12.

文字数 10,577文字

 しばらく走ると川原に戻ってきた。本当ならここらの山林から逃げたいところだが体力が持ちそうにない。
「しかし、ここは周りに何もなくて目立ち過ぎてしまいます。やはり森の中を逃げた方がいいのではないでしょうか?」
「そうね……」
「ああ。その方がいい」
 パクチの提案に俺を含め他のメンバーも乗る。だが、キェーンだけは違う意見だった。
「アタシはここでユージンの奴を待つわ。一騎打ちを仕掛けてやる!」
「馬鹿かお前! 勝てる見込みなんかねえだろ!」
 俺がそう言うと、キェーンはギロリと睨みつけてから堂々とこう返した。
「他のみんなも勝てるかどうかなんて無視して立ち向かっていったわ。そう、勝つためなんかじゃなく――みんなを守るために戦っているのよ!」
「キェーンちゃん……」
 タンケルは遂に大粒の涙を両の瞳からこぼした。
 無理もない。彼のゴーレムはまさにそれを実行したわけだから。
「戦おうと思えば、立ち向かう気力を持てば、腕力がなくたってなんとかできる!
 大事なのは――」
「心の有り様だろ?」
 キェーンが言い終わる前に、俺が先に言ってやった。
 ちょっと前に、俺の後ろ向きな気持ちに喝を入れたのと同じ言葉だ。だから、自然と口に出てしまったのだ。
 そして今俺は、こいつの言葉にまたも打ちのめされて、このままじゃダメだと決意させたのだ。さらに、その決意は幼い頃から抱きながら、自分の中で捨てていた夢にどこか結びつくことでもある。
「俺も残って、あの人に立ち向かうよ」
「そんな! あんた何言って――」
「悪い、決めちまったんだ。その代わり、ユリィ達はこのことを誰でもいいから大人に伝えてくれ」
「でも、でも……」
 いきなり馬鹿を言い出した俺のことをユリィは必死に止めようとしてくるが、タンケルがそれを制した。
「ユリィ、ここは任せよう。今のターロは、クローブと同じくらい頼もしく感じるんだ」
 そう言うとタンケルは俺の方を見て笑顔を見せた。
 さすが。やっぱりこいつは俺の親友だ。
 
「あんたがあんなことを言い出すなんて意外だったわ」
「うるせえ……」
 タンケル達が森に消えてしばらくした後、俺とキェーンは夕食時に作ったカマドに再び火を付けて煙を上げる。少しでもユージン先輩の目を引こうという苦肉の策だ。
 こういう考え方は嫌だが、ディアゴ先輩がやられてしまったとしたら再び先輩は俺達を探して回るだろうし――
 俺は、長くそこそこ頑丈そうな木の棒に夕食を作るのに作った包丁を紐でくくり付けて即席の武器を作って手に持った。こんなの、どこまで役に立つかわからないけど。
 刃の先端を不安げに見ていた俺に、キェーンはこんなことを聞いてきた。
「でも、ちょっと見直したかも。どういう風の吹き回しよ?」
「さあな。なんとなく何もしてない自分が嫌になったというか……」
 ここに残りユージン先輩と戦うことを決意した理由の大部分はそれである。
 ディアゴ先輩が、トミオ先輩が、そしてクローブが、みんなのために自らの身を犠牲にして目の前の敵に立ち向かっていったのに対し、俺は甘えっぱなしではいけないと思い始めていた。
 それに、俺は今の状況をこれまでの自分の人生そのものとダブらせていた。
 ――いい加減、逃げてばっかじゃ、ダメなんだ。

