11.

文字数 8,882文字

 夕食後、後片付けを終えてしばらくした頃に、ディアゴ先輩とトミオ先輩が何やら神妙な面持ちで話し合いを始めていた。
「足場の悪い所に引っかかって動けないとか?」
「まさか。転んだりしても人間と同じように起き上がれますし、障害物も取り払うようにできてますもの!」
「だよね。だとしたら――」
 途中からミチカット先輩も呼ばれて話に加わり、遂に俺達一年も輪の中に入る。
「えっ? 先輩のゴーレムが?」
 事情を聞いたが、ディアゴ先輩が汎用ゴーレムのうちの二体を食事の間に周囲の見回りを命令していたそうなのだが、そのうちの一体が戻って来ないということらしい。
「どうしてだよ……そこらの獣に負けることなんてねえのに……」
 先輩の汎用ゴーレムは、武器等を装備してはいなくともかなりの戦闘能力があるそうで、危険を察知すれば対応できるようになっているそうだが――
「少し調べてみようか。ディアゴ君は残りのゴーレムを連れて、僕もこいつを頭上に飛ばしながら森へ入ることにしよう。ミチカット君と一年生はここに残って――」
「いーえ。アタシも行くわっ!」
 トミオ先輩は、ミチカット先輩と俺達一年にはテント付近で待機するように命じようとしたのだが、キェーンが大声で拒絶した。
「おい、キェーン。やめろって!」
 前に出るキェーンを俺は抱きかかえて止めるが、それでも体をバタつかせ反抗する。
「しかし、不測の事態を考えてここはまず上級生が行くべきなんだ。特に一年とそのゴーレムは何かがあった時の対処もまだほとんどできない! わかってくれ」
 温和なトミオ先輩もさすがに声を荒げた。
 だが、キェーンはその倍以上の大きさで吠える。
「あの子は――本当に短い時間だけど一緒に過ごした仲間よ! 仲間の姿が見当たらなかったら探すのが当然じゃないの? それは人間もゴーレムも同じでしょ?」
 トミオ先輩はキェーンの言葉に気圧されてしまったようで、何も返せない。
 『あの子』とは森に消えたディアゴ先輩の汎用ゴーレムのことだ。
 自らの意志を持たない汎用ゴーレム――しかし、キェーンにとっては自分と同じゴーレムであることには違いないのだろう。
 『仲間』という、キェーンの放った言葉がそれを裏付ける。
「――しょうがない。ただし、上級生である僕かディアゴ君から離れず、ちゃんと指示を守るように頼むよ」
 しばらく考えた後、トミオ先輩は折れたようだ。そして、苦笑しながらも先輩はこう漏らした。
「それに今の彼女の言葉、ゴーレム科の生徒として考えさせられるものがあってね。
 君のゴーレム……言ってくれるよ。ははは」
「いえ。なんかすいません……」
 キェーンが森へ向かうとなると、その生成者である俺も行かざるを得ないだろう。
 食後の運動と思えばいいのかもしれないが、面倒が増えてしまった……
 一方、他の一年生はというと、
「ふーん。そうね、私も行こうかしら。私達の班で起きた問題なら、私も解決に協力するわ」
「ユリィ様がそうおっしゃるなら喜んで同行しましょう」
 ユリィは乗り気な様子。
 そしてタンケルは――
「クローブ、俺達も行くよな? 俺、キェーンちゃんの言葉にちょっと感動しちゃったし……」
「うむ。ダーリンがそれを望むなら私が従わないわけない。
 何かあった時にはダーリンの身を一番に考えて行動するから安心してくれ」
 どうやらキェーンの言葉に触発されてしまったようだ。
「――私も行くしかないみたいね。タイム、こっちに来なさい」
 そしてミチカット先輩も自分一人が残るのも嫌だということで捜索に加わることになった。
 結局全員の参加が決まり、トミオ先輩の指示で俺達は二手に分かれて森に消えた汎用ゴーレムの捜索が始まった。

