっとありますよ? 珍しいっすねえ」
「いや、ほらな……たまには早めに来るのもいいかと思って……」
「そうっすか――ん? 先輩、その服って――」
 やばい! さすがに購買で売っている作業着じゃまだ怪しいか?
 よく考えればマジックファイター科やマジックアイテム科の生徒が買って行くものだったし……
「そんな生徒向けに売ってる服着ちゃって……いくら警備員とはいえ、もう少し服装には気を使わないと女の子にモテませんよ!」
「えっ? あ、ああ。そうだな……
 とはいえ、女生徒にモテたからってそれに応じたら問題だろ! 学校にバレたら即クビだぞ?」
「ははは。そうっすねよえ。それに先輩ってば、もっとムチムチのお姉様がタイプですもんね! なのに生徒達じゃねえ……」
 うーん。どうやらバレなかったようだ……そのコジュロウさんのタイプに合ったムチムチのお姉様ゴーレムと今本人は会っているわけなのだが……
「じゃあ、自分は先に宿舎に帰らせていただきますね。失礼しまっす」
「おう。真っ直ぐ帰れよ」
 こうして、警備員さんが警備員宿舎に帰って行く姿を確認し、俺達は建物に向かって走り出した。
「急ぐぞ!」
「ええ。パクチ、御苦労さま!」
「へへへ。だいぶ焦りましたよ……」
 こうしていよいよゴーレム科資料室の中に入ることになる。
 どうやら、その前に俺とキェーンの出番になりそうだが……
 いよいよ作戦は最終段階に入る。

 幸いなことに資料室周辺に他に人はいない状況だった。この建物自体、資料室以外の部屋も用具室などがほとんどなので人の出入りが少ないから助かった。
 俺達はゴーレム科資料室のドアの前に集まり、まずはキェーンがそのドアを丹念に調べる。
「これは魔導式の施錠ね。ドアに向かって特定の魔法を唱えてから鍵の解錠をする必要があるみたい」
「すごーい。あなたってそんなことがわかっちゃうの?」
 ドアにかかっていた鍵はやはり魔法による特殊なものだった。
 しかし、これもマジックアイテムに精通する能力を持つキェーンには構造は丸わかりのようだ。
「で、開けられるのか?」
 俺がそう聞くとキェーンはニヤッと笑う。それはとても自信に満ちたものだった。
「余裕の――よっちゃんっ!」
 意味はわからないが、これまた自信たっぷりな口振りでキェーンは自分の髪を一本引き抜いた。
 キェーンは例によって引き抜いた髪の毛でドアの縁をなぞる。先端が触れた所からパチパチと何かが弾けた音と火花なようなものが見え、なぞり終えると今度は髪の毛をドアの鍵穴に差し込んだ。
「よっし!」
「まさか――」
 ユリィが懐疑の声を口にした直後、キェーンは髪の毛を鍵穴から抜くとドアノブに手をかけた。
 ドアはキィーっと音を立てて開いた。施錠は見事に解かれていたのだった。
「さっ、とっとと入りましょ。あの色女が時間を稼いでいるとはいえ、あんまりのんびりしてられないもん!」
 広い資料室の奥へキェーンが入って行き、俺とユリィもそれに続く。
「ちょっとターロ。あれ、悪用しちゃダメよ?」
「――しねえよ」
 実の所は、ここまでできるなら色々と使い道があるんじゃないかと一瞬思っていた俺だった……