 逃げてしまえば、安全だ。
 目を閉じてしまうのは、楽だ。
 割り切るのは、容易い。
 言い訳すれば、落ち着く。
 しなくていいなら、それを選択したい。

 でも、そればっかじゃいけない気がする。
 少なくとも、今の俺の横には、そんなことを許さない困った奴(ゴーレム)がいるのだ。

「おやおや。煙を焚いているようだけど、これって何の真似かな?」
 どれくらい時間が経っただろうか。ユージン先輩はふわりと俺とキェーンの元へ飛来した。
 目立った傷はなく、するとディアゴ先輩はやられてしまったのだろうか……
「ユージン先――」
「うりゃあああ!」
 キェーンが身を低くしながら獣のようにユージン先輩へと走っていった。その手に黒い筒のようなものが握られている――って、この馬鹿! 考えもなく突っ走るな!
「おっ?」
 キェーンは飛び上がり黒い筒の先端をユージンに向けた。
 そこから飛び出たのは、巨大な火球だった。
「えええええ?」
 火球はユージン先輩の上半身を丸々飲み込み、轟々と燃え上がる。いったいキェーンは何を使ったんだ?
「ダメじゃないかターロ君。ゴーレムのしつけが全然なっていない……」
 その身を包んでいた炎を、まるで上着を取るかのようにユージン先輩は振り払った。
「ちっ、やっぱり日用品レベルじゃいくら強化してもダメか……」
 俺の横に戻ってきたキェーンは手に持っていたものをマジマジと見る。それは、夕食の準備で使用した着火装置だった。
 そうか、召喚獣と戦った時と同じように、マジックアイテムの出力を上げたのか。
「しかも、そんな物騒な物を持っているなんてますます感心ならないね」
 ユージン先輩はそんなことを言いながら消し炭になった上着を手で払う。その手は、不気味な赤銅色をしていた。
 パクチが変身した時に再現しなかった両腕と両脚――それが今、露わになったのだった。
「先輩、その腕っていったい……」
 普通とは明らかに質感の違うその腕を指差し、俺は聞いてみた。俺達が調べてみたが結局辿り着かなかったその正体が、遂に目の前に現れたとあっては教えてもらわなければ我慢ならない。
 身構えながらも、俺はユージン先輩が口を開くのを待った。
「研究熱心な後輩のためなら喜んで教えてあげるよ。だから固くならずに聞いてくれたまえ。――この腕は、ゴーレムさ。うん、ターロ君の横にいる子と同じ方法で作ったゴーレムのパーツを移植したんだ」
「な――」
 俺は絶句した。この人、何を言っているんだ。
「普段はバレないように人工皮膚で隠しているんだけどね。あーあ、人工皮膚は高級なマジックアイテムだったのに君のゴーレムのせいで服と一緒に焼けちゃったよ」
「い、移植って……」
 おののく俺に対し、ユージン先輩は笑みを浮かべながら近付いてきた。
「腕を切り落とし、その切り口にゴーレムの腕をくっ付けた。それだけの話さ。
 おっと、もちろんこの両脚も同様にね」
 そう言い放った後にニコリと微笑むユージン先輩。
「狂ってる……」
「そう言いたくなる気持ちもわからなくはないかな。人体にゴーレムの体を移植すること、またはその逆の行為は禁術とされているからね」
 その通りだ。魔法に関係する禁忌を指す「禁術」――ゴーレム関係においては、ユージン先輩が自分の体に施しているそれは間違いなく禁術として指定されているものだ。
 その禁術が施されたユージン先輩の体を目の当たりにし、俺はそれが放つ不気味な迫力を感じて、恐怖でその場から動けなくなってしまった。
「ちっくしょおおお!」
「キェーン!」
 俺にさらに近付いてきたユージン先輩に、キェーンは横手から奇襲をかける。その手にはやはり着火装置が握られているのが見えた。
「ふむ。さすがに二回は食らわないよ」
「きゃああああああ!」
 キェーンが着火装置の先端をユージン先輩に向けた瞬間、先輩は手のひらを盾のようにかざす。そこから光が発せられ、着火装置の先端から飛び出た火球をかき消してしまった。