 俺達のチームは俺とユリィとディアゴ先輩、キェーン、パクチ、ディアゴ先輩の残りの汎用ゴーレム二体という編成で森の奥へと進んでいる。
 夜の森はやはり気味が悪いが、明かりの心配はなかった。持ち運びできる照明マジックアイテム、ハンディライトを各自で持つことに加え、頭上には光を放つ球体、ライトボールを浮かせているため足元は明瞭だ。
 だが、風で揺れる木の音や、どこからか聞こえる獣の鳴き声は気になってしまう……
「やっぱ、森の獣にやられたんじゃないですかね? ほら、今もなんか聞こえたし……」
 俺はそんな風にディアゴ先輩に聞いてみたが、先輩はいーやと首を振った。
「自慢じゃないけど、俺の作った汎用ゴーレムは大型の猛獣にだってやられはしないぜ。
 こっそりサモン科の奴に頼んで召喚獣と戦わせたことあるんだけど、五勝無敗のレコードをなめてもらっちゃ困る」
「うへえ。先輩ってばそんなことやってるんですか!」
 そういや、この学校ではゴーレム科の生徒が遊びでゴーレム同士やゴーレムとサモン科の生徒の召喚獣を戦わせているって話を聞いたことがあるが、本当だったのか。
 もちろん、事故の元であるため遊びであってもゴーレムや召喚獣を戦わせることは校則で禁止されているのだが……
「でも、そうなるとなんで戻って来ないのかしら……」
 その会話を聞いていたユリィが横から口を挟んできた。
「ちきしょう……俺のメンテナンスが悪かったのかなあ」
 先輩は頭を掻きながら他の二体の汎用ゴーレムに目配せをする。二体はそれに反応し、進路上で邪魔になっている木の枝をすぐさま払いのけた。
 俺が見る限りでは、先輩のゴーレムのメンテナンスは問題ないと思うのだが……
「――ん?」
 俺達の進む右手から大きな蝶々――ミチカット先輩のゴーレム、タイムが現れた。
 タイムはトミオ先輩達のチームから連絡がある時にこちらへ来ることになっているのだが、向こうの方で何かあったのだろうか?
『こんばんは。えーと、ディアゴ君のゴーレム、こちらで発見しました……』
 タイムの羽ばたきを通じて聞こえるミチカット先輩の心の声は、どこか焦燥感を無理に押し殺しているように感じた。
「ど、どういう状態だったんだ?」
『結論から言えば、無茶苦茶に――壊されていました。トミオ先輩の見立てでは、普通の動物がやったものにはとても見えないそうで、具体的に言うと強烈な一撃で押し潰されたような……』
 ディアゴ先輩が慌てて聞いたのに対し返ってきたのはそんな心の声だった。
「な――」
 思いもよらぬ事態に空気が凍った。ディアゴ先輩のゴーレムが魔法で?
『とにかく、すぐに合流して今後の対応を……
 きゃああああああああ!』
「な、なんだあ?」
 今度はミチカット先輩の心の声が大きく乱れた。それと同時にタイムがふらふらと地面に落ちてしまう。
 そして、目の前で起きた事態ばかりにかまってはいられない。今度は遠くから轟音が聞こえ――
「次から次へと、なんなんだいったい?」
「ターロっ! 慌ててる場合じゃないわ!」
 慌てふためく俺の服をグッと引っ張り、キェーンは音のした方を指さす。
 ここはやはり駆け付けろということだろう。
 ――そうだ。どう考えてもミチカット先輩の連絡中の異変とさっきの轟音は関係あるはずだ。
 ミチカット先輩やトミオ先輩はもちろん、タンケルもそこにはいて――
「わ、わかった! 先輩、ユリィ。早く音のした方に!」
 どうやら本当に慌てている場合ではない。俺は柄にもなく周りのみんなに大声で呼びかけた。
 先輩とユリィはうなずき、汎用ゴーレム二体とパクチが俺達の周囲を守り固めるような陣形で俺達は夜の森を駆け出した。