 資料室内ではキェーンの能力に頼るようなことはなく、様々な資料が棚や箱に納められている。色々な所に目が行きがちだが、目的通りユージン先輩の学籍情報が書かれた紙を探すことにした。
「三年生の――あった!」
 しばらく探している内に、ユリィが遂に「ユージン・ハーリンク」と書かれている紙を発見した。二つ折りにされたそれには、生徒の今年度春の時点までの情報が書かれていた。
「えーと……」
 俺達は食い入るように紙を見る。正直、身長や体重、出身地などの個人情報で何かがわかるとは思わなかった。が、そこに書かれたユージン先輩の情報で気になったのは次の点だった。
 ユージン先輩がエクスペリオン高等魔法学校に入学した時に入った学科はなんと、今のゴーレム科ではなくマジックアイテム科だったのだ。そして、そこで抜群の成績を収め、一年の終わりに、より高度な研究を行うエリート学科、クエスト科への転科を教師から勧められ了承する。
 しかし、二年の初めに自主的に休学届を出して一年間の休学――理由は「一身上の都合」とのことだ。
 その休学明け、今度はゴーレム科への転科を自ら申し出る。こうしてゴーレム科を二年生からスタートし現在に至る……
「こ、これはいったいどういうことなの?」
 ユリィは一人で考え始めるが、俺は読み進める。
 そして、次に生活面での特記事項が書かれている所に目が行った。
「規定時間外の施設の利用で一回口頭注意を受けてるな。あと、本人は否定したそうなんだけど、警備員からの報告で深夜に無断外出をした疑いがあるんだってさ! どっちもゴーレム科に入ってからのことらしい! それ以外の生活態度や授業態度、成績なんかでは全く問題はないからそこまで注視するものではないとか書かれているけど……」
 学校はこんなことまで生徒のことについて記録しているのか、そして優等生は得だなあと思いつつ、俺は頭の中で色々と今までのことが浮かぶ。
「――ふーん。前にアタシの部屋を夜に訪れた時とか、ユリィが夜に会った時のことを考えると、やっぱり何かあるわよね」
 俺が頭の中でまとまったこととほぼ同じ内容を、キェーンが先に口に出した。
 それを聞いて、ユリィはますます険しい顔をする。
 確かに――キェーンを生成した日の夜に、ユージン先輩は夜空を飛びながら俺の部屋に訪れた。あの後先輩はどこに行ったのか――付け加えるが、来たのは「俺の」部屋でありキェーンが言った「アタシの」部屋ではない。あの部屋の所有者は俺である。
 そして、ユリィがユージン先輩に出くわした夜、先輩がいた場所はゴーレム科の格納庫だ。あの時間、格納庫の利用は規定時間から外れていた……
「先輩はやっぱり何度も深夜に外を出たり、禁止されている時間に格納庫を利用したりしている……うん、これは確実だ」
「それに、よくわからない理由の休学と転科……」
「本っ当に何なのよあの男は!」
 俺もユリィもキェーンも、全員資料室内で頭を抱えた。
「と、とにかく今はタンケル達と合流しないか? そろそろコジュロウさんを引き止めるのも限界だろ!」
 このままではらちが明きそうにないので俺は資料室から出ようと切り出した。
 ユリィもキェーンもそれには同意して、部屋の中を急いで元に戻して外へ出る。
「どうも。みなさんが中に入っている間は誰もこの建物には来ませんでしたよ」
 コジュロウさんの姿のままをしたパクチが出てきて早々にそう報告してきた。コジュロウさんの姿と声で丁寧に応対されると少し変な気分だ……
 ユリィはパクチの作業着を脱がせた後、変身を解かせた。そして、外を出てから周囲を今一度確認しタンケル達の所へ向かった。