 そして、もう片方の手がムチのようにうねり、キェーンの足元をキェーンごと吹き飛ばしてしまった。
「キェーンっ!」
「いいからいいから。ターロ君にはこうなったら僕の話をゆっくり聞いて欲しいんだ」
 先輩は地面を吹き飛ばした方の手をこちらに伸ばし、俺をその場に硬直させる。
 もう、心臓はバクバクだ。
「自慢じゃないけど、僕は一年の時から成績が抜群に良くてさ。知っての通り、マジックアイテム科に入学したわけなんだけど、夏休みになる頃にはあらかやりつくした感があってねえ……
 平たく言えば、この学校で過ごす意味を見出せない状態になったというか……」
 先輩は噛み締めるように自分のことを語り出した。
 恐怖の中にあってもその内容はしっかりと聞き取れたが――
 優秀過ぎて学校にいる意味を見出せないだって?
 俺と似てるようで全然違うじゃねえか。
 俺の場合は、夢を諦めた上、親に決められた本命の学科に落ちたという経緯のおかげで、学校生活に目的を見出せないというわけなのだが……比べるだけで惨めさに潰されそうになる。
「で、そんな僕は学校の外で刺激的なことを探し出したのさ。それが、この禁術ってわけなんだよ。ほら、この通りっ」
 先輩はそう言うと、俺に向けて伸ばした左手を剣のような形に変形させた。
「そ、それをやったのが二年の始めにした一年間の休学期間ってわけですか……」
「正解。さすが僕の経歴を資料室に忍び込んで調べただけのことはあるね」
「すいませんね……あと、ついでに聞きたいことがあるんですけど」
 そう。調べた中で唯一未だにわかっていない部分がある。
 それは――
「先輩、夜に学外に出たり格納庫に入ってたりしてるそうじゃないですか。あれはどんな目的が?」
「ああ、それか。それは協力者さん達との関係でちょっとね。禁術に関わっていくうちに非合法なことをしている人達と知り合って、互いに協力し合うことに決まったりしてね……なんてことはない。ゴーレムをよく使う強盗団の方達だよ」
「な――」
 先輩はそれだけ言うと自分の――いや、自分の腕と呼んでいいのだろうか。赤銅色のゴーレムの腕を震わせ、夜空を見上げた。
「禁術のために必要な施設や道具を提供してもらう代わりに、ゴーレム科の格納庫に隠された軍用ゴーレムをこちらはあげなきゃいけないんだよ。生徒達の間では強力なゴーレムが格納庫には隠されているって噂があるけど、本当の話だったんだよね……
 ――よし、おしゃべりはこれくらいにしておこうか」
 目線が空から俺へと移る。その瞳の奥底に何かどす黒いものを感じ、俺は再び恐怖に打ち震えた。
「あ、あ、あ……ああああああ!」
「最後まで足掻く気か。まあ、それも悪くないかもね」
 俺はその恐怖を吹き飛ばすかのように、即席の武器を振りかざした。
「ふむ」
 だが、包丁を括り付けた木の棒は、剣に変化させた先輩の左手の一振りで上半分が斬り落とされる。
「そこそこに腰の入った振りだったね。ただ、得物があまりにもお粗末だ……」
 先輩が何を言っているかはよく聞き取れなかった。
 俺は、斬り口を確認し、あと一歩踏み込んでいたら俺もこの武器と同じようになっていたと直感し背筋を凍らせていたのだった。
「ほほう、逃げるのか。うん、よく考えればそれが一番だよね」
 ああ、その通りだ。俺は木の棒を捨て、ユージン先輩から一目散に逃げ出そうとしていた。本能が、そうさせたのだった。
「あ――キェーン!」
 そして、先ほどの一撃で倒れ込んでいたキェーンのことも抱きかかえた。近くに落ちていた着火装置もついでに拾い上げ、一気に走り出す。
 キェーンは気付いたようで、俺に抱えられたままの体勢で話しかけてきた。
「ターロ……降ろしてよ。アタシ、戦うわ」
「あんなの無理に決まってるだろ! 今は逃げるしか――」
「いーえ。あいつにやられた時、見えたものがあったの。それを上手くやれれば……」