 キェーンがタイムを拾い上げてはみたが、走っている途中もミチカット先輩の心の声は発せられていない。
 やはりタンケル達の身に何かあったのは確実なのだろう。
 ――一瞬、最悪の事態が脳裏をよぎってしまったが――次に目の前に飛び込んできた光景がそれを全て吹き飛ばしてしまった。
「やあ、こんばんは」
 俺達の目の前に現れてそう挨拶をした人物は、爽やかな笑顔を見せ、とても穏やかな口調をしていた。
 何よりその人は、俺の良く知っている人であった。
「ユ、ユ、ユ、ユ……」
 ユリィはカタカタと震えながらも必死に声を絞り出そうとしたが、言い切れなかった。
 俺は高鳴る鼓動を無理矢理抑えるようにしてその人の名前を呼んだ。
「――ユージン先輩」
 月の光とライトボールの放つ光に照らされながら、宙を浮いてこちらを見下ろしているその人物こそ、ゴーレム科三年のユージン・ハーリンク先輩その人だ。
 俺とユリィとタンケルが、グループワークの始まる前に素性を調べていた対象が、今こうして姿を現しているなんて予想ができなくて当たり前だ。
 最早慌てるなんてもんじゃなく、とてつもない恐怖が俺の体を襲っている。
「せ、先輩……ど、ど、どうしてここに?」
 声の震えを抑えることもせずに俺は先輩に尋ねた。
「ほら、誰かが僕のことを調べているって情報が入ってね。で、そういうことをしている人とゆっくりお話できる時を待っていたのさ」
 そんな! 俺達が先輩のことを探っていたのがバレていたのか?
「う、うそ……ど、どうやってそんなこと……」
 俺と同様に、先輩の姿を見て恐怖に打ちのめされているユリィはすでに錯乱寸前だ。
 そのくらい、今のユージン先輩は不気味な威圧感を俺達に与えている。
「どうやって? ユリィ君、君のゴーレムの能力を見つけることを手伝い、プレゼントまで渡したのは僕だってことを覚えていないかい?」
「あ……」
 そうだった。パクチの変身能力の解明を手伝い、自在に伸縮する特殊素材のスーツを提供したのはユージン先輩だったのだ。
「へっ? キェーンたん、こんな時に何を――」
 気が付くとキェーンがパクチの着用しているスーツに手をかけていた。
「あった……これだわ!」
 キェーンが袖口から小さな破片のようなものを引きちぎった。
「キェーンたん、なんですそれ?」
「あんた、自分の着ているものなのにわからなかったの?
 これ、遠隔透視をするマジックアイテムよ。小さいながら、周囲の風景と音がわかる仕組みになってるわ。なるほど、これならアタシ達が何をしていたか筒抜けってわけね」
 そうだったのか……
 キェーンはマジックアイテムを触れただけでその構造を知ることができる。そのため、すぐさまユージン先輩の仕掛けたそれを見抜くことができたのだ。
「ご名答。ターロ君、ずい分役に立つゴーレムを手に入れたみたいだね。
 うん、そのマジックアイテムは、ユリィ君のゴーレムの変身能力がわかった時、それが僕が隠したいとことを明かすことにつながる可能性があると思ったから、後で渡したプレゼントに付けさせてもらったんだ」
 ユージン先輩はにこりと微笑んでそう言った。相変わらず、その表情は普段と変わらない。
「ちょっとちょっと! 三年のユージン先輩がどうしてこんな所に?
 つーか、ターロ達と訳ありなわけ?」
 ここでディアゴ先輩が割って入った。そういえば彼は事情を知っていなかった。
「え……それは……」