「そうだよなあ! ゴーレムにもハートはあるよなっ! じゃなきゃ俺もここまでぞっこんにならないって……」
「フッフッフッ。そう言っていただけると嬉しいですよ」
 コジュロウさんを引き止めるのも限界ではないかと思っていたが、そんなことはなかったようだ。二人で大いに会話を弾ませており、コジュロウさんの顔はもはやとろけているといった感じだった。
 いくら俺達の差し金で引き止められているといえ、警備担当の時間はとっくに過ぎているわけだし……こんな警備員に学校の治安を任せていいものだろうか。
「おーい。タンケル、クローブ!」
 そう呼びかけると、クローブは気付いてこちらへ手を振った。
「おじ様。楽しいお話をまだ続けたいのですが、ダーリンの級友がダーリンを迎えに来たようです。残念ですが私も行かなくてはいけません……」
「おおっ! そりゃあ残念だが仕方がない……でも、またお話ししようぜ。
 できれば今度は二人っきりが――」
「それでは、失礼します」
 心底残念そうな顔をしたコジュロウさんを残して、タンケルとクローブはこちらにやってきた。タンケルはあまり会話に参加していなかったようだが、やけに疲れた顔をしている。
「お疲れさん」
「ああ……キェーンちゃん、俺をもっと癒してくれよぉ」
 労いの言葉をかけたキェーンにタンケルは抱き付きにかかった。
 過剰なまでに色気を振りまきながら話すクローブと、それに骨抜きにされた中年の会話に延々と付き合わされたのだから……
「おいダーリン! そういうのは私の役目だろう? ん?」
 クローブはタンケルの首根っこをつかみ、キェーンに抱きつく寸前で止めた。
「ううう……なんで……」
「それに、私の活躍に対してご褒美を与えてくれ」
 そう言いながらクローブはタンケルの頭をその豊満な胸の中に埋めてしまう。
「ふ、ふぐぐっ! ぐぐー……」
 ああ、これでタンケルはグラマーなお姉さんが苦手じゃなかったら天国のような生活だろうに……
「今はそんなことしてないでまた報告会よ! こっちも滞りなく進めたんだから!」
 ユリィはクローブを怒鳴り付ける。この後は夕食を買い込んでからまたタンケルの部屋で報告会だ。資料室で得たユージン先輩の情報を元に、先輩について更に考察をするのだ。
「わかった。ならばちょっと待っていてくれ」
 タンケルを地面に下ろしたクローブは、パクチが持っていた作業着を奪い取り、どういうわけだか警備担当の場所へ歩いて行くコジュロウさんの方へと走って行った。
 そして、クローブは作業着をコジュロウさんに手渡す。そうするとコジュロウさんは飛び上がって喜んだ様子を見せ、なんとその場で服を脱ぎ出し作業着に着替えはじめてしまった!
 作業着に着替え終えたコジュロウさんは大きく手を振った後、今度こそ仕事へと向かっていったのだった。
「これで今回の作戦はほぼ完ぺきだな」
 戻ってきたクローブは満面の笑みを見せる。
「なんであれを渡したの?」
 キェーンがそう聞くと、クローブはやれやれといった表情を見せてから答えた。
「あの作業着を偽おじ様に着せたのだろ? だったら他の警備員との交代の時にその姿を前の警備員に見られたわけだから、戻る時にあの作業着姿でないと怪しまれる可能性があるだろう。一応、最後の最後まで気を抜けないからな。
 これは前日にお嬢ちゃんのゴーレムとも打合せ済みだったさ」
「そうよね。パクチがコジュロウさんになれるって時点ですぐに考え付いたわ」
「なるほど。そこまで考えていたのか」
 俺は素直に感心してしまった。
「私からのプレゼントだと言ったらおじ様ってば大喜びだったぞ。できれば目立つからその場で着替えるのはやめて欲しかったがな。フッフッフッ……」
 クローブはタンケルを抱き寄せながら不敵に笑う。
 ううむ。彼女は魅惑の――いや、魔性のゴーレムだ……
「さーて、さっさとこの問題も終わらせますか!」
 俺は横を歩くキェーンの体を下から上までさっと見る。
 ――はあ……こいつはクローブに比べて小さいな。色々と――
「いてっ! お前、何すんだよ?」
 キェーンの姿をチラチラと見ていたら蹴りを入れられた。
「なんか悪意のある目つきでこっちを見てたでしょ?」
 そう言ってキッとこちらを睨みつけて来るキェーン。
「悪意ってなんだよ悪意って! 濡れ衣はやめてもらおうか」
「いーや。アタシとクローブを見比べて何か考えてたでしょ? それで、アタシに対して落胆していたわよね?」
 うっ。なんでそんなに鋭いんだ……
「あーあ。仲が良さそうでうらやましいなあ」
 後ろからタンケルのそんな声が聞こえたが全くそんなことはない。
 そう否定したかったが、キェーンの追撃を捌くのにいっぱいいっぱいな俺だった。