「なんだよそれ?」
 川原から森へまた入ろうとしたところで、ユージン先輩が俺の頭上を飛び越して目の前に着地し、進路を妨害した。
「ターロ君、あきらめたまえ」
「うわああああ!」
 ユージン先輩が手をかざした瞬間、手にしていた着火装置から火球を先輩に放つ。
 先ほどと同じように火球と先輩の放った光がぶつかり合い、爆発が起こる。
 俺とキェーンは吹っ飛び、川原に張ってあったテントに激突してしまう。
「ううう……」
 全身が痛い。だが、意識は飛ばずに済んだ模様。吹っ飛んだ先にテントがあったのは不幸中の幸いか。
「ターロ、お願い。一瞬だけ時間を稼いで!」
 キェーンは吹っ飛ばされる前に何か活路を見出したようなことを言っていたが、まだそれを試そうとしていた。
 しかも、俺に協力をしろとまで言ってくる。
「頼むわ! 何もしないでやられるより、精一杯抵抗してやるの!」
 相変わらずのキェーンの言い様。
 ――仕方がない。やってやるか……
「おや、まだ抵抗するのか」
 こちらにゆっくりと歩み寄るユージン先輩の声のトーンは低く、さすがに苛立ちを見せて来たようだ。
 俺はテントの骨組みに使われていた棒と投石用の石をそれぞれの手に持ちユージン先輩を睨む。
 その斜め後ろでキェーンが身構えている。
「うっし! ――行くかっ」
 渾身の力で石を投げつける。
 先輩はそんな石など楽々と手で払い落とすが、俺はそんなのお構いなしに棒を一気に振りかぶって突撃する。
「ふう……」
 先輩は手のひらからまた光弾を放つ。
 頭めがけて振り降ろされた棒は、放たれた光弾により半分が消え去ってしまった。
「うわあっ!」
「無駄なことを……」
 怯まずに半分の長さになった棒で突きを見舞おうとするも、足払いで俺は転倒する。
「今度こそ本当に――終わりだ」
「おりゃあああっ!」
 倒れた俺にあの光弾を放つ手がかざされた時、キェーンの雄たけびが聞こえた。
「くっ! 邪魔だっ」
 キェーンは体当たりをするようにユージン先輩に向かっていった。しかし、蹴りを見舞われ派手に転がされてしまう。
「非力なゴーレムがいくら向かってきても僕には――
 なっ、なにぃっ?」
「あ……」
 再び光弾を放とうとした時、先輩の腕がボトリと落ちたのだった。
 唖然としたのは先輩本人だけでなく俺もそうだったが、キェーンが上げた声で体勢を立て直すことが出来た。
「ターロ、それ拾ってこっちに来て!」
 「それ」って――この腕か?
 ともかく俺は言われた通りに赤銅色のゴーレムの腕を拾い上げ、キェーンのもとへ走る。
「くそっ、どうしてこんなことがっ!」
 ユージン先輩が初めて見せる焦りの表情。口調も先ほどまでとは違いかなり荒っぽくなった。先輩は落ちた腕の境い目を見た後にこちらを睨みつけてくる。
「キェーン、お前何したんだ?」
 それは俺も知りたい。聞いてみると、キェーンは手元をちらつかせた。
「マジックアイテムよ。
 ユージンとかいったっけ。あんた、人体とゴーレムのつなぎ目にマジックアイテムを使ってるでしょ? このマジックアイテムがあることでゴーレムの部分を自分の体のように動かせるって寸法ね」
 さっき見抜いたと言っていたのはそれのことだったのか!
 キェーンは指の間に銀色の髪の毛を挟んでいた。なるほど、これでマジックアイテムの部分を狙ったというわけか……
 よく見ると、赤銅色の腕部の端に一部だけ質感の違う黒い部分がある。これがマジックアイテムなのだろう。
「ふざけやがって……たかが一年のゴーレムが……!」
 残った腕で激高したユージン先輩は攻撃をしてきた。もう片方の腕は形状を自在に変えることができる特性を持っているのだと思われるが、案の定鋭い槍のような形に変わりこちらに向かってくる。
「うわあっ!」
 俺は咄嗟に持っていたゴーレムの腕を盾にした。
 槍はゴーレムの腕を貫き、粉々になってしまう。