「僕もグループワークの途中だったんだけどちょっと抜けてきてね。他の班員には眠っててもらっているのさ。
 あ、そうそう。ここら一体の山林の管理人さんにも面倒がないよう同様にね」
 ユージン先輩は混乱気味のディアゴ先輩にそう説明した。
「え? だから、なんでそんなことをしなくちゃならないんですか? それに先輩、どう考えてもそれってまずいっすよ……」
 今のディアゴ先輩の声からは警戒心を感じられた。
 そして――
「いやあ、はははは……」
 ユージン先輩は小さく笑いながらこちらに手をかざす。
 その刹那――俺達の目の前に影が飛び出した。
 そして爆発音が耳を襲い、気が付くと俺は地面に倒れ込んでいた。
「ユ、ユージン先輩、あんた――」
 見上げるとわなわなと震えているディアゴ先輩の姿が見えた。そして、先輩の足元には大小様々な灰色の塊が転がっている。
「さっ、立ってください!」
 俺はパクチに手を引かれ起き上がった。
「パクチ……何が起きたんだ?」
「ユージンさんの腕が光りまして、光弾が発射されたんです。ボク達めがけて飛んで来たのを、ディアゴさんのゴーレムが盾になってくれて……」
 つまり、ディアゴ先輩の近くに転がっているのは先輩のゴーレムの残骸ってことか。
「ゴーレムがバラバラって……そんな魔法を俺らに向かって……」
 ユージン先輩――俺らを、殺すつもりか?
 まさか、自分の秘密を知ってしまったから?
「い、いや……た、た、助けて……」
 パクチの後ろではユリィが頭を抱えて恐怖に縮こまっていた。
「今のでだいたい理解できたかな? うん、君達にはここで消えてもらうつもりなんだ。
 おっと、ターロ君とユリィ君にとっては言わずもがなだよね?
 課外授業中に六名の生徒が行方不明――ふーむ。ちょっと厳しいかなあ……」
 ユージン先輩はいつも通り、いや、学校で話した時よりも幾分明るい口調でペラペラ語り始める。
 俺は背中に冷たいものを感じた。この人、本気でヤバい……
「ざけんなよ先輩。あんたがなんでここに来たか俺にはわからんが、むざむざ殺されてたまるかってんだよ!」
 ディアゴ先輩の怒声が響く。先輩は臆することなく目の前の人間を「敵」と認知し、立ち向かうかのようだ。そして、俺に目配せをして――
「一年は逃げろ。少しなら時間を稼げる」
 そう、小声で言った。そんなディアゴ先輩の膝は、よく見ると震えていた。
「最後の一体は覚えたての魔法でやってやる! かかってきやがれ!」
 ディアゴ先輩はそう叫んだ後、最後の汎用ゴーレムに手を当て呪文を詠唱する。
 すると先輩のゴーレムは全身に淡い光を帯びる。
 そうか。これは魔力を直接汎用ゴーレムに注ぎ込んで強度の上昇とより細やかな命令を下せるようになるという、ゴーレム用の強化魔法というやつだ。
「ディアゴさんの決意、受け止めてあげましょう! さあ、走って!」
 パクチはそう言うと泣きじゃくるユリィを抱きかかえ、駈け出した。
「ちょっと! アタシも戦うってばー!」
 俺もその場に残って戦うと言い張るキェーンを小脇に抱えパクチの後を追う。
「とりあえずタンケルさん達を探しましょう!」
「おう。いててっ、キェーン! 暴れんじゃねえよ!」
「ふぎー! ここで逃げちゃダメなのよー!」
 ディアゴ先輩の無事を祈りつつ、俺達はタンケル達を逃げながら探すことにした。
 ――俺達が戦うって? 情けないが、とてもじゃないがそんなことはできそうにない。
 それが現実だ。