 途中で学食に寄りテイクアウトのメニューを受け取り、俺達はタンケルの部屋に集合した。
 まずは、俺とユリィが資料室で見てきたユージン先輩のこれまでの経歴を他のメンバーに詳細に話す。
 ユージン先輩がマジックアイテム科、クエスト科、ゴーレム科を転々としていることについて初めて知ったタンケルは、やはり驚いたようだ。
「この学校でそんなに多くの学科を渡り歩いた生徒はいないんじゃないか?
 何か目的があってのことなんだろうけど、その目的がわからないんじゃ……」
「ダーリン。その目的というのが、あの青年の両腕両脚に関わっているんじゃないのか?
 いや、目的と言わずとも確実に関係があるとしか思えないのだが……」
 ここでクローブが口を開いた。パクチによって再現されなかった――つまり通常の人体とは違うユージン先輩の体のパーツがやはり関係していると彼女は考えたようだ。
 正直言って、俺達の中で一番こういった考察が得意そうなのはクローブだ。クローブ以外のメンバーは皆、彼女に注目する。
「ん? ああ、私にさらに意見を言えと? よろしい、ではご期待に応えよう――
 仮にあの青年の目的が両腕両脚を非人体化することだとしよう。その目的をいつ持ったかはわからないが――少なくとも現在はそれを達成している状態なわけだ。
 しかし、あれだけのことをやるには少し時間が必要なのではないか? どうやったかは知らないが、こっそりと学校生活の合間を縫ってやれることではないと私は思う」
 うん。それはそうだろう。
「ああっ! つまり――」
 俺の横にいたユリィが声を上げた。何かわかったみたいだ。
「察しがいいなお嬢ちゃん。あの青年は二年生に上がった直後から一年間休学をしていたというじゃないか。その期間中に自分の腕と脚に何かを施したと考えられるだろう」
 さすがはクローブだ。資料室で知った時には混乱してしまった俺だが、彼女の推測を聞いて頭の中がすっきりした。
「ちょっと待ってよ! じゃあ、あれはどうなるのよ?」
 今度はキェーンが声を上げる。さっきまでタンケルのベッドに寝そべりながら聞いていたのだが、ぴょんと飛び降りて声を荒げた。
「あいつは今も黙って外に出たり学校内でコソコソやってるんでしょ? あれはなんの目的があってのことよ?」
 そうだった。生活態度への特記事項にもあったが、ユージン先輩は無断で夜間に学外に出たり利用時間外を過ぎた施設に一人でいたりする。これも充分に怪しいのだが……
「だな。先輩のまだ怪しい部分はそこだ。クローブ。それについてはどう思う?」
「ふーむ……」
 俺がそう振ると、クローブは深く考え込んでしまった。
「すまないが、あまりこれ以上は言いたくないな」
「クローブ。それでもいい、頼む」
 タンケルが横から口を挟む。するとクローブはタンケルに目配せをした後、話を再開した。
「ダーリンがそう言うならそうしよう。
 あの青年には特殊な腕と脚を得た後にまだ別の目的があるのでは? ということはみんなでもわかるだろう。
 あの腕と脚は第一段階で、今周囲に隠れてやっていることが本番というのも考えられる……
 自分の両腕両脚を異常な物に変える――それと繋がる第二の目的があるとしたら――何か危ない雰囲気がするじゃないか?」
 クローブが話し終えると部屋の空気が一気に重くなったような気がした。
 彼女の発した内容がやたらと説得力があり、俺達に恐怖を与えるものだったからなのだろう。
 少なくとも俺は、形容しがたい不安に襲われている状態だ。
「これは女の勘というやつだが、これ以上関わりたいという気持ちにならない。
 私の身というより、ダーリンの身に何かがあったら嫌だからな」
 クローブはそれだけ言うと黙り、俺達に意見を求める体勢に入った。
「危ない――よな?」
「うん。私もそう思えてきた……」
 タンケルとユリィが口々にそう言った。
「ですよねえ。ボクもあの方からはただならぬ雰囲気を感じていましたし、クローブ姉さん同様ボクの身よりユリィ様のことを考えると……」
 コースケット先輩に姿を変えていたパクチもそう続く。
 次に俺も「ここは何も知らなかったってことにしてこの件は終わりにしよう」と切り出そうと口を開こうとしたが、一人だけ違う意見の奴が怒鳴りあげそれを邪魔した。
「じゃあ、綺麗さっぱり忘れてこのまま普通の生活に戻れっていうわけ? 