「ナイスよターロっ!」
 キェーンはガッツポーズ。
「くっ……やってくれるっ!」
 ユージン先輩は伸ばした腕を元に戻し、苦々しい顔をする。
「よーし、この調子でもう一本の腕も落としてあげるんだから!」
「お、おう……俺も頑張ってみるぜ」
 キェーンは再び引き抜いた髪を指で挟んで構えた。
 俺は石を拾い、投げる体勢に入る。
「調子に――乗るなよ!」
 ユージン先輩は腕を空に掲げた。
 ――すると、巨大な物体が突如川原に落下してきた。
「あれは……」
 ユージン先輩のゴーレム、ペッパード六式だ。
「ちっ、予想以上にダメージをもらったみたいだな。まあ、変形に支障はないか……」
 ペッパード六式がここに現れたとなると、こいつと戦っていたクローブはどうなってしまったのだろうか?
 そんな不安が頭をよぎるが……
「ん? なんだこれは」
 そう言ってユージン先輩はペッパード六式の体に刺さっていた枝のような物を引き抜いた。
「ああ、君達のお仲間の一部か」
 ――え? ユージン先輩はそれをこちらに放り投げて来た。
 それは腕、だった。すらりと長くて引き締まった女性の腕――それはクローブのものに違いなかった。
「ク、クローブ!」
 キェーンは悲鳴のような声でクローブの名を叫んだ。
 クローブのやつ、相手の体に突き刺さるくらいの打撃を放っていたのか……それでも、ペッパード六式には敵わなくて……
「おっと。次は君達がこうなる番だ。
 ペッパード六式――武器化だ」
 その一声でペッパード六式の体が折りたたまれるように変形していき、立方体を模したような形になる。そして、するすると立方体の角の一つから柄のようなものが伸びた。
「――ブキカ、カンリョウ――シュツリョク、モンダイナシ――」
「よしっ」
 ユージン先輩は満足げに柄を握りその感触を確かめた。先端の立方体は、トミオ先輩のゴーレムを破壊した時と同じ紫色の光を帯びている。
「これがペッパード六式の切り札、武器化だ。モデルは神話に出て来る邪神が手にしていた、あらゆる希望を叩き潰すといわれる大槌でね……僕の腕を落とした罰は、この一撃で受けてもらうよ」
 神話なんか知ったこっちゃない。だが、トミオ先輩のゴーレムを無慈悲に破壊したペッパード六式が武器になったというのだ、それが生半可な威力なわけがない!
 やばい! あんなものを振るわれたら今度こそお終いだ!
 隙を突いてキェーンの髪で攻撃するとかそういうことをやってる場合じゃ――
「では、行かせてもらおう」
 ユージン先輩は空高く飛び上がり、急降下して武器となったペッパード六式を振り下ろしてきた。
「うわああああああ!」
「きゃああっ」
 直撃はしなかったものの、ペッパード六式が叩きつけられた部分が大爆発を起こし爆風に俺達は飛ばされてしまった。
「――いっ! ちくしょ……」
 自分のいる場所が木の下であることに気付いたのと同時に、全身に激痛が走っているのもわかってしまった。うう……これはやばい。どこか骨が折れているのは確実だ……
 少しぼやけた視界には、川原があった。
 川原の一か所には巨大な穴が開いているが、それはユージン先輩が振り下ろしたペッパード六式の一撃によるものなのだろう。
 そして、そのユージン先輩の姿も見えた。武器化したペッパード六式を肩に担ぎながら、ゆっくりとした歩みだが何かを追っているように見える。
「キェーンっ! あっ……いててて……」
 ユージン先輩が追っている対象がキェーンだとわかった瞬間、俺は思わず声を上げた。そして、それが痛めた個所に響いて辛かった。
 キェーンのやつ、もう立ち上がることはできないのか、地面に這いつくばりながら逃げようとしている。
 そしておそらく、ユージン先輩はキェーンが速く逃げられないのをわかっていてわざと余裕たっぷりにそれを追っているのだろう。最悪に性格が悪いぞ……
 どうする? 助けに行くのか?
 いや、でも――