「あの音の正体はユージンさんのゴーレムの仕業だと思います」
「だろうな。すると、タンケル達はあのペッパード六式に襲われたってことか……」
 俺達がユージン先輩に遭遇する前に起きた異変、悲鳴と共に心の声が途絶えたミチカット先輩と、その直後に起きた轟音。あれはユージン先輩のゴーレム、ペッパード六式がタンケル達を襲った時のものだろう。
 ゴーレム科トップの成績を誇るユージン先輩のゴーレムがあっちには行っているわけか。
 身の丈は俺の三倍以上はあり、変形機能を搭載したゴーレム科の全ゴーレムの中で最強と名高いペッパード六式が……
 しかし、向こうにはこれまた優等生として知られるトミオ先輩がいる。あの人のゴーレムと、俺もよく知る美しくパワフルな女性型ゴーレムであるクローブがいればすぐに負けることはないのではないか?
 ――くそっ。必死に走ってる時に限って、どうしてこう頭が回るんだ!

 しばらく森の中を走っていると連続で何かがぶつかり合う音が耳に入って来た。
「まさか、戦闘中とか?」
 キェーンにもそれは聞こえていたようで、真っ先にその音が何かわかったようだ。
 慎重にその音がする方に向かって行くと、木々をなぎ倒しながら二体の大きなゴーレムが激突しているのだった。
「タ、ターロ! お前ら、大丈夫か?」
「こっちが言いてえよそれは!」
 俺達に気付いたタンケルが声をかけてきて、無事がわかったとなると思わず笑みがこぼれた。
「少年。いよいよあの青年がしかけてきたというわけだな……」
「ああ、こっちにはユージン先輩が直接お出まししたよ。今はディアゴ先輩が足止めしてくれてるみたいだけど……」
 クローブはやはり冷静だった。その後ろにはミチカット先輩が倒れている。
「大丈夫。彼女は気を失ってるだけで、目立った外傷はない。
 ――うおっと!」
 話している途中で巨大な枝がこちらに飛んできた。クローブはそれを打ち払い、戦闘中のゴーレムの方を見やる。
「私は班長の青年から頼まれ、こうして非戦闘要員を守る役目を担っている。直接の戦闘を担当しているのは彼だ」
 クローブが指差したのは、ペッパード六式を殴りつけているゴーレムから少し離れたところで呪文を唱えているトミオ先輩だった。
「ペッパード六式とかいうゴーレムも相当強いが、現在生成者の指揮下にはいない。
 片やこちらはゴーレムをサポートする魔法を使える青年が、フルにそれを駆使して戦いを行っているし、戦況は互角以上と見ていいだろう」
 なるほど。クローブの分析は確かに的を得ているといえる。
 いかに強いゴーレムでも、やはり生成者のサポートがあるのとないのとでは全然違ってくると授業でも習ったが、いま正に目の前の戦闘でそれを再確認した気分だ。
「いけえ!」
 ペッパード六式よりさらにわずかに大きいトミオ先輩のゴーレムのパンチが、クリーンヒットした。
 のけ反るペッパード六式にトミオ先輩のゴーレムはパンチの連打で一気にたたみかける。
「おお! 勝てるんじゃねえの?」
 タンケルがそんなことを言った矢先、ペッパード六式が不気味な紫色の光を放った。
「――ヘンケイ、コウゲキトッカモード――」
 とても生物のものとは思えない声をペッパード六式が放つと、ショルダータックルでトミオ先輩のゴーレムを突き放した。
 そして、隙が出来たところでペッパード六式が宙に浮き、変形を始めたのだった!
 脚部が本体から外れ、右脚は右腕に、左脚は左腕にそれぞれ寄りそう。
 脚のパーツがいくつかに分かれると、まるで武器のようにそれぞれの腕に装着された。腰の部分がスライドし背中に移ると、ペッパード六式はその武装された片腕をトミオ先輩のゴーレムに突き出した。
「――ガードだ!」
 生成者の咄嗟の指示で、その大きな手のひらを重ねトミオ先輩のゴーレムはそれを受け止めた。
 だが、まるで掘削されるかのようにしてゴーレムの両手のひらは貫かれたのだった。
「くっ! 回り込め!」
 トミオ先輩は慌ててゴーレムに指示を送り横に逃げるように言ったが、その動きに合わせて腕を振るわれトミオ先輩のゴーレムは上半身と下半身をぶっちぎられた!
 そうか、ペッパード六式の脚部パーツは防御特化モードの時に結界を放つ。これは初生成の日に見たことがある。
 攻撃特化モードではその結界を攻撃に転じさせるために腕部に脚部パーツを装着するわけか。