 一度知っちゃった異常を見て見ぬ振り? そんなの我慢できないわよ!」
 キェーンはそう言うと俺の体を揺すった。
「何よ! どうにかできそうもないから逃げるの? そんなんじゃいけすかない顔したあの男に負けを認めてるようなものじゃない!」
「じゃあどうしろ――」
 俺は反論をしようとしたが、キェーンの手をクローブがつかみそのまま持ち上げた。
「お嬢ちゃん。少し落ち着け」
「何よ! クソッ、離して!」
 キェーンは宙づりのまま抵抗するが、今度はクローブに強めに抱きかかえられて完全に動きを封じられてしまった。
「あの青年に直接喰ってかかっても無駄だ。ここは学校だし、教師等に頼る手もあるが――あの青年のことだからそれを嗅ぎ付けたら姿をくらましてしまうだろうな。
 どうにかしたい気持ちはわかるが、私達に有効な手立てはないのだよ」
「うっ……」
 キェーンは閉口する。そういえば、初生成の日にキェーンはユージン先輩に為す術もなく押さえ込まれてしまったんだったな。そんなことがあって、すでにあの人への敗北感のようなものを一度味わっているのかもしれない。
「とにかく、下手に動くのはよくないと思う。それに、グループワークがそろそろ始まるわけだし、今やるべきは先輩の謎を追うことじゃない! 俺達は俺達のすることを片付けなきゃダメだろ!」
 俺は部屋にいた全員を見回しながらそう言った。
 そう。俺達はエクスペリオン魔法学校ゴーレム科で勉強をする生徒なのだ。
 我ながら勢いで変なことに首を突っ込んで余計なことを知ってしまったと思うが、ここらが潮時だろう。
 二日後にはゴーレム科名物のグループワークが始まり、ここの学校生活で初めての学外での活動が待っているのだ。危ないことに手を出さず、生徒としての課題に取り組むべきではないだろうか。
「へえ。いつもなまけてるターロが真面目なこと言うじゃない」
 ユリィはそう言って、タンケルやクローブが愉快そうな顔をする。しかし、キェーンだけは不機嫌な顔をしていた。
 結局、今日はこのまま解散となり、ユージン先輩の疑惑については保留となった。
 誰もがこのままでいいとは思っていなかっただろうが、そこは誰も口に出さなかった。
 そうだよな。しょせん俺達はただの生徒と、ただの生徒の手で生成されたゴーレムだ。
 それにユージン先輩だって、本当は不幸な事故にあって望まずに手足が今の状態になっているのかもしれない。そのことを、他の者達に知られたくないということもある。
 仮に先輩が悪いことをしていたとしても、俺達は正義のマジックファイターでもあるまいし、悪い奴をどうにかするなんて役目は負っていない。
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登場人物紹介

【ターロ・アレクシオ】

主人公。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

ゴーレム科に入学したが、とある事情からやる気がない。

【キェーン】

ターロの相方であるゴーレム。

見た目は美少女で、反抗的。

【タンケル・イグニス】

ターロの友人。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

美少女ゴーレムのハーレムを作るという夢の為、入学をした。

【クローブ】

タンケルの相方であるゴーレム。

グラマラスな大人の女性の姿をしている。

タンケルを愛してやまないが、彼の好みではない。

【ユリィ・ドルフーレン】

ターロのクラスメイト。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

勝気な性格だが、クラスの男子からはけっこう人気。

【パクチ】

ユリィの相方のゴーレム。

黄土色の球体に人間の腕が生えたような姿をしている。

【ユージン・ハーリンク】

ターロ達の先輩。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科3年。

変形機能を持ちゴーレム科最強と名高いゴーレム、ペッパード六式が相方。

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