「行くしかないだろ」

 突然、そんな声が聞こえた。
 しかし、俺の周りには誰もいる気配はない。
 一体誰がそんなことを――
「――ああ、なんだ。俺が言ったんじゃねえか」
 よく考えたらすぐにわかってしまった。
 行くしかないと言ったのは、他ならぬ俺だったのだ。
 俺はこの時、キェーンを守りたいという想いに体を支配されていたのだろう。
 気が付くと体は立ち上がり、各部の痛みもまったく感じないというわけではないが、さほど気にならなくなっていた。
 手には拾った太めの木の棒を握る。もうこんな物が役に立たないことはわかっていたが、それでもこれが唯一の武器になりそうだ。
 そんな頼りない装備と、傷だらけの体で、俺は川原へと歩いて行った。

「やれやれ。片腕しかないから体のバランスが上手くいってないのか……
 まさか外れてしまうとはね」
「残念でした……ざまあみやがれだわ……」
「でも、一気に終わらせずにじっくり破壊していく楽しみができたからよしとするよ」
「くっ……」
「待てっ!」
 ユージン先輩――いや、ユージンの足がキェーンを踏み付けんとした時、俺は叫んだ。
「驚いたな……そんな体でまだ向かってくるとはね」
 ユージンは苦笑する。俺は睨みを利かせたまま微動だにしない。
「ターロ……あんた、歩けるなら逃げればいいのに……
 バカ……」
 キェーンは消え入りそうな声でそう言った。それは聞こえるか聞こえないか、ギリギリの大きさだった。
「何言ってんだ。俺はお前を助けに来たのに、そんなこと言われる筋合いはないぜ。
 安心しろ、なんとか守ってやるから」
 キェーンは俺の言葉に唖然としてしまったようだ。
「ふはははは! 生成者がゴーレムを守るだって?
 たしかに彼女の言う通り、君は大馬鹿だな」
 ユージンは大笑い。俺はその隙を狙い一気に距離を詰めた。
「くっ! ――なにぃ?」
 勢いに任せてユージンに木の枝で殴りかかる――のはフェイントだ。
 枝を振り抜く寸前で横に転がり、ユージンの足元にいたキェーンを回収する。
 ユージンは反応はしたようだが、攻撃はできなかった。
 よし。武器化したペッパード六式は強力だが、人間のサイズにしては巨大なため小回りが利きにくい。まして、ユージンは片腕を失っているため余計に執り回しに支障が出ているようだ。
 キェーンを片腕に抱いたまま、木の枝をいったん地面に置いて投石に切り替える。
 命中の有無を問わずに、二回ほど投げたらすぐに木の枝をまた持って横っ跳び。
 ここでユージンのペッパード六式が振り下ろされたらアウトだったが、どうやらユージンの顔面に石がクリーンヒットしたようで、ひるませることに成功したみたいだ。
「あっ、ターロ。あそこに行って!」
 するとキェーンが何かの残骸がある所を指差した。
 とりあえず言われるがままに俺はそこに向かうと、キェーンはそこから白い破片を拾い上げた。その時のキェーンの手は小刻みに震えており、ダメージが大きいことがあらためてわかった。
「くそおおおお! お前達、今度こそぶっ潰してやるからなあああ!」
 血を流しながら、怒りに震えるユージンが頭上でペッパード六式を振り回す。
 どういう仕組みなのか、振り回すごとにペッパード六式が帯びる光が強くなっていく。
 その攻撃からは、ユージンが怒りと片腕を失ったことで体のバランスが崩れていることが幸いしているのか、なんとか逃げられている。
 走りながら、俺はキェーンに聞いてみた。
「キェーン。そんなの拾ってどうするんだ?」
「ヘソの少し上よ」
「えっ? ヘソ?」
「ユージンのヘソの少し上の辺りに、マジックアイテムが埋め込まれているわ。たぶん、ゴーレムの部分の制御を統括するマジックアイテムだと思う」
 キェーンはほぼ一息でそう言った。続けて、
「今拾ったのは照明に使われていた魔法石の破片。これを目くらましに使うから――」
「俺がマジックアイテムを叩けってか?」
「そう――髪、使っていいわよ」
 そう言うとキェーンは頭をくくっとこちらに傾けた。俺はそこから一本引き抜き、拳に巻き付ける。
「なるほどね……」
 キェーンの髪の毛をキェーン以外の者が持ってマジックアイテムに触れると、マジックアイテムはぶっ壊れてしまう。それを、利用するわけだ。
 そんな提案をした後、キェーンは最後に一言漏らした。
「ターロ、頑張って……」
「任せろ」
 俺はそれだけ答えて、逃げるのをやめた。
 そして、向かってくるユージンの方へ踵を返した。