 いや、感心している場合じゃないぞ! 頼みの綱のトミオ先輩のゴーレムが負けたら俺達はどうすりゃいいんだ! また逃げろっていうのか?
「みんな、急いで離れろ!」
 トミオ先輩はそう叫ぶ。魔法で上半身だけの自分のゴーレムをまだ動かし、戦わせるつもりだ。
 とは言っても、腕も破壊されたためもはや体当たりくらいしか攻撃方法はないんじゃ――
「少年。私があの青年に加勢するから、少年達だけで逃げろ。
 ――ダーリンのことを頼むぞ」
 クローブは突然そんなことを言い出す。
 そして、次にタンケルの肩に手を回し、落ち着いた口調で続けた。
「ダーリン。私はダーリンのゴーレムであり、基本的にダーリンを徹頭徹尾愛する存在だ。
 しかし、ゴーレムはただ愛するだけではなく生成者を守らなくてはならない。そして今は、私の全存在を懸けてそれを実行する時になる」
「クローブ……」
「言うまでなく、それでわが身果てようとも、だ。こんな私の武運を、ダーリンが祈ってくれるなら、それはもうゴーレム冥利に尽きるというもの――」
 クローブはそう言うとタンケルから手を離し、羽織っているボロ布を外した。これまでに何度も見た、クローブの戦闘モードだ。
「ちょっとクローブ! アタシも戦うわよ? あんただけ格好つけるんじゃないわよ!」
 そんなクローブにキェーンが声を張り上げる。
「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんの生成者を、全存在をかけて守ってやるんだ。
 そして今は、その時じゃない。ここは私の出番だ」
 クローブはそれだけ言うとキェーンの頭にポンと手を乗せる。
 さすがのキェーンもこれ以上は言い返せなかったようだ。
 キェーンだけでなくパクチも、そしてゴーレムだけでなくこの場にいた人間までもが彼女の想いのこもった言葉に圧倒されてしまっていた。
「よし、それじゃあ私は行ってくる。ダーリン達も行くんだ」
「――おう」
 タンケルはクローブに言われるとすぐに後ろを向いて走り出した。
 俺達もそれに続き、クローブを背にして逃げ出す。
 パクチはユリィとミチカット先輩の二人を抱えることになるかと思いきや、ユリィはもう大丈夫だと降りることにしたようだ。そして、
「あんな女の意地を見せられちゃ、いつまでもウジウジしてる私が馬鹿みたいよ」
 そう涙を拭きながら吐き捨てた。
 それからタンケルは、クローブから離れてから溢れる感情をグッとこらえているのか、余計なことを話そうとしない。その目には、少しでも気を抜いたら一気に溢れ出るんじゃないかというくらいに涙がたまっていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ターロ・アレクシオ】

主人公。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

ゴーレム科に入学したが、とある事情からやる気がない。

【キェーン】

ターロの相方であるゴーレム。

見た目は美少女で、反抗的。

【タンケル・イグニス】

ターロの友人。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

美少女ゴーレムのハーレムを作るという夢の為、入学をした。

【クローブ】

タンケルの相方であるゴーレム。

グラマラスな大人の女性の姿をしている。

タンケルを愛してやまないが、彼の好みではない。

【ユリィ・ドルフーレン】

ターロのクラスメイト。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

勝気な性格だが、クラスの男子からはけっこう人気。

【パクチ】

ユリィの相方のゴーレム。

黄土色の球体に人間の腕が生えたような姿をしている。

【ユージン・ハーリンク】

ターロ達の先輩。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科3年。

変形機能を持ちゴーレム科最強と名高いゴーレム、ペッパード六式が相方。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み