 俺は幼い頃から抱いていたマジックファイターになる夢を、誰にも言わないうちに諦めたことがある。
 受験では、親の指示により第一志望で受けたマジックアイテム科が不合格。併願で受けた不人気学科のゴーレム科に合格してそこに入ってしまった。
 言わずもがななダメっぷりだし、そもそも俺には魔法の才能がほとんどない。
 手持ちの武器は、キェーンの髪の毛を巻き付けた木の棒。正直、これであのペッパード六式と張り合えだなんて……

 ――しかし、気持ちだけはある。
 目の前の敵を倒そうという気持ちが、
 そして、キェーンを守りたいという気持ちがあるのだ。
 そんな心の有り様で挑めば、きっとできると俺は確信していた。
 根拠はないが、そう思った。魔法をろくに使えない、マジックファイターじゃない、ただのゴーレム科の生徒が――

「くたばれえええええ!」
 ユージンが少し宙に浮き、重厚な紫色の光を帯びたペッパード六式を振りかざした。
 確実に俺達に直撃するように、飛翔は先ほどより控えめだ。
「ターロ、投げるわよ!」
「――わかった!」
 その刹那、キェーンの投げた魔法石の破片が強烈な閃光を放った!
「ぐあっ!」
 俺は目を閉じて、さらに顔を背けたことで光をやりすごしたが、ユージンは閃光をまともにくらってしまったようだ。
 今だっ!
 拳を思いっきり振り、キェーンの髪が巻き付いた部分をユージンのヘソの少し上の辺りめがけて叩き込む。
 たしかな手応えを感じた後、ぶつんぶつんという鈍い音がした。
 すると、ユージンは白目をむいて地面に倒れ込んでしまった。
 手からはペッパード六式が離れるが、それは地面に落ちても爆発はしなかったようだ。
 
 うん、よかった……たぶん、これで、俺達の……勝ちだ……よな……
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ターロ・アレクシオ】

主人公。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

ゴーレム科に入学したが、とある事情からやる気がない。

【キェーン】

ターロの相方であるゴーレム。

見た目は美少女で、反抗的。

【タンケル・イグニス】

ターロの友人。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

美少女ゴーレムのハーレムを作るという夢の為、入学をした。

【クローブ】

タンケルの相方であるゴーレム。

グラマラスな大人の女性の姿をしている。

タンケルを愛してやまないが、彼の好みではない。

【ユリィ・ドルフーレン】

ターロのクラスメイト。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

勝気な性格だが、クラスの男子からはけっこう人気。

【パクチ】

ユリィの相方のゴーレム。

黄土色の球体に人間の腕が生えたような姿をしている。

【ユージン・ハーリンク】

ターロ達の先輩。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科3年。

変形機能を持ちゴーレム科最強と名高いゴーレム、ペッパード六式が相方。